第36話 例外に次ぐ例外
「もしもし、相田さんですか? やっぱりインプとグレムリンの混合討伐でした。それと、こちらもやはり……林の木の上に門を発見しました」
『そう、既にモンスターパレードを起こした後だったって事ね』
モンスターパレードが起きる条件は大きく分けて二つ。
一つ、先日の俺と川奈さんのように、門から外に出たモンスターが、危機を察知し、門の中へ助けを呼びに戻った時。
もう一つは、長時間放置された場合だ。この長時間というのは具体的な時間は判明していない。ボスモンスター毎に変わるというのが一番の有力説だ。
『わかりました。これより天才派遣所はダンジョンボスの討伐依頼を出します。門があるとなると、待機メンバーでは対処し切れないため、Cランク以上の天才を派遣するまでおよそ2時間。伊達さん、それまでの間、現場の保全をお願いします』
「わかりました」
今回、グレムリンを9体、インプを8体倒している。合計17体という数は偵察部隊としては多いし、門のガーディアンとしては少ない。
相模原の一帯に既にインプとグレムリンが放たれたとみて間違いないだろう。
そういったモンスターたちを、天才たちは個別で倒したり、依頼を受けて討伐する。
門からはダンジョンのボスは出てこない。
これは天才の中で常識であり、それを念頭に動く事は当たり前の事だ。まぁ、例外もあるのだが。
ほぼほぼもぬけの殻となった門の中を掃除し、ダンジョンボスを倒すのはCランク以上の天才である。
ダンジョンボスは強い個体が多く、競争率が激しい。
2時間現場保全しなくともすぐに天才が到着するだろう。
上空のグレムリンは気になるが、動く気配もない。
なら、先に解体だけ済ませてしまうか。
インプとグレムリンの魔石はホブゴブリンよりも高く取引される。また借金返済が近付いた。
今日は良い日である。
◇◆◇ ◆◇◆
「……アンタが現場保全担当か?」
俺の目の前にやって来たのは、眼帯をした侍風の男。
「Cランクの漣漣さんですね?」
確か、この人は【足軽】の天恵を得て、成長し【侍大将】になった刀を扱う天才。八王子支部では結構な有名人だ。
「Fランクの伊達玖命です。相田さんから話は聞いています」
「門は?」
「上です」
「あぁ?」
目を細め、林の木の先端を見る漣。
「……なるほど、よく見つけたな」
「ありがとうございます」
「死体から見るにインプとグレムリンの混合……って事は、ダンジョンボスはせいぜいDランクのガーゴイルがいいとこだろう」
「俺もその可能性が高いと思います。門の周囲には5体のグレムリンを確認。侵入の際に背後から狙われる可能性があるのでご注意を」
「おう、忠告感謝。感心感心! はっはっはっは!」
快活に笑う漣に、俺もくすりと笑う。
「おっと兄ちゃん、派遣所から伝言だ」
「何でしょう?」
「警察は配備したが、ここは広すぎてどこにモンスターが逃げるかわからねぇ。って事で、出口の哨戒任務、頼むぜ~」
「わかりました」
俺がそう言うと、漣は軽やかな跳躍で、俺が造った木の階段を登り、門の中へ消えて行った。
あの人、もうすぐBランクに上がるって噂があるし、強いんだろうな。
その後、俺は相田さんに連絡を取り、漣が門に入った事、哨戒任務に就いた事を報告した。
上空を飛んでいたグレムリンも漣を追って行ったし、周囲にモンスターの気配もない。
立っているだけで現場保全手当とし特別哨戒手当が出るのだ。今日も肉でもいいんじゃないだろうか。
今日の夕飯は何だろう。そんな事を考えながら、俺は漣の帰還を待った。
20分程経っただろうか。
門に反応が見られた。
木の上にのぼりながらその様子を見守った。
しかし、そんな事をしている場合ではなくなってしまったのだ。
門から出て来たのは、確かに漣だった。
だが、あれは出て来たと表するものではなかった。
漣は、木々に身体をぶつけ、受け身もとれずに大地に身体を打ち付けた。
「っ!? さ、漣さんっ!」
俺はすぐに漣の下へ駆けつけた。
しかし、既に漣は虫の息だった。
「に……げろ……」
脚はひしゃげ、腕は歪。腹部には抉られたような傷があり、そこから大量の血が流れ出る。
こんなの……助かりっこない……!
「漣さん! 一体何があったんですか!?」
俺が呼びかけるも、漣からの返事はない。
ただ、門を見上げ、小さく、呻くように言ったのだ。
「ぁ……おに……」
それだけ言って、
「さ、漣さん! 漣さんっ!!」
漣は俺の目の前で息を引き取った。
息もなく、脈もなく、なのに血は流れ、大地を濡らす。
「一体……何が……ハッ!?」
見上げる先は木の上の門。
バチバチと青雷が走る歪んだ扉は、徐々にその幅を広げていく。
門からはダンジョンのボスは出てこない。
これは天才の中で常識であり、それを念頭に動く事は当たり前の事だ。
――だが、例外もある。
ダンジョンに侵入した天才が敗れた時、ダンジョンボスは外へ出て来る。何故なら、天才がダンジョンボスに辿り着いたという事は、それ即ち、ダンジョンの仲間が全滅した事を意味するからだ。
仲間を殺され憤怒に染まったボスは、その足を止める事はないのだ。
「ガーゴイルじゃ……ないのか!?」
門がりんと鳴り、その幅を更に拡げ、歪める。
外に出て来るのは――血のような赤い肌と、手に持つ巨大な木槌。最後に見せたのは首から生えた三つの首。
5mは超える巨体が、木を割り、巨大な音を立てて大地へと降り立つ。
「赤鬼……エティン……!」