第60話 剣の主
ようやく命を避難させる事が出来た。
Dランクモンスター――サハギンか。
ゴブリン、ホブゴブリンなんかとは比べ物にならない程、硬い表皮をしていた。
魔法剣がなければ、もう少し手こずっていただろうが、赤鬼エティンの時と比べると、少し余裕があった気がする。
でも、同じ天才の川奈さん以外――命含む市民を守る戦いとなると、その精神的負担は非常に大きい。
「あれが……人を守るという事か」
我武者羅だった。
絶対に映画館には行かせてはならないという覚悟があった。
抜かれてしまうかという不安もあった。
命に奴らの手が届く事が何よりも恐怖だった。
こんなにも大変な状況に遭ったというのに、俺はまたモンスターの下まで向かわねばならない。
天才とはこんなにも大変な職業だったのか。
「ふぅ……」
しかし、【回復術士】の回復魔法がこんなにも優秀だとは思わなかった。戦闘系の天恵を持ち、回復魔法を使えるというのは大きなアドバンテージだ。
最下位の天恵でこれだけ回復出来るという事は、強敵と戦った時、継戦能力も、生存確率も高くなる。
いいな。確実に強くなっている。
【探究】の力はまだまだ不明な点が多いものの、使わない手はない。
というか、俺にはそれしか選択肢がないんだ。
なら、精一杯その道を歩くしかない。
倒したサハギンたちを横切り、徐々に駅へ近付く。
駅の改札付近まで行くと、今回のモンスターパレードが何故起こったのか理解出来た。
「……なるほど、そういう事か」
門は、改札出口の正面に出来ていた。
そこからモンスターが現れれば、当然多くの人々がモンスターを目にする。一気に緊張状態になった人々はパニックになり、サハギンもそれに呼応してしまった。
門内に援軍を呼びに戻ったサハギンが、大量の仲間たちを連れて来るのに、そう時間はかからなかっただろう。
ふむ、どうやら、既に門内に侵入している天才がいるようだ。
サハギンももういないようだし、他の天才も話をしているくらいだ。
「……ここに立っておけば目立つかな?」
俺は門の正面のスペースに立ち、目立つように剣を抱えた。
流石にこの剣を持っていれば、持ち主が俺の事を見つけてくれるだろう。まぁ、死んでなければの話だが。
でも、サハギンを吹き飛ばしてたし、剣撃は鋭かった。
あれ程の実力者が、サハギンを前に死ぬとは思えない。
なら、おそらく生きているはず――。
「ん?」
どうやら門の破壊を終えたようだ。
中から二人……いや、三人が出て来る。
どれも見た事のない顔だ。
まだ門の侵入規制は変わっていないから、Cランク以上の天才のはず。
Cランク以上の天才はある程度頭に入ってるはず。
だが、三人とも見覚えがないとはこれいかに?
「ん?」
すると、老獪そうな男が俺に近付いて来た。
白い髭を蓄え、鋭い眼光をし、新選組を彷彿とするような浅葱色の羽織を着ている。足運びを見ても、佇まいを見ても、まるで達人のような男だ。
…………ん? 達人?
「なんじゃ若造、生きとったんか」
「えっと……あなたは?」
「その剣の主……と言えば、わかるかの?」
「おぉ、あなたが俺に剣をっ!? ありがとうございます、助かりました!」
そう言って俺は、待っている間に磨いておいた剣を渡し、頭を下げた。
「何、将来有望な若者を死なす訳にはいかんかったからの」
剣を受け取った翁は、ニカリと笑った。
「えっと、それで貴方は……?」
「拓人……山井拓人じゃ」
「山井……拓人……!? 山井拓人っ!? 山井拓人ってもしかして西の【インサニア】のっ!?」
「ほっほっほ、確かに儂ゃインサニアの山井だな。ほっほっほっほ」
知らないはずだ。
北の【ポ狩ット】。
東の【大いなる鐘】。
そして、西の【インサニア】。
日本にある三大クランの一つで、他のクランと大きく違うのは、その在り方にある。
最強のカリスマ、越田高幸がしっかり統括している【大いなる鐘】。
「自然のままに」と、心優しき癒しキャラ米原樹が絶対的な統治をする【ポ狩ット】。
だが、【インサニア】は違う。
武力――圧倒的武力による力の支配。
力がなければ発言権すら与えられない天才集団。
それがインサニアであり、その中で「理知的? なのかもしれない?」と称されるのが、この天才……SSランクの山井拓人である。
「インサニアのトップ【番場敦】を御する、インサニアの参謀兼序列2位……」
「ほっほっほ、博識じゃな。東にも儂の名が知られてたとは」
「まさか関東にいらっしゃってたとは」
「何、お上に呼ばれてな」
という事は国からの招集?
もしかしてダンジョン侵入ランクの見直しに関するあの件?
有識者という観点から呼ばれたのであれば、山井拓人は納得だ。
彼は最初期の天才。世界に天才現れ始めた時、何の法整備も協力体制も整わない中、先陣を切って駆け続けた天才の第一人者。
メディアには出ず、名前だけが世を渡り、耳に入る。
世界への貢献度で言えば、日本一とすら言える大人物。
「お主、名は?」
「あ、伊達玖命です」
「よし、では玖命。剣の礼をせい」
「礼? というと?」
間接的にだが、俺の命も、命の命も救ってくれているのだから、出来る事なら協力するが、彼がどんな要求をするのか。
無茶ぶりだったらどうしよう。
内心、ちょっとビビってる俺だった。




