銃と魔法 5
『ねぇ、何で?』
「……あぁー」
さっきまで俺を見る否や怯えていた目の前の少女。
今ではその恐怖も消えたように、体を近づけ俺に興味を示している。
「俺の質問に答えろ、お前は魔法使いか?」
『…魔法は使える、ちょっとだけ…貴方は何者なの?魔族には見えない』
「………そうか」
手から魔銃を消す。
この少女は自分で俺の殺害対象である魔法使いだと言った。
なのに、何故か殺意が湧かない。
それに子供は、戦争を知らない。
何もわからぬまま殺される子供の気持ちが計り知れない。
だが、ここで殺さねば…いつか脅威となって現れる可能性がある…辞めだ。
「俺の質問に答えろ…お前は何者だ?俺と敵対するか?」
『……吸血鬼、感謝してる』
表情と言葉から見るに、敵対の可能性はない。
そして吸血鬼という、本来戯言の類は実物を見てしまった事で信じざるを得ない。
「二つ目、ここは何処だ?」
『……何処って?』
「この世界の名は何だ?」
そう言うと、吸血鬼は何も答えなくなる。
ほぼ間違いないと踏んでいる。
魔法使い、剣士、数世紀遅れたような文明…俗に異世界。
俺は今、そんな所にいる。
「いや、無視してくれ」
『……じゃあ質問、何で魔族の言葉が喋れるの?』
「知らん、俺にも何なんだか」
本当に、特別な事はしていない。
普通に日本語で話しているような感覚だ。
まさか日本語が魔族語と言う線…ありえない。
もし仮にそうならば、吸血鬼の言葉をそのまま受け取れるはず…意味を頭の中に入れられるような感覚にはならない。
『質問、あなたは反逆人?』
「反逆人?何だそれは」
『反逆人は、今の世界に不満を持つ人間達が作った集団』
「さっきお前を襲った奴も、その反逆人というやつか?」
吸血鬼は頷く。
「違うな、魔族語を喋れている時点で、俺は人間とは大きくかけ離れている、反逆人の可能性はないと思わないか?」
『……確かに』
「話が早くて助かる…お前、家は何処だ?」
また吸血鬼は答えなくなる。
自分の家も分からない…ここは異世界。
そう言うのも、あり得ない話ではない。
『分からない…気がついた時には、反逆人が近くに居た』
この吸血鬼は奴隷少女だと言うことか。
物心ついた時から、親の立場には反逆人が居た訳だ。
「まぁいい、まずは森を抜けるぞ」
『……抜け方分かるの?』
「知らん、適当にまっすぐ行く」
真っ直ぐ森を歩こうとすると、俺の服を引っ張る感覚。
吸血鬼の少女が俺の動きを止めていた。
「何だ?」
『分からないんでしょ?付いて来て』
吸血鬼の少女は、俺と逆方向に進み始めた。
仕方なく、吸血鬼に付いて行く。
「お前は分かるのか?」
『入ったのは私だし…うん、大丈夫』
不安感が残るが、今は言うことを聞く。
辺一体は木々だらけ、方向感覚が狂い、自分の場所が分からなくなる。
異世界、今いる場所が異世界という実感が湧かない。
いや、意外にもこんな感じか、受け入れるのが早すぎるか。
「おい、反逆人は今の世界に不満があると言っていたな、世界はそんなにクソか?」
『……私も全然分からない、でもそう言う人が居るって言うのは知ってる』
そりゃそうだ。
そんなに長い時を生きている訳ではない。
子供の頃は何も知らずに生きてきた、いきなり世界情勢について聞かれても意味不明だ。
「そうか、早く抜けるぞ」
『………うん』
♦︎
「……おい」
『………うん』
かれこれ10分ぐらいか。
ずっと森の中を歩いた。
否、今となっては彷徨ったと言うべきか。
吸血鬼の少女が徐々に右に、徐々に左に右往左往していることは分かっていた。
しかし、異世界の森は特定の動きで脱出すると言う物だと思い、少女の動きを見ていた。
「さては迷ったな」
『……ごめんなさい』
「謝るな、次は俺について来い」
この吸血鬼も、逃げることに必死だ。
反逆人から逃げながら、走行ルートを覚えている訳がない。
付いて行くか行かないかは俺が判断したこと、それで違ったから責めるというのはお門違いにも程がある。
「そう言えば、名前はなんて言うんだ」
女子などに限った話ではない。
人の事は名前で呼んだ方が好印象を持たれると思う。
『…382』
「反逆人に付けられた名前じゃない、母親に付けられた名前は?』
『……覚えてない』
「覚えてないか…反逆人に捕まったのは何年前だ?」
『………五年前』
「五年前…て事は生まれたのは6年前と言ったところか」
全く、かわいそうな吸血鬼だ。
親の顔も頭に思い出すことができない子供。
自分の名前すら知らないなど、流石に見ていられない。
「会いに行くしかないな」
『え?』
「会いに行くぞ、お前の両親に」
少女は戸惑った。
『無理だよ…だって、私は場所も何にも分からない』
「分からないなら聞き出す、金が必要なら稼ぐ、目の前の障害は誰であろうと叩き潰す」
いずれ、俺はもとの世界に帰える。
帰り方がわからない以上、何か情報を手に得る旅の口実にしよう。
「とにかく、森を抜けねば話にならん、まっすぐ行くぞ」
『…わかった』
吸血鬼の少女は、俺の手を強く掴んだ。
その手から、人間のような温かい体温は感じられない。
氷を握った後のような冷たさだった。
♦︎
「おい!!聞こえるか!?おい!!」
トランシーバーに叫ぶ、トランシーバーの周波数をジョーカーに合わせ、10度目の叫びが終わる。
ジョーカーを見送った翌日、事件が起きた。
そのジョーカーが、唐突に姿を消したのだ。
「西城さん!ビルは出ましたか!?」
中に入ってきたのはヴィクシー。
朝から自分のことそっちのけで服を着た途端、拠点あたりをずっと探していた。
「駄目だ出ねぇ…他の拠点に連絡入れる!」
「お願いします!!」
ヴィクシーは一目散に去っていく。
クソが…何がどうなってんだ。
まさか死んだ…ない、魔法使いにおける執念は世界一だ。
あいつは自分の命は惜しくないと豪語した。
しかし、全てが終わるまでは死にたくないはずだ。
あいつならどんな敵でも逃げられる。
「…となると」
死んだわけではない…昨日まではここに居た。
死去ではなく行方不明…なら何処へ消えたという。
少なくとも、どこかの拠点。
若しくは街中、食って飲んでの繰り返し…微々であるが可能性はある。
少なくとも、まだ焦る時ではないのは理解した。
今度は電話を手に取り、他の拠点の番号を入れた。