第270話 内見と内覧の違い
◇◆◇ 20X0年10月6日 11:30 ◆◇◆
「いかがでしょう? 最高の好立地、あの大災害を乗り越えた3重魔石コーティングの支柱。地下3階、地上7階。総階数10階。地下3階はシェルターとしても活用が可能できますし、屋上ではバーベキューも出来ますよ」
微笑む営業マン。
本日は【命謳】の事務所を借りるべく、テナントビルの【内見】である。
付き添いには四条棗さん、そして伊達命、更には伊達一心君がいる。
他の【命謳】メンバーは、最終調整に向けて、各地でソロ討伐任務をこなしている。
皆、真面目にやってるだろうか?
「玖命、ここ、悪くないぞ」
親父の言葉に、命、四条さんも頷く。
どうやら、魔石コーティング数に嘘はないようだ。
これを見誤ると、高い賃貸料を払うのが馬鹿らしくなるというものだ。
「大災害で荒らされた内装もしっかりリノベーションしてあるし、エレベーターも2基。非常階段も左右に分かれてるから、いざって時は私でも使いやすそう」
命の言葉に、俺は感心する。
確かに、事務所に訪れるのは天才だけじゃない。
一般人の命からの助言は、目から鱗かもしれない。
「何より、アレがいいよな」
四条さんは自動ドアの外を指差しながらくすりと笑う。
俺は自動ドアの外、四条さんの指の先を見ながら苦笑した。
「は、ははは……そうですね……」
そんな会話を聞いていた営業マンも、満面の笑みで揉み手をしている。彼の言う通り、ここは最高の立地である。
周囲の外食産業も盛んだし、駅からも近い。
交通アクセスがあるという事は、都心にもアクセスしやすい。
賃料も立地の割には比較的安い。親父が勤める株式会社TLEの穂積社長の紹介とはいえ、これ程の物件はそう巡り合えないだろう。
大災害の被害からのリノベーション工事が終わった直後という事もあり、テナントもない状況……であれば、米原樹さんが言ってた【ポ狩ット】東京支部の条件もクリアしている。
…………まぁ、問題なのはアレだけなんだけどな。
「どうする、きゅーめー? 鳴神や山じーは特に希望はなかったし、ららの希望もバーベキューだけだろ? 後はいじって好みの内装にすればいいだけだと思うけど?」
「あ、はい。後は四条さん次第だと思うけど……どうです?」
「え……えと……うん、いいと思うぞ」
そう言って、四条さんは背中を向けてしまった。
何か変な事でも言っただろうか……?
「そうですか。【天武会】までそう時間はありませんし、早目のがいいでしょうね。お話進めちゃってください」
「ん、わかった」
そう言って、四条さんは営業マンの下へと向かった。
すると、俺の下へ親父と命がやって来る。
「それじゃあ、私たちは社長に紹介された業者に行って来るから、玖命はもういいぞ」
「え、そう?」
「お兄ちゃんは【天武会】の事だけ考えてればいいのよ。買い物なんて誰でも出来るんだから、お兄ちゃんはお兄ちゃんにしか出来ない事をするの。いい?」
「あ、はい」
そう詰められ、俺はそのまま引き下がる他なかった。
確かに、皆に指示を出している以上、俺がぶらぶらしている訳にもいかない。
「それじゃあ四条さん、後はお願いします」
「おーう、詳しい金額決まったら連絡するー」
四条さんの言葉、親父と命の笑顔に見送られ、俺は天才派遣所の八王子支部へと向かった。
そこでは相田さんがいつもの微笑みをもって俺を迎えてくれた。
「おはようございます、伊達くん」
「おはようございます、相田さん。ソロで受注可能な討伐依頼をピックアップして欲しいんですが、お願い出来ますか?」
「かしこまりました。希望はあるかな?」
「可能な限り高ランクのものを。多少遠くても構いません」
「となると……横浜方面でも構わない?」
「静岡までなら」
そう言うと、相田さんは少し驚いた様子で俺に言った。
「えと……伊達くん、今日だけでそんなに……?」
「いやぁ……本当は愛知まで足を運びたいんですけど、そこは別のメンバーが行ってるので……」
「別の……メンバー……?」
目を丸くする相田さんに、俺は現在の【命謳】メンバーの動向を伝える。
「川奈さんが東北まで足を運んでるんで、北は難しくて」
「東北……」
「静岡より西は山井さんにお願いしてるので、愛知は難しいんですよね」
「西……」
「あ、でも、四国と九州は翔に任せてますよ」
「四国と……九州……」
「翔の事だから沖縄まで泳いで行きそうですけどね……はははは」
「も、もしかして全国の依頼をソロで受けてる……の?」
「一応、規約は確認して問題ないと思ったんですけど……まずかった……ですか?」
聞くと、相田さんは困った表情で言った。
「ううん、大丈夫大丈夫……大丈夫なんだけど……普通、この時期は【天武会】が近いからって事もあって、依頼消化が少なくなるの」
「え、【天武会】が近いのに……ですか?」
「えと……怪我とかしたら出場に影響が出ちゃうから……なんだけど」
「なるほど、そういう考え方もあるんですね……」
「そういう考え方が主流なんだけどなぁ……」
「という事は、滞ってる依頼もあるって事ですね」
「まぁ、そういう事になるから、派遣所としては出張討伐は有難いんだけど……本当にいいの?」
「えぇ、関東全域と、一部の中部地方は俺がやるって事になってるんで、お願いします」
「わ、わかりました。10月9日までに消化可能な依頼って事でいいかな?」
流石は相田さんだ。
最後の1日を休養に当てる事をちゃんと考えてくれている。
「はい、それでお願いします!」
そう言って、相田さんがパソコンにせわしなく向き合ってる中、俺に四条さんからの連絡が届く。
四条棗―――【内覧】終わった。ビルのオーナーが60億円提示してきたけど、ららのサイン付けたら57億円になった。何とかサタンの魔石分で収まったから良かったよ。さっき渡された委任状使ってこれから契約して来る。遂に命謳もビル持ちだな。やったなきゅーめー!
……あれ、内見じゃなかったっけ?
念のため。
購入前提=内覧
賃貸目的=内見
と、不動産業界で言われてるらしいですが、日本語として定義づけはされていないみたいです。業界用語みたいなイメージで汲み取って頂けると幸いです。
カクヨムにて先行掲載中。
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