第48話 ◆奴ら3
「クカカカカッ、先程までの勢いはどうした!?」
男の攻撃は勢いを増し、玖命は防御に徹している。
(何を考えている? このまま戦闘が長引けば、確実に相手が不利。それは伊達にもわかっているはず。それでも防御に徹する意味とは……!?)
反撃に動かない玖命に違和感を覚えつつも、男は槍を止める事はない。しかし、攻撃を溜め、弾いて狙うも、玖命には届かない。
苛立ちを覚える相手に、男は再び合図を送った。
(今だ、やれ!)
瞬間、玖命の足下に再び矢が届く。
(これもかわすか。だが、その足場を気にしてくれるだけで十分……!)
矢をかわし、左に逸れた玖命の身体に向かい、槍を払う。
「くぅ……おもっ!?」
玖命は辛うじてそれを受けるも、刀と槍では質量が違う。
【腕力B】の天恵が、なんとか相殺に持ち込んでいるものの、玖命の手にも、槍を受けた鈍痛が残る。
(時間がない……集中……集中だ……!)
【探究】による天恵の成長を目論む玖命だが、今以上の成長は、この戦闘中には難しい。
だから、本命を別に置いたのだ。
(よく見ろ……エティンの時も出来たじゃないか。奴の一挙手一投足に、目を離すな……! 目の動き、肩の動き、腕の動き、腰の動き、足の動き、奴の呼吸すら見逃すな! 1、2、345……このタイミングで槍を放す。ならば、この後に援護射撃が届く……!)
「なっ!? 今のファイアーボールをかわすかっ!」
「はぁはぁ……攻撃の合間に、槍を二回後ろに引いてる。それが仲間への合図……だろ?」
「ク……クカカカッ! これだけの時間でその合図を読み取ったか! 面白い、久々に殺し甲斐のある男だ……!」
(これまで以上に腰を落とした……!? 何が来る!?)
「っ! ハァアアアアアアアアアアアアアッ!!」
直後、男が駆けると同時、槍が大きくしなった。
左右に揺れるその速度は、玖命の【超集中】をもってしても見極める事は出来なかった。
(右……左!? どっちだ? どっちに来る!?)
玖命は判断に迷う中、男は槍の持ち手をクイと捻った。
「龍牙……!」
瞬間、左右に振られて発生していたしなりは、上下のしなりへと変わる。
「クソッ!! グァアアッ!?」
直撃を避けられなかった玖命は、一瞬でビル壁に身体を吹き飛ばされた。
「龍の上顎、龍の下顎……両の顎から噛み砕かれた気分はどうだ、伊達玖命……?」
「カッハッ!?」
食道……喉を通って噴き出る玖命の血しぶきに、男はニタリと笑う。
「あ……こし……」
「はっ! 何を言っている? 血反吐まで吐いて、ついに言葉すら吐けなくなったか?」
「五月蠅い……少し黙ってろ……」
未だ意識を残す玖命に、男は苛立ちを覚える。
「どうやら、我が槍を喰らい足りないようだな……」
槍を強く握り、再び身を低くする男。
(あの龍牙って技、かなり性質が悪い。左右の攻撃を警戒すれば上下に展開し、上下の攻撃を警戒すれば左右に展開する。上下左右に逃げ場がなく、後方に跳んでも突きの餌食。受けるしか手がないのに、攻撃力は俺のソレを凌駕してる。龍牙を止めるには奴以上の攻撃力が必要……なら!)
「龍牙……! カァアアアアアアッ!」
再び放たれる男の一撃。
「フッ!」
玖命はこれを受け切るために、敢えて槍を迎えにいったのだ。
「はははは! 考えたな! 加速して攻撃力を上げるか! だが、その程度の小細工で我が秘技は破れんっ! ハァアアアアッ!!」
「オォオオオオオオオオオオッッ!!」
玖命は刀に気合いをのせ、大上段から男の槍を迎え撃った。
「くっ! くくく……っ! グァ!?」
玖命は再び吹き飛ばされてしまう。
「ハハハハ、足りない攻撃力は何で埋める? 足場か? 助走か? たとえどのような策があろうと、我が秘技は破れん!」
「はぁはぁ……いや――」
「――……何?」
「埋めるのは――」
――成功。適正条件につき対象の天恵を取得。
――近衛悟の下位天恵【侍大将】を取得しました。
「――天恵だ!」
瞬間、玖命の力が増大する。
(……何だ? 今、伊達の圧力が……変わった!? 否、そんな訳がない……!)
頭を振った近衛に、玖命は深く腰を落とし、納刀する。
「何の子供だましか知らんが、状況が変わるはずもない」
そんな近衛の言葉も、玖命は一蹴するように言った。
「いいから早く来い……近衛……悟!」
瞬間、近衛の背筋にぞくりと冷たいナニカが通った。
「な、何故……俺の名を……!?」
「早くしないと……勝つ確率が低くなるぞ?」
挑発し、煽る。
玖命は、残り少ない手札の中、切れるカードを切った。
名を暴かれ、未知の敵に恐怖した近衛が挑発されれば――、
「っ! ならば受けて見ろ! 我が最強の龍牙をっ!」
近衛は同じ手段を取る他なかった。
昂った感情による思考の縮小が招いた……近衛が唯一信じる最強の手段。
玖命最大の戦果は、近衛の龍牙を引き出した事。
「カァアアアアアアアアッッ!!」
なりふり構わない近衛の一撃は、雑念を捨てた分、威力が向上した。
しかし――、
「頼むぞ、風光……」
そう呟き、鞘の中で走らせた抜刀は、過去類を見ない威力を発揮した。
「オォオオオオオオオオオオオオオッッ!!」
玖命の咆哮と共に、風光は槍と衝突し、甲高く、しかし重い音を発し――その先端を粉砕したのだ。
「馬鹿な!? くっ! これで終わると思うな!!」
近衛が叫ぶと同時、最後の合図が送られた。
槍を大きく回し、遠心力を使った右からの疾風突き。
更に腰を落とす玖命に向かう、長谷川の矢と、深田の炎。
玖命は半歩……たった半歩足を捌く事で、これをかわす。
「それがお前の限界だっ!」
ビルの窓を割って飛び掛かって来たのは、宇戸田雅樹。
玖命はその接近に気付き、近衛に背を見せた。
「「何っ!?」」
驚愕する二人の反応を置き去りにする、玖命の上段斬り。
その一撃は、上空の宇戸田を押し切るように吹き飛ばし、その勢いのまま、背後に迫る近衛の疾風突きを押し返したのだ。
「「ガハァッ!?」」
一瞬で意識を刈り取る玖命の一撃は、新たな天恵を呼び込む。
――【探究】を開始します。対象の天恵を得ます。
――成功。最高条件につき対象の天恵を取得。
――宇戸田雅樹の天恵【戦士】を取得しました。
――近衛悟の天恵【武将】を取得しました。