第33話 家族の想い
「……気が重い」
伊達家の家の扉を開けるのが億劫だ。
だが、そんな憂鬱な気持ちを吹き飛ばすかのような出迎えが、俺を待っていた。
扉を開けると待っていたのは、命と、親父。
「お兄ちゃん」
「玖命」
直後、俺は目を瞑った。
強烈な破裂音が家中に響いたからだ。
パンッと耳を揺らす音と共に、俺はゆっくりと目を開けた。
鼻を通る火薬の匂い、頭に降り注ぐカラフルな紙片。
それがクラッカーだとわかるのに、俺は時間を要した。
「「天恵発現、おめでとうっ!!」」
それが家族からの祝福だとわかるのに、俺はもっと時間を要した。
だが、それもほんの少しの時間。
俺は、二人の厚意に鼻の頭がつんとなってしまった。
「あ、ありがとう……」
感謝を返すのがやっとだった。
命は嬉しそうに笑い、親父は嬉しそうに肩を抱いてくれた。
そんな家族愛に包まれながら、俺はリビングへと向かった。
そこには、過去見た事のない光景が広がっていた。
「ば、馬鹿な!?」
そんな間の抜けた声が出てしまうのも仕方ないだろう。
命が鼻高々になるのも仕方ないだろう。
親父が鼻歌を歌い出すのも仕方ないのだろう。
「す、すき焼き……だと!?」
醤油、みりん、砂糖、水……最高のブレンドで作られた割り下から香る匂いは一気に食欲を加速させる。
焼き豆腐……素晴らしい焼き色だ。弾力と中の柔らかさが外側からでもわかる。
ねぎ……まるで宝石だ。あつあつのねぎを口に頬張る自分を想像するだけで唾液が分泌される。
しらたき……味の染み込んだしらたきを啜るあの感触がたまらない。
しいたけ……独特の食感と風味、鍋にくぐらせるだけで割り下に深みを加える縁の下の力持ち。勿論、味も最高だ。
そして牛肩ロース……何だあのサシは? 我が家に国産牛だと? 奇跡だ、奇跡が今この家を覆っている。あのロースを生卵にくぐらせるためだけに、俺は生まれてきたのかもしれない。
あぁ……今日は何て最高なんだ……!
「ふふん、命様のタイムセール情報を元に、お父さんと一緒に買いに行ったの。大変だったんだから!」
「はっはっはっは、今日はお祝いだからな。玖命の門出だし、お酒も買ってきたぞ!」
「一杯までだからね、お父さん」
「馬鹿な……!?」
俺にしてあの親父ありだな。
「命様、どうかこの私めに二杯目のアルコールを」
「だめ」
「この前、命の誕生日だったし」
「だーめ」
「私の誕生日という事で」
「それはまだ先でしょ」
「くっ……! クリスマス!」
「まだ夏服なんだけど?」
「お正月!」
「駄々をこねてもだーめ」
そんな二人のやり取りを見て、俺は笑いながら席に着く。
家族で食卓を囲む。
もうずっとやってきた事だからか、こればかりは皆息が揃う。
「「いただきます」」
直後、命と親父の身内漫才が始まる中、俺は顔を綻ばせながら肉を口に運ぶのだった。
「うまっ」
◇◆◇ ◆◇◆
「え? 今何て?」
俺の問いに、相田さんは嬉しそうにもう一度教えてくれた。
「おめでとう、伊達くん。今日からFランクよ!」
「え、ちょ……え? ほ、本当ですか!?」
昂る気持ちと、震える声。
俺が? まさか? そんな疑惑の気持ちもあった。
だが、相田さんが職場で嘘を吐くはずない。
「な、何でこんなにすぐ……?」
そう言うと、相田さんはその理由を教えてくれた。
「あのね伊達くん。そもそも伊達くん3年以上もずーっとGランクだったんだよ? Gランクの依頼は様々な事をやってきたじゃない」
「え、でも掃除とか荷物持ちとか……」
「そう、だから伊達くんに足りなかったのは討伐依頼だけだったの。それ以外の昇級条件はこれまでの間にクリアしちゃってたって事」
「なるほど……そ、それじゃあ俺もついに……」
「うん、ひとり立ちだね」
別に何がかわる訳でもない。
Gランクの間に天才の「いろは」を覚え、Fランクになればひとり立ち。それがこの世界での常識なのだ。
逆に言えば、ここから先は完全に自己責任の世界とも言える。出来ないという言い訳は絶対に出来ない世界。
そして、ここからは依頼の幅も大きく広がる。
「それじゃあ早速俺に合いそうな依頼を紹介してくれますか?」
「はい、かしこまりました」
そう言って、相田さんは……本当に嬉しそうに微笑んでくれた。
「……インプですか?」
「そう、最近相模原の方でインプの被害が拡大してるみたいなの」
「拡大……という事は門があるかもしれませんね」
「うん、その調査を含めた間引き討伐任務なんだけど……出来そう?」
インプはゴブリンのように小型ながら、ホブゴブリン並みの力を持ち、更には火を吹いてくる……謂わばゴブリン、ホブゴブリン、ゴブリンメイジ三体を合体させたようなモンスターだ。
「自治体からの依頼ですか」
「ははは、民間企業からの依頼は人気があるからね」
公的機関よりも、当然民間企業からの依頼の方が報酬は良い。
人気がある依頼から消えていくのは仕方のない事だ。
それに、インプとはまだ戦った事がない。
奴ならおそらく俺の持っていない天恵もあるはずだ。
きっと相田さんはそれを狙いつつ、俺に他のモンスターを経験させる意図があるのだろう。
やはり、彼女は優秀な職員だ。
「わかりました、インプの討伐依頼、やらせていただきます!」