第294話 彼女の金銭事情
◇◆◇ 10月21日 14:50 ◆◇◆
「や……月見里さん……?」
俺がその名前を口走った時、彼女は俺に気付いた。
「ひっ!?」
恐怖に引き攣らせた表情のおまけ付きで。
「ちょ、ちょっと! まだ取り立てには早いんだからね!」
そういえば、そろそろ25日だ。
彼女に貸した26530円……ちゃんと回収しないとな。
でも、利子すら付けない借金なんて……良心的だよな?
そういえばさっき月見里さん……利子がどうとか言ってなかったか?
「だ、伊達くん……月見里さんにお金貸してるの……?」
「えーと……縁あって?」
相田さんの質問に、俺はこう答えるしかなかった。
まぁ、月見里さんの場合、腐れ縁かもしれないが。
「あ、やば。今の内緒! 内緒だからね!」
その音量で言われても、誰も内緒話だとは思わないだろう。
がしかし……――、
「え、伊達ってあの女に金貸してるの?」
「なんか、取り立てらしいぞ」
「伊達に金借りるっていい度胸してるよな、あの女」
「伊達が借りてる方が現実味あるよな」
「取り立て? あの女を売りさばくの?」
「モンスターの餌とかにするんじゃね?」
「結構美人だけど、キツそうだな……色々と」
冗談で言ってるとはいえ、天才たちがする会話じゃないだろうに。
まぁそれでも、このままでは【命謳】にも迷惑がかかる。
「えーっと……月見里さん? よかったら【命謳】の事務所でお話聞きますけど……――うぇ?」
「返済! 待ってくれる!?」
肉薄してきた月見里さんに、俺は後退する他なかった。
「返済待ってくれるなら私の話聞かせてあげる!」
どうしよう、交渉の場に行くために交渉してきたぞ、この人。
「えーっと……まぁ、1ヶ月くらいなら?」
「よし! じゃあ行きましょう! ほら、何してるの、さっさと来なさいよ! お茶は出るんでしょうね!? あ、ケーキとかあると嬉しいかも!」
そう言って、月見里さんは派遣所の自動ドアを抜けて行った。嵐みたいな人だな。
当然、俺はケーキを買う事もなく、一旦【命謳】の事務所に戻る。
事務所では外から命と月見里さんが話している姿が見える。
まぁ、あの2人は一度北海道で食事した仲だし、悪感情はないだろう。
事務所の自動ドアを抜けると、桐谷さんと山下さんが俺に話しかけてきた。
「お兄さん、お兄さん!」
「あの人、伊達さんのお知り合いですか?」
「え、うん。何か話があるみたいで」
そう言うと、桐谷さんが言った。
「何か大人って感じの人だね」
山下さんもそれに続く。
「余裕あって素敵だよねー」
「そ……そうかな……?」
俺は桐谷さんと山下さんに命の事を頼み、月見里さんを応接スペース……ではなく、まだ内装が整ってない応接室へと連れて行った。
「ホント余裕がないんです! 何とか融資して頂けないでしょうかっ!?」
大人の余裕など微塵も感じられない必死の土下座である。
防音だけはしっかりしてあって良かった。
桐谷さんと山下さんの憧れは壊さずに済んだ。
「えーと……ウチは金融屋さんじゃないので」
「そこをなんとか! 伊達個人にお願い!」
「俺の借金、利子ないですよね? 何でそんな事になっちゃったんですか?」
「キャッシングとかショッピングのカードローン……とか?」
ダメな大人だ、この人。
「毎月毎月通帳に残ってる残額が高校時代のバイト代より少ないの! これじゃお酒呑めないし、おつまみも明太子も買えないのっ!」
おつまみと明太子は同じ枠でいいと思う。
懇願する月見里さんを呆れた目で見ていると、俺のスマホが着信を知らせた。
……ふむ、知らない電話番号だ?
誰だろう、と思い電話を出ると、
『すまん、伊達。山井だ』
「山井さん? あれ? 電話番号……?」
『あぁ、たっくんじゃない。弟の意織の方だ』
おぉ、声が似ててわからなかった。流石は兄弟。
『突然電話してすまんな』
「いえ、別に大丈夫ですよ」
『情報部調査課の月見里梓がそっちに邪魔してるって聞いてな』
「あー……はい。まぁ、そうですね」
多分、相田さんだろうな。
あの人、身内にはめちゃくちゃ厳しいし。
『悪い、おそらく金銭関係の事だと思うが、無視してくれて構わんから』
「そんなに有名なんですか……」
『たまに前借りを懇願されるからな。あぁ、勿論突っぱねてるがな』
お役所で前借り……凄い行動力だ。
『優秀なんだが、素行が悪くてな。まぁ、主に任務中の飲酒なんだが』
主じゃいけないやつ。
そういえば、初めて会った時、四条さんにもそんな事言われてたな。
「それ、俺に言っちゃっていいんですか?」
『伊達が情報部で大暴れすりゃ、大抵の情報は持ってけるだろ。なら、これくらい話したところで何も言われんよ。それに、私は部長だしな。はははは!』
相変わらず豪快な人だ。
『で、ここからが真面目な話なんだが……』
今まで不真面目だったのか。
「な、何でしょう?」
『そこにいる月見里、【命謳】で雇っちゃ貰えないだろうか?』
「えと……確かにいつかは斥候の方が欲しいとは思ってましたが、彼女の意思はどうなんです?」
『あぁ? 月見里からは『伊達は拒否してない』って言ってたんだが? アイツの勘違いか?』
…………そう言えば。
――てっきり、私を【命謳】に誘いたいのかなーって。
――え? 入りたいんですか……?
――入ったらかなり楽出来そうじゃない?
――今の【命謳】に入ったら大変ですよ。
――どうして?
――【インサニア】が動き始めましたから。
――……マジ?
――大マジです。月見里さんを入れるとなると斥候になりますよね? モンスター相手だけならまだいいですけど、天才相手ともなると、斥候はかなり危険なポジションです。なので、今はタイミングじゃないと思います。
――ふーん…………断りはしないんだ……。
――え、何か言いました?
――あ、ううん……こっちの話。
借用書を書いてもらった日、そんな話もしてたような気がする。
『【インサニア】への事情聴取も始まったから、良いタイミングだと思ってな。どうだ? あぁ、勿論、こちらが出来る限りの協力はするぞ』
耳元では天才派遣所情報部の部長山井意織さん、目の前には土下座する月見里さん。
確かに悪くないタイミングだけど……どうしよう?
そう思い、俺は仲間たちに救難信号を送るのだった。




