銃と魔法 2
「………ふぅ」
世界はどこかで狂った。
俺たち誰も知らないところで、一人でに。
誰の了承もなく、自分から地獄へと走った。
ビル14階の屋上で、俺は静かに息を潜める。
時間を考えた事はない、俺の頭は標的を殺すことだけを考えてる。
視界に映る物は全て灰色。
色なしと呼べる光景、この世界で灰色以外を感じる事はない。
「………標的発見、場所南西、3キロ先、オーバー」
トランシーバーからの位置情報。
手に持つスナイパーを構え、その時を待つ。
二年前、世界中が恐怖した。
始まりは日本、突如として現れた魔法使い。
目的不明の奴らは魔法を使い街を壊し、超次元的な力を見せびらかし、どこかへと消えた。
安堵した世界の期待を裏切り、魔法使いは現代世界に突如として現れては破壊し、この繰り返し。
何処で、何時に現れるか全てが不明の魔法使い。
明確に言う、この戦争…いや戦争と呼ぶに相応しくない。
向かってきた魔法使いを街から防衛する期限もクリアもないクソ防衛戦。
現代世界が不利すぎるこの条件、加えて奴らの超次元的な魔法。
どれも無双系の創作、アニメでしか見たことがない理不尽さを持ち合わせている。
「……見えた」
スコープに標的が姿を見せる。
数は五人、盾持ちが一人、剣士が二人、魔法使いが二人。
現代武器を学んだか、防御をする盾要員を連れてきたか。
「………どうする」
「殺す」
トランシーバーの言葉を跳ね除け集中する。
まずは遠距離攻撃可能の魔法使いを先に殺す。
合理的で、俺の心もそいつを殺せと鳴り響いている。
「………死ね」
手に持つスナイパーから銃口に添い魔法陣が現れる。
魔法使いが足を止めた瞬間、照準を合わせ引き金を引く。
弾は真っ直ぐ魔法使いの一人に直弾…したように思われた。
「……チッ」
俺の放った銃弾が空中の何かにぶつかり煙を上げた。
着弾した空間に見える薄い模様は物の数秒で消える。
防御魔法、圧倒的な性能を誇るチート技だ。
「剣士の男に気づかれた可能性あり、即刻退却を推奨する、オーバー」
「黙れ…ここで殺す」
コッキング、もう一度標的に合わせる。
倒せるチャンス…絶対に逃さない。
地獄の果てまで追いかけてやる…魔法使いは必ず殺す。
「魔法使いが詠唱を始めている、即刻退却を推奨する、オーバー!」
「………殺す」
スコープから見える小さな魔法陣から青白いボールが生まれる。
「退却しろ!魔法使いの詠唱が終わった!」
「黙れッ!!」
トランシーバーを放り捨て集中する。
最強の盾魔法…結構、俺は殺す。
最強の盾魔法は盾を持ってるあの男の魔法だ。
「逃げろ!!」
「………!」
微かにトランシーバーからの声が聞こえる。
一瞬が何秒にも感じる中、盾が持ち上がったその瞬間、魔法が投げられる。
ほぼ同時に引き金を引き、銃とトランシーバーを持ち全力でビルから飛ぶ。
二秒後、さっきまで俺の居たビルの屋上半径10メートル付近が消し飛んだ。
次に迫る魔法の衝撃波で俺は平行に飛ばされる。
ビルのひび割れ、ズタズタに崩れ落ち、物体が落下し、地面で汚い灰色の粉となる。
空中で無理やり体勢を立て直し着地、すかさずトランシーバーを耳に当てる。
「敵は?」
「剣士が庇って死亡、貫通力に一人の魔法使いは右腕負傷、存命だ…今日は引け、一人殺せただけも─」
「魔法使いは全員殺す、それだけだ」
ポケットにトランシーバーを入れ込み、壊れたビルに身を隠す。
庇うと言う愚行、その行為をする奴らの次の傾向は面白いほどワンパターン。
「……愚か」
身を隠して数分、叫び声が聞こえる。
俺が射殺した剣士の仲間で間違いない。
数分の間にここまで来るスピード…流石は魔法使いどもだ。
「おい!!応答しろ!」
ポケットから声がする。
トランシーバーを手に取り、奴らの足音を聞きながら応答する。
「何だ、静かにしろ」
「魔法使いたちがくる前に帰ってくるんだ!お前ならいけるだろ!オーバー!」
「手遅れだ、切る」
トランシーバーの電池を抜き抜け殻で仕掛けを作る。
剣士、盾使い、どれも魔法を使っているのなら魔法使いだ。
俺の手に持つスナイパーが赤色へと変化し、理解不能の力で小さな禍々しいハンドガンに変形する。
あの頃から俺の手を離れない、俺の魔銃。
「絶対に殺す…それが生きる理由だ」
♦︎
魔法使いどもは俺の死体を確認するか、仲間の仇を打つかしなければ決して帰らない。
仲間を庇う奴はそう言う奴だ、一時の感情に身を任せ、仲間の負傷者より、殺した俺を優先する非合理的な考えをする。
「……ッ!!」
ハンドガンを一発、すぐに場所をチェンジ。
やはりこちらの魔銃弾は通らない、あの盾を何とかしない限り、俺は魔法使いを殺せない。
魔法使いどもの視線は、魔銃弾が飛んできた方向に集中している。
その視界の端、一瞬入るようにビルの影から飛び、また影に姿を落とす。
魔法使いどもは開けた場所で一人ずつ各方位を警戒。
そのうち二人の魔法使いは詠唱。
俺の姿を無理に追うような真似はしない事は評価に値する。
「……甘すぎて気持ち悪い」
地面を強く踏み込み、障害物の周りを縦横無尽に駆け回る。
着地の音、飛ぶ音、乗り越える音。
一つ一つの音は数秒後には繋がっているように聞こえ始める。
その速度を誇る俺は目にする。
慌てた様子の四人の魔法使い、徐々に陣形が崩れていっている。
その真下、一本を針を刺すように魔銃弾を打ち込む。
魔銃弾は煙幕に変わり、奴らの全体を覆った。
一方的な状況が完成。
後一息で奴らを殺せる。
ビルの陰で急停止。
手に持つ赤いハンドガンが禍々しい青いショットガンと姿を変える。
魔法使いたちを覆う煙幕が晴れる。
コッキングを行い、その時を待つ。
奴らの陣形はバラバラ、それぞれに焦燥が見える。
魔法使いの魔法陣から、ビルを吹き飛ばしたボール状の魔法。
もう一人は大きな火のボール。
奴らもここで殺すつもりだ…それでいい、それでこそお前たちだ。
「……─!!」
盾持ちが叫ぶ。
静かな廃坑地帯、ビルの裏側から音が鳴り響く。
その瞬間、魔法使い二人は一直線に魔法を放つ。
一つでも脅威の魔法が二つ、それが一つに合わさる。
着弾する瞬間、まだ着弾をしていない段階でビルが消し飛ぶ。
さらにその左右の建物が崩れ、落ちてる瓦礫が吹き飛び、事が終われば平たい地形が出現した。
「死ね」
「───」
それと同時に、奴らは油断した。
全員の視線が向いた、俺の死体を優先して見たい…だから誰も、俺が後ろから近づいてきたことに気がつかなかった。
奴らが魔法を放ったビルは、俺が仕掛けたトランシーバーの抜け殻が仕掛けられたビルだ。
青いショットガンの引き金を引き、魔銃弾は盾持ちの腹を貫く。
それに気がついた剣士は俺に剣を振るう。
剣士の剣は空を切り、俺は後ろに後ろ歩きで飛び下がりながら物陰に隠れる。
「……後三人」
青いショットガンは再び赤いハンドガンへと姿を変えさせる。
盾持ちの魔法が消えた今、後の三人は防御手段を持ち合わせていない。
仲間の二人が殺されて尚、剣士は立ち向かおうとしない。
うまく魔法使いたちが静止を呼び掛けているのが視界の端に映る。
しかし、上辺の統率は無に等しい。
ビルの裏側を駆けまわり、奴らの地面に煙幕を炊く。
炊いた瞬間、ビルの壁を利用して飛び、ハンドガンは魔法陣を作る。
「────」
魔法使いの詠唱が聞こえる。
煙幕が格段に速いスピードで消えた。
恐らく風の魔法で煙幕を早く消したのだろう。
「遅い」
俺はすでにこいつらの内側にいる。
三人が振り向く間もなく、俺は三人の胴体を一息で大きな風穴を開けた。
どさっと、三人は俺に平伏するように叩きつけられる。
「やはり重要なのは、個人…軍隊は信用出来ない」
軍隊の中には当然、その軍を率いる司令官が存在する。
しかしそれは兵隊を成長を妨げる愚行、軍隊は洗脳と同じことをされている。
その指揮官が消えた時、兵隊は指示待ち人間と成り、ワンテンポ行動が遅れる。
そのワンテンポで命を落とす、俺や魔法使いのような何か特別な力を持っている者には対しては特にそうだ。
「……よし」
魔法使いの死体を一つ担ぎ、トランシーバー先の男がいる拠点に歩く。
トランシーバーはまた新調してもらえば問題ない。
「……まだ足りない」
まだだ、まだ殺したい。
これでは足りない、もっとだ、このどうしようもない気持ちが収まらない。
もっとだ…もっとやれる。
ふと、割れた鏡がこちらに向いているのが見え、自動的に俺の顔が写る。
顔全体が血塗られた俺の瞳はいつか見たあの時より、ずっと深くなっていた。
高さ40メートルから落ちても死なない人間です