第5話 剣聖
【剣聖】……バランスの取れた【剣士】系の上位天恵で、水谷結莉の剣は正に神速の剣。
かわし、いなし、流し、刺す。
水谷は、既に天才派遣所からSSへの検討が始まっているという噂も聞いた事がある。
俺があれ程手こずったゴブリンジェネラルも攻撃以上の反撃を受けている。
一つ攻撃すれば、突きを二回。
二つ攻撃すれば、三連撃。
水谷は、跳んでは廃ビルの天井を駆け、消えてはゴブリンジェネラルの背後に立っている。
凄い、本当に凄い。
これが、天才の1%未満と言われるランクSの実力。
見たい。もっと見ていたい。
彼女の美しい剣技をもっと……ずっと見ていたい。
「はぁ……はぁ……はぁ……もっと……!」
――【探究】を開始します。対象の天恵を得ます。
ほんの少しでも……彼女の……剣技を。
しかし、その願いは叶わなかった。
流石は剣聖なのだろう。
気付くと彼女は、既にゴブリンジェネラルの心臓に見えない一撃を入れていた。
あぁ、残念だ。もっと……もっと見ていたかった。
「ふぅ、病み上がりにはちょうどいい相手だったかも」
そういえば、前回の討伐で深手を負ったとかニュースになってたかもしれない。
でも……今のが復帰戦?
ははは……やっぱり……俺には……、
「キミ、大丈夫?」
振り返る水谷の顔は、ハッキリ見えなかった。
既に俺の目は彼女を正確に捉えられなかったのだ。
「っ! キミ! キミッ! ……っ! 大丈夫だからね!」
意識を失う直前、そんな声を聞いたような気がする。
――最低条件を満たしました。対象の天恵を得ます。
――成功。対象の下位天恵【剣士】を取得。
◇◆◇ ◆◇◆
「この度は、伊達くんを助けて頂き、本当にありがとうございました」
何だ……相田さんの声?
「気にしないで。それより、もうオフなんでしょ? そんな堅苦しい挨拶しないでよ、好」
「い、一応お見舞いって名目で派遣所から来てるんだから、そういう訳にもいかないのよ、結莉」
「ふふ、真面目だなぁ好は……ん? 随分心配そうね? さっき医師にも聞いたでしょ? 大丈夫よ。ここの回復術士は優秀だし……ん? 顔……赤いよ?」
「そ、そうっ? そうかな? 風邪気味なのかもしれないわねっ」
「……ふ~ん、そういう事」
「ちょっと!」
「そうね、ちょっと前から『仕事に行く楽しみが増えた』とか連絡してきたもんね。そうかそうか、彼に会えるからかー」
「もうっ、そういう事言わないで!」
「ダメよ好。ここは病院なんだから静かにしなくちゃ」
誰だろう……相田さんと……?
「んもう……でも、まさかゴブリンジェネラルが出現するなんて……」
「少し前の地震で出来た洞窟の中に【門】があったって話だよ。既に【大いなる鐘】の仲間が調査に動いてるって。でも、それより少し気になる事があって……」
「気になる事?」
「私が到着する前、彼は既に満身創痍だった。それは間違いないんだけど」
「どうしたの?」
「その時、既にゴブリンジェネラルが一体死んでいたのよ。何か聞いてない?」
「報告してきた宇戸田さんたちからは何も」
「…………」
何だ……一瞬空気が重くなったような……。
「彼に、仲間がいたの?」
「……うん」
「その人たちは何て?」
「『ゴブリンジェネラルが出現して、バラバラに逃げた』って。伊達くんは途中ではぐれたらしいんだけど……」
ははは……あいつら、そんな報告してたのか。
「信じてない様子だね。何、要注意人物?」
「うん、今日そういう扱いになった」
「という事は、これまでに噂の絶えない連中だった訳ね」
「うん」
「彼、ランクは?」
「……G」
「G? 彼が?」
「どうしたの、そんな驚いた顔しちゃって……?」
「彼を病院に運んでた時に気付いたけど、彼の身体は既に完成されてた」
「ど、どういう事?」
「『あれ程までに鍛えこまれた肉体を、私は知らない』……そう言ってるの」
「あぁ……うん。そうだね」
「あれだけ自分を追い込めるんだから、てっきり高ランクの天才かと……あれ? ちょっと待って、もしかして彼が……」
「そうだよ、伊達くんは天才唯一の天恵未発現者」
「…………そうだったの。以前、新聞で読んだ事があったけど、彼が……」
あぁ……そういえばそんな事もあったな。
妹の命が、笑いながら切り抜きしてたっけ。
「だとしたら、余計に気になるわね。あのゴブリンジェネラルは一体誰が?」
「そういえば……現場には解体用の血塗れのナイフがあったって。ナイフからはゴブリンジェネラルの血と、伊達くんの指紋……」
「ナイフ……確かにあの死体には小さな切傷がいくつもあったわね」
「伊達くんがやったのかな?」
「ランクGの天才が、ランクBのゴブリンジェネラルを倒したって?」
「わからない……でも、ちょっと気になって……」
「まぁ、気になるのも仕方ないよね。私も気になるし」
ドアを開く音がする。
「結莉、どこ行くの?」
「現場をもう一度見てくる。何かわかるかもしれないし。わかったら連絡するね」
「うん。あ、あの、今日は本当にありがとう!」
「ふふふ、お見舞い頑張れ~」
「ちょ――んもうっ!」
そんな会話を……聞いたような聞いてないような。
その日の俺は、それすらも考えられない程、疲弊していた。
幻聴だったのかもしれない。
でも、思考が上手くまとまらない内に、俺はまた深く眠ってしまったのだった。
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