第73話 血みどろの翔ちゃん
「ですよね、やっぱり中学は卒業してますよね」
「ったりめぇだろ、中学生じゃ天才にはなれねぇんだからよ」
いきなり「第二富岡中」って言われたのは面食らったが、やはり、彼は川奈さんと同じ18歳。
俺より若いものの、その実力は折り紙つきだ。
彼の本名――鳴神翔と聞けば納得だ。
曰く、孤高の一匹狼――【拳士】が成長した天恵【拳聖】を得、誰に頼る訳でもなく、誰と組む訳でもなく、ただひたすら突っ走り、若いながらにSランクとなった無所属。
あの越田ですら、クランに翔を加入させられなかったって話だ。
まぁ、この性格を考えれば納得だ。
おそらく、彼を入れる労力より、彼を入れた後の惨事の方が、越田の頭の中で勝ったのだろう。
「おっしゃ、そんじゃ嬢ちゃんはここでちーっと待ってな」
「え、はい」
「で……伊達、だっけか?」
「えぇ」
「付いて来な」
俺は川奈さんに小さく手を挙げ、別れを告げた。
さて、Dランク二人分の仕事って……何をすればいいのだろうか。
「あの翔さん?」
「あんだよ?」
「……な、何か、目の前に門が見えるんですが……?」
「そりゃそうだろ、これから門の中に入んだからよ」
翔は何の警戒もしていないのか、それとも俺がわからないだけか、堂々と門に入って行く。
だが、俺は中に入れなかった。
すると、門から翔が顔を出す。
「何チンタラやってんだよ、入れって」
「いや、罰則金が……」
「ぁ? ん? そういや派遣所にゃそんな規則あったな? 安心しな、ここは既にKWNが金出して買ってんだ。派遣所の規則の及ばねぇところよ」
「え? まぁ……それなら」
「おぅら、ちゃっちゃと入りな!」
なるほど、これが翔のデフォルトなのか。
どこかの書物で読んだ事がある。あのヤンキースタイルは絶滅しつつあると。
だが、彼の突っ張る姿はどこか親近感を覚えるのは気のせいだろうか。これは、川奈さんにも、相田さんにも、水谷にも感じた事。
おそらく、彼の中に一本芯があるからなのだろう。
でなければ、彼はSという高みにまでは登れなかったはずだから。
「で、では……」
門に入ると、そこは一面のファンタジー。
「し、城っ!?」
そう、俺の眼前には巨大な城が見えたのだ。
「おう、こっちだ。来な」
翔は首をクイと奥に向けた。
俺はその後に続き、城の中に入って行く。
しばらく行き、俺の家くらいあるような大きな扉を潜ると、彼らはいた。
「はぁはぁ……おら!」
「そっち、もう1体いったぞ!」
「くそ、こんなのやってられっかよ!」
男が二人、モンスターと戦っていたのだ。
相手は……ランクDのリザードマン。
硬い皮膚を持った剣と盾を扱う、ドラゴンによく似た爬虫類顔。
尻尾で重心を操り、剣筋を掴ませず、更に左利きな事も多いため、非常に戦いにくい相手だ。
人間は右利きが多く、訓練も右利きの相手とする事が多い。
しかし、リザードマンはほぼ左利き。
強さはDランクでも、戦い難さを考慮すればCランクに匹敵すると言われている。
なるほど、この男たちがDランクの二人って事か。
「おう、交代だ」
「翔さん!?」
「兄貴ぃい!」
翔の姿を見ただけで涙を流し始めた二人の男。
どう見ても二人の方が年上だが、翔はどうやら兄貴分のようだ。
翔は二人をリザードマンから引き離し、距離を取った。
そしてリザードマンに背を向け、
「伊達ぇ? こいつとタイマンやってみな」
……え、俺がこのリザードマンを倒すの?
翔の気迫は凄まじいものがあり、背を向けているというのに、リザードマンは仕掛けない。
隙だらけにしか見えないのに、全てに対して打ち返してきそうだ。
「抜かねぇのか?」
翔は俺の刀――風光を見ながら言った。
「まぁ、大丈夫ですよ」
俺が言うと、翔は口の端を上げてニヤリと笑った。
リザードマンにとって、翔のニヤケ面が挑発だと思ったのだろう。リザードマンは俺に向かわず翔の下へ向かった。
だが、リザードマンの視界に翔は既にいなかった。
後ろの二人も翔の姿を見失ったようだ。
だが、今はそれを気にしてる時ではない。
翔は言った、「タイマン」だと。
だから俺は、翔を探す事に気を取られて背を向けているリザードマンに対し、風光を抜いた。
直後、リザードマンの首は地面に転がっていた。
「何だ……今の?」
「今、攻撃したのか……?」
俺はじっと城の天井を見た。
するとそこには、天井に立つ翔の姿があった。
あそこは床じゃないはずだが、どうやって立ってるんだ?
俺の視線を追った後方の二人は、天井に翔を見つけると、
「兄貴!」
「翔さん! いつの間に!?」
そんな驚きの後、翔は音もなく地面に戻って来た。
「カカカカッ、不意打ちにしちゃ良い一撃だったな!」
「ありがとうございます」
「こんなら、ここは任せられんだろ。おい、こいつの代わりにCポイントで警備だ。出てっていいぞ」
「「は、はい!」」
そう言って、二人の男たちは門の方へ向かった。
「湧いて出るリザードマンを倒すのが伊達の仕事だ。魔石の所有権はねぇ。そういう契約だ」
「わかりました。で、いつまでやれば?」
「ぁん? 俺様が戻って来るまでだよ」
それはつまり……終わりが見えなくて辛いやつでは?