第217話 絶大なるSSS1
海老名駅周辺は、俺たちの想像を遥かに超えるような惨状だった。道中のモンスターは、やはりグレーターデーモンが多かったものの、奴らが破壊した物は建物やインフラだけではない。
無残に転がる遺体や、死の間際、どうする事も出来なかった人もいた。回復、避難誘導、俺たちが出来る事などたかが知れていた。無力を噛みしめながら、被害の中心地へと向かう。
「……どうやらここじゃないみたいだね」
駅に着いても、はぐれたモンスターはいたものの、門は見つからなかった。
「となると……どこでしょう?」
川奈さんが小首を傾げる。
周囲を捜索していた翔も、首を横に振り、成果は得られなかった様子。
すると、たっくんが俺たちを呼んだ。
「玖命、これを」
たっくんが示したのは、駅の破壊された壁。
「これがどうしたんです?」
川奈さんの疑問に、俺が答える。
「攻撃が加えられた方向だよ。見て、西に向かって力が加えられて壁が壊れてる」
「という事は……東側?」
「うん、駅の東口に出よう」
皆は頷き、海老名駅の東口までやって来た。
やはり、東口側は被害こそ少ないものの、駅に向かって被害が増えている。
人口密集地に向かってモンスターが進行した証拠だ。
「起点は……アレ……かな?」
俺は、東口から見えたやたら被害の大きい建物を指差した。
「う、うちの銀行支店ですぅ……」
そう、KWN銀行海老名支店。そのビルの壁面が大きく損傷していたのだ。
その損傷の中心……俺たちは銀行が入ったビルの4階、大きな穴が空いている壁面からビルに侵入する。
「ありましたっ! 門ですっ!」
川奈さんの言葉通り、何かの資料室のような場所に、門はあった。
俺は今一度意思確認のため、全員の顔を見た。
川奈さん、翔、たっくんは、一つだけ頷き、その覚悟を見せてくれた。
だから、俺も頷き、最初に門を潜り、ダンジョンへと侵入したのだった。
◇◆◇ ◆◇◆
「罰則金がなんですかっ!」
そう言いながら、川奈さんが潜り抜けて来た門。
「へぇ、リザードマンの城を思い出すがぁ……こりゃちと趣向がちげーな!」
翔は門を抜けると同時、そんな事を言った。
「まるで、魔王の城じゃな」
そう、たっくんの言葉が全てだった。
赤い空、黒い雲、遠くで轟く雷鳴。
これに加え、おどろおどろしい大きな城があれば、誰もが魔王の城を思い浮かべるだろう。
「これまでのモンスターは、レッサーデーモンとグレーターデーモン。それにサタン」
俺が言うと、たっくんがそれに続ける。
「うむ、悪魔系のモンスターが出る可能性は高いが、ダンジョンは時として気まぐれを起こす。どのようなモンスターが出て来ようとも、冷静に努める事じゃ」
そんなたっくんからの助言に、俺たちはコクリと頷いた。
モンスターパレードが起こった後……と考えれば、ダンジョン内に、モンスターはそう多くないはず。
しかし気になる……何故モンスターパレードが起こったのか。
そう、門があったのは銀行の支店が入ったビルの資料室。
資料室なんて余り人が出入りしない場所に、ダンジョンのモンスターを刺激するような事なんてあるのか?
俺はそれを疑問に思う事はあっても、その場で解決出来る術は持ち合わせていなかった。
ダメだ、雑念は集中力を乱す。
俺は一度頭を振り、ダンジョン内にいるという現状を頭に叩き込む。
今はこのダンジョンを破壊する事が先決。
日本中を探しても、このダンジョンに侵入出来るクランは少ないだろう。
【ポ狩ット】……いや、米原さんの天恵を考えれば、高ランクのダンジョンは相性が悪い。彼女の天恵は格下のモンスターに対して絶大な威力を発揮するのだから。
ならば、対応出来るのは【インサニア】と……【大いなる鐘】。
【インサニア】の拠点は関西。彼らがここに来るまでにサタンが復活すれば、更に被害が出る。
そして【大いなる鐘】。越田さんには、【大いなる鐘】の傘下クランにバックアップをお願いしている。越田さんの事だ、既に精鋭メンバーを準備して待機してくれているだろうが、彼らに任せていたのでは、越田さんが俺たちを同盟クランに指名してくれた意味がない。
まだ同盟を結んだという話は公にされていない。
越田さんの考えでは【天武会】を機に公表するのが効果的と考えているそうだ。勿論、俺もそれには同意している。
ならば、ここで俺たち【命謳】の値打ちを見せる時。
「伊達さん、行きましょう!」
「頭ぉ、【命謳】の名を上げるチャンスだぜ? カカカッ!」
「これが成れば、【インサニア】も迂闊には手を出せんじゃろ」
皆の意見も俺と同じようだ。
俺は一歩前に出て、皆に言う。
「総員警戒厳……目標はダンジョンボス。想定戦力はSSS。川奈さんを起点に翔とたっくんがアタッカー。俺が遊撃だ。いいな?」
「「おうっ!!」」
そんな皆の了承の声と共に、俺は城へと入って行った。
いや、入って行こうとしたのだ。
しかし、それは成らなかった。
何故なら、俺たちの目の前で、その城は一瞬にして崩壊してしまったのだから。
崩壊の音よりも、目の前で起こった異常事態に、俺たちは目を丸くしていた。
だが、それはすぐに変わった。
「前方注意っ!」
俺の指示と共に、全員が腰を落とす。
それと同時に、俺の天恵が反応を示す。
――【考究】を開始します。対象の天恵を得ます。
正面に現れたのは3m程の大男。金の短髪と端正な顔、上は何も着ず、筋肉質。腰布を巻き、悪魔とは思えぬ12枚の純白の翼。
15mはあろうサタンとは大違い……いや、サタン?
そんな疑問より早く、俺は【天眼】を発動させていた。
――天使長ルシフェル
――天恵:【咎殃】




