第86話 呼び出し
「「こ、これはっ!?」」
驚く俺たち兄妹に、四条さんは引き気味に言った。
「いや一ヶ月分の家賃?」
「お、おい命……ご、50000円も入ってるぞ……?」
「だ、だだ大丈夫よお兄ちゃん。棗様も家賃だと仰ったじゃない……!」
いつの間にか、四条さんのランクが「ちゃん」から「様」に変わってる。
ちゃん付けは友人なんだが、様付けは命の中でどういうカテゴリに入るのか、とても疑問である。
俺は命の「棗様」発言を受け、そのまま視線を四条さんに向けた。
「相変わらず気味悪い兄妹だな……」
そんな変な目をしていただろうか。
「別に普通だろうが。ここら辺の家賃相場を調べて、同額程度、キリのいいところ選んだらその金額になっただけだよ」
この子、本当にしっかりしてるな。
でも、とりあえずやらなくちゃいけないのは――、
「「では、一筆書いてもらえますか?」」
「何でだよ!? 今回は最初から渡してるだろ!?」
「いや、でも後で『返して』とか言われたら問題になりますし……」
「言わねーよ! でも言われた事あるんだよなぁ!? そうだな! そういう顔してる! すげぇ人生だよ、ホンット! 書くよ! 書いてやるよ!」
そう言って、四条さんはチラシの裏に念書を書いてくれた。
もうスラスラと。書き慣れているのだろうか?
「お兄ちゃん、これなら今月はイケそうね」
「っ!? ……マジですか、命さん?」
「な、何だよぉ……?」
四条さんが怯えているが、別に悪い事を考えている訳ではない。
命のこの言葉は、とても良い事の予兆なのだ。
「週に一回……豚バラ肉が食べられるの!」
「うぉおおおおおお!!!!」
今、俺の拍手は、ドーム一杯の観客たちの拍手となって命の耳に届いている事だろう。
「あ……うん……そうなんだ」
今、四条さんのコメントは、ドーム一杯の観客たちの歓声となって命の耳に届いている事だろう。
上機嫌になった命は、四条さんにこう言った。
「来月も泊まってく?」
「『今日泊まってく?』みたいなノリで聞くんじゃねーよ! ほんと凄いな、お前ら! 尊敬するわ!」
「あはははは、冗談冗談っ」
「いや、目がマジだったぞ……」
「聞くだけはタダだし……ね?」
そう可愛く言う命を見、四条さんは俺を見てから席を立ち、ちょいちょいと廊下へ手招きした。
今度は俺と内緒話があるようだ。
俺は招かれるまま、四条さんと共に廊下へ出る。
小首を傾げながらも、命は夕飯の支度にとりかかったようだ。
「おい」
「何でしょう?」
「お前、何でランク上げねーんだ?」
「今も頑張って上げてますよ」
「そうなのか? はやいところCランクになれば、門にも入れるし収入もグンと上がるだろ? そしたら、この家の借金もすぐに返せるんじゃねーの?」
なるほど、命の事を不憫に思ってしまったのか。
それで彼女は俺に「お前が頑張ればすぐに解決するだろう」と言ってくれたのだ。
「ひ、人の家の事に口出すのは悪いけどよ……稼げる内に稼ぐのもお前の役目だろ」
その通りである。
「……ご心配ありがとうございます」
「し、心配なんてしてねーから!」
内緒話のボリュームを大きく超えている。
すると、キッチンから命の声が聞こえてきた。
「棗ちゃん、心配ありがとねー!」
何の話をしているかわからないのだろうが、命は四条さんの言葉を聞き、そうであると確信したように言った。
「ば、ばばばばっかじゃねーの!? そ、そうだ! 部屋! 部屋どこだよ!?」
どうやら彼女は戦略的撤退を選ぶようだ。
部屋を事前に知っていれば、早々に逃げ込んだだろう。
「あ、そこの――」
「――わかった! あそこだな! よーし!」
そう言って、四条さんは俺たち兄妹の視線から逃れるように部屋に入っていった。
「命、どれぐらいで出来る?」
「下準備しといたし、15分……いや、10分かな?」
そう、10分後に再度顔を合わせる事も知らずに。
◇◆◇ その夜 ◆◇◆
血みどろ――おい、玖命
玖命――――そういえば翔さんと連絡先の交換してましたね。
血みどろ――今、暇か?
玖命――――家族と友人の四人でトランプしてます
血みどろ――忙しそうだな
玖命――――いえ、今、七並べで俺が勝ったところです。どうかしました?
血みどろ――ちょっと面ぁ貸せよ
玖命――――まぁ、構いませんけど? どちらへ行けば?
血みどろ――門ん中
玖命――――またまたご冗談を
血みどろ――あのリザードマンのところだ。20分な
玖命――――え?
「んん~~~~~~~っ!?」
「どうした玖命?」
「お兄ちゃん、凄い顔してるよ?」
「きゅーめー、変顔の練習か?」
親父も命も四条さんも、今俺に起きている事がわかっていないようだ。いや、わかるはずもないけど。
だが、翔さんの呼び出しとあれば、行かない訳にはいかない。
「ごめん、ちょっと人に呼ばれちゃって」
「お、玖命もスミにおけないなー?」
「お兄ちゃん、それどこの誰!?」
「女か!? 何だそれ聞いてないぞ!?」
三人の野次を気にする余裕もなく、俺はただ、
「血みどろの翔ちゃん!」
そう言うだけ言って、俺は武具を装備してからあの管理区域に向かったのだった。




