第53話 妹を取り巻く環境2
「あー……恥ずかしかった」
手を団扇のように扇ぎ、顔に風を当てる命。
「途中から気にしなくなってなかったか?」
「ヤケになったのよ。お兄ちゃんこそ、無心で食べたり飲んだりしてたじゃない」
「天恵を使ったんだよ、【超集中】」
「なっ、それずるい!」
命と親父には、相田さんと水谷にも言ったように、ある程度の天恵の情報は渡している。
「いや、だって考えてもみろよ。制服姿の女子高生と大の大人が一つの飲み物共有してるんだぞ? どう見ても事案じゃん」
「だ、大丈夫よ、お兄ちゃんまだ21歳なんだし」
何が大丈夫なのかまったくわからない。
まぁ、高校生の感覚でいったらそうなのかもしれないが、それはそれで恐ろしい気がする。
「それで、この後はどうするんだ?」
「決まってるでしょ、勿論、買い物よっ!」
先程までの不機嫌はどこへやら。
急にテンションが上がった命は、俺の手を引っ張り嬉しそうに小走りに駆け出した。
「ねぇねぇ、これ、どう思う?」
胸元に、猫を象った可愛らしいネックレスを当てて聞けば、
「いいんじゃないか? 可愛くて」
「ん~ダメ、ちょっと私の雰囲気に合わない」
と、俺の意見を一蹴。
命が気分屋な事を考えれば、物凄く似合ってると思うんだが?
「これ! これどうかなっ!?」
「ポシェット? 肩から掛けられるみたいだけど、この大きさだと中に何も入らないんじゃ?」
「いいの、小物入れるんだから。お兄ちゃんに聞いた私が馬鹿だったわ」
むぅ……女の子の買い物はわからん。
川奈さんに同行をお願いすればよかっただろうか。
「この服なら、さっきのポシェットとも合うんじゃないかなっ?」
「はい、そうですね」
「ちょっと、私はお兄ちゃんの意見を求めてるんだけど?」
口を開けば噛みつかれる状態で、何を言えと?
しかしそうか、あのポシェットが本命か。
それくらいは俺にもわかる。
あのサイズ、機能性であの値段は命には高いという事もわかっている。
がしかし、少しくらいは兄としての威厳を見せてあげたい俺の欲求もある。
何とも難しい話である。
俺奢りの買い物なのに、命は全く物を買わない。ほとんど見るだけである。
やはり、家計の事を気にしているのだろう。
――少し強引に出てみるのも手か。
「じゃあ買おう」
「へっ!? い、いいのいいの! 私になんて似合わないからっ!」
「命なら似合うよ、絶対」
「へぁ!? ちょっと、そ、そういうのいいから」
「いいじゃん、とりあえず試着してみたら?」
実は、命は結構押しに弱い。
普段はツンツンしているせいか、周りがその性格を理解しているため、強気に出る人間があまりいない。
だから、押し自体にあまり免疫がないのだ。
まぁ、家族にはバレバレだが、これを熟知している俺と親父は、たまにこの手法で命の願いを叶えるようにしていたりする。
15歳の少女に、今の伊達家はあまりにも厳しい現実だ。
少しくらい我儘を叶えさせるのが、兄の仕事というものだ。
俺の押しに負けた命は、持っていた服を抱きかかえ、困惑しながらも試着室に入って行った。
「ホ、ホントに着るの……?」
カーテン越しに聞こえてくる声は、不安そのもの。
そもそも、試着室に入る事自体が少ないからな。緊張もあるのだろう。
「ここで待ってるから、早く着なさい。お兄ちゃんは周りの目が怖い」
レディース商品を取り扱う店での男の気まずさというのは、普段経験出来るものではない。
この待ち時間が、たとえ見られていなくとも、見られているようで困ってしまうのだ。
命が試着する事……およそ3分。
「うん……これでどうかな」
そう言ってるのに、カーテンは開かない。
「うーん……うん、いいかな」
やはり、カーテンは開かない。
「あの……命さん?」
俺が声を掛けると、命は思い出したように言った。
「あ、ごめん。もうちょっと待ってて」
どうかな、いいかなと続いて、待って欲しいそうだ。
それから待つ事2分。
「い、いいよ……」
これは……俺がカーテンを開けるのだろうか?
いや、出来れば開けて欲しいのだが?
「命、開けて欲しいんだけど?」
「わ、私がっ?」
あなた以外に誰がいるっていうんですかね。
「で、出来れば早くして欲しい……かな」
すると、居心地の悪い俺の焦りを言葉から受け取ってくれたのか、命はすーっとカーテンを開けてくれた。
「おぉ……」
ハイウェストの落ち着いた黒のスカート、それにギリギリ被るような短めの白いシャツ。首元の黒い襟がスカートと合っていてとても似合う。
ふむ、この服だと命の長い黒い髪が映えるな。
それに、スタイルのいい命の身体のラインが出て…………ん? これは兄として許していいのだろうか?
「ど……どうかな?」
「いや……どうというか……」
「えっ!? や、やっぱり似合わなかった!?」
「いや、この可愛い妹を世に出すべきかどうか、兄として悩んでる」
そんな俺の言葉をポカーンとした顔で聞く命。
すると、徐々に顔を赤くさせ、最後には真っ赤になっていた。
「ど、どうした命?」
そう聞くも、命はピシャッとカーテンを閉めて応えるのだった。