第274話 ◆天恵展覧武闘会3
◇◆◇ 10月10日 8:50 ◆◇◆
東京都千代田区に建てられたKWNドーム。
出場者枠として招待席に座っている乙女四人。
伊達家の金庫番【伊達命】、クラン命謳の事務兼【天眼】保有者【四条棗】、命のクラスメイトであり、玖命に命を救われた過去を持つ桐谷明日香、山下玲。
「本当に良かったの? 私たちなんか……」
山下の言葉に、命が頷く。
「うん。お父さん、仕事で来られなかったし、チケット余っちゃうのは勿体ないからね」
「でも、招待は1人1枚でしょ? て事はもう1枚は……?」
桐谷の問いに四条が答える。
「私のだよ」
「うぇっ? 棗ちゃん良かったんっ?」
「らいよーぶらいよーぶ」
言いながら四条がドリンクのストローに口を付ける。
「うん、ありがとう!」
桐谷の言葉に、ほんの少し耳を赤くさせた四条の隣で、山下が命に言う。
「お兄さん、凄く強くなったよね! 海老名の事件、テレビで観て驚いちゃった」
そう言って、命の前に月刊Newbie10月号を差し出す山下に、命が小首を傾げる。
それを見て、思い出したように桐谷も月刊Newbie10月号をバッグから取り出す。
「……これは何?」
「「お兄さんにサインもらって! お願い命っ!」」
揃うクラスメイトの声。呆れる命。
「アンタたち、クラスで皆が私にサイン強請ってる時は守ってくれてなかった……?」
「いや、それはそれ、これはこれといいますか……」
恥ずかしさを誤魔化す山下と、
「いや、それはそれ、これはこれっていうか……」
恥ずかしさを誤魔化す桐谷。
それを横目にくすりと笑う四条。
「頼まれてやりなよ、命」
「え、いいのかな……?」
「寧ろ、きゅーめーなら喜んで書くだろ」
「むぅー……確かに」
そんな命の納得を見、桐谷と山下は顔を綻ばせる。
「「やったぁー!」」
手を合わせ、喜びを見せる二人から3冊の雑誌を受け取る命。
「……ん? 1冊多くない?」
「あ、うんと……お父さんが欲しいって……うん」
山下の言葉に「ふーん」と零す命と…………うんうんと頷く四条。
(よし……きゅーめーのサインゲットだ)
そんな四条の企みをよそに、ひと際歓声が大きくなる。10万人を超える観客が立ち上がり、8時59分になって華やかに演出される電光掲示板を見つめる。
「おー、豪華だね……」
命が零すと同時、桐谷と山下が立ち上がる。
「うぉおおおおおっ!!」
「お兄さぁああああんっ!!」
クラスメイトの感極まる行動に、引き気味の命。
「いや、招待席ならタブレット付いてるじゃん……」
そう言って、命と四条は、座席に備え付けられている端末を見る。
電光掲示板の表示がカウントダウンに切り替わる。
それと同時、歓声が更に大きくなる。
それに便乗する桐谷と山下。
「10! 9! 8! 7! 6! 5! 4! 3っ! 2!! 1っ!! ……0ぉおおおおっ!!!!」
直後、大きな音楽と共に花火が打ち上がる。
今日一番の歓声と共に、電光掲示板が切り替わる。
そこには2人の女。
天才派遣所統括所長兼日本支部支部長――【荒神薫】、そして先の海老名の一件で一部ながら名を上げたKWN堂の記者【御剣麻衣】。
解説席からの実況映像を電光掲示板に映し、スピーカーから御剣の声が響く。
「さぁ、待ちに待った【天恵展覧武闘会】! 10月10日はクラン団体戦! 司会はKWN堂より御剣麻衣がお送りします。そして、今年の解説には何と! 日本天才事業の母! 天才派遣所統括所長、荒神薫さんにお越し頂きました!!」
「よろしくお願いします」
割れんばかりの歓声が会場を埋め尽くす。
「マジか、いつもは顔すら見せないのに……」
四条が驚きを露わにする中、御剣の言葉が続く。
「例年とは違い、今年は何故ここへ?」
「毎年打診はあるんだけどね、忙しくて。でも、今年は何とかスケジュールをこじ開けて来ました」
「何か心境の変化があったという事でしょうか?」
「旧友のたっくん……山井は勿論だけど、【命謳】が気になってるんだよね」
「やはりそうですか! かくいう私も【命謳】に命を救われた身! 個人的には応援したいクランなんですよ!」
「あなた司会者だよね?」
「そ、そうでした!」
小さな笑いも、10万規模となれば会場に響く。
「ご安心ください! 審判は私ではありませんので! 出場する全天才、全クランの魅力をしっかりお届けできればと思っております! さぁ、第1回戦の準備も整いつつあるようです! 両クランの入場までもう少々お待ちください! 入場までの間、トーナメント表を見つつお話したいと思います」
そう言うと、御剣と荒神の映像が右上にワイプされる。その下には計31ものクラン名がずらりと並ぶ。
「初戦は【命謳】と【インサニア】。東北を拠点にする【業炎】や、九州で活動する【別府の猪共】、北関東で活動する【ポチズリー商店】などなど、高名なクランの参加が目立ちますが、一番の目玉はやはり、トーナメント表の一番下! 前回覇者のクラン【大いなる鐘】がシード枠として参加しております!」
御剣の説明の後、荒神が締める。
「楽しみだね。健闘を祈ります」
「さぁ、いよいよ第1回戦が始まります! クラン入場ですっ!!」
10月10日9時5分、今日この時、この瞬間、クラン【命謳】が、日本に、世界に……強烈な印象を叩き付けるのだった。




