第215話 ◆神奈川の救援要請4
「ぁ…………ありがとう……ご、ございます……」
玖命にそっと降ろされた御剣麻衣と、
「面目ないっす……」
ぐったりとした様子で謝罪する堀田。
御剣はサタンを見上げる玖命を見つめ、小さく口を開く。
「年下っていいかも……」
「はぁ?」
堀田の間の抜けた声は御剣の耳に届かず、玖命の耳にも届かなかった。
既に厚木市の避難こそ進んでいるものの、これ以上は大災害の二の舞になりかねない。
玖命はSSというモンスターを前に、焦燥を隠しきれなかった。
(空を飛んでいるのが厄介だ。奴の攻撃全てが広範囲。移動を考えれば、神奈川全土に被害が及ぶ……それだけは防がなくちゃならない!)
上空で玖命たちを見下ろすサタンを睨み、玖命が嵐鷲を構える。
直後、玖命の正面に円環状の炎の槍が出現した。
「こ、これはっ!?」
瞬間、過去【大いなる鐘】の【賢者】立華桜花が放った雷魔法【ボルトガトリング】が玖命の頭を過った。
「まずい……!?」
玖命がそう零した刹那、サタンは無情にもそれを発射した。
「くっ!?」
御剣、堀田を守るため、玖命は前へ出る他なかった。
次々と撃たれる炎の槍。
「ハァアアアアッ!!」
水を纏った嵐鷲を振り、眼前に迫る炎の槍を斬り裂き続ける玖命を前に、堀田は無意識にカメラを回し、御剣はただ玖命の背を見続けていた。
「クソッ! クソッ!?」
サタンの円環状のソレは、発射の度に次弾が装填され、玖命に休みを与えない。
やがて、御剣と堀田の身体、周囲に異変が起き始める。
「あ、熱い……?」
「溶け始めてるっ!?」
玖命が炎の槍を斬り裂いてはいるものの、ソレを何度も玖命の正面に撃たれている。当然、周囲の温度が上がり、屋上にあるフェンスを溶かし始めたのだ。
(これ以上はまずい……!)
玖命は何度も続くサタンの攻撃に、これ以上は二人を守り切れないと判断した。
「なら! こうだっ!」
「「えっ?」」
玖命がサタンの魔法を防ぎながらも斬ったのは、その足下。
そう、屋上の地面が円形に斬り取られたのだ。
「うそうそうそーっ!?」
「落ちっ!?」
御剣と堀田が階下へ落ちる中、玖命もまた地面を蹴った。
その一瞬の射線変更に、サタンの反応が遅れる。
玖命はこれを狙い、再び御剣を抱き、堀田を抱えて駆けたのだ。
「SSランクのモンスターってあんなにヤバいんすかっ!?」
堀田の嘆きと、
「あ、あんなのに……勝てるのっ!?」
御剣の疑問。
「インタビューなら後程お願いしますっ!」
路上まで降りた玖命が二人を下ろし、サタンを見据える。
「【命謳】の記事!」
「え?」
「良い感じにしてくださいね……!」
そんな玖命の軽口とも冗談ともとれる発言に、御剣と堀田は顔を見合わせ、ただただ頷く事しか出来なかった。
「「あっ!?」」
直後、玖命はビルの壁面を駆け上がり、サタンの追撃を斬り裂きながら跳び上がる。
「ハァアアアッ!!」
「ガァッ!」
鋭利で長い爪を振り下ろすサタンの攻撃を掻い潜り、玖命が走り抜けるように嵐鷲を振るう。
「ガァアアアッ!?」
(手ごたえはある。地上で戦えれば倒せる相手……だが、攻撃の度に着地を余儀なくされれば、奴の手数を増やしてしまう……!?)
攻撃に手ごたえこそ感じるものの、サタンの戦い難さを実感する玖命。
(それに、こいつの攻撃……!)
見上げ、【天眼】でサタンの天恵を覗き見る玖命。
「なるほど……【賢者】持ちか。道理で接近戦をしない訳だよ」
「ッ! ガアアアアアアアアアアッ!!!!」
玖命の攻撃で傷ついた腕を見、サタンの怒りが溢れ出る。
「騒ぐな……五月蠅いだけだから……!」
そう言って、玖命はサタンを睨み、魔法を繰り出す。
再びファイアランスを円環状に発現させるサタンに対し、玖命が発動したのは――、
「ウォーターボール……!」
巨大な水球。
それをコントロールし、玖命の手元に留めている。
それを見た御剣が言う。
「あれ、何するつもり……?」
「いや、わかんないっすよっ!?」
堀田の言葉の直後、玖命は次の行動に出た。
水球に対し手をかざし、魔力を注ぎ込む。
「よし、即興にしちゃ悪くない……」
玖命の言葉を遮るかのように、サタンの魔法が再び発動する。
発射された炎の槍を、かわし、捌き、斬り裂くも、玖命は水球のコントロールを維持し続けた。
先程までは全ての炎の槍を掻き消していた玖命だったが、今は最小限の行動で済ませている。
これに疑問を持った御剣がタブレットを覗き込む。
「堀田くん! あの水の塊アップして!」
「りょ、了解っす!」
ズームされた水球には、微かな変化が見られた。
「沸騰……してる……?」
そんな御剣の言葉の直後、玖命は遂にその水球をサタンに向け放った。
サタンはニヤリと笑い、正面に迫った水球に対し、炎の槍を向ける。発射と同時、ソレは起こった。
「ガッ!?」
炎の槍が水球を貫くと同時、水球は大きく爆発したのだ。
霧状になったソレを見、御剣と堀田が理解する。
玖命が何をしたのかを。
「水蒸気……」
「……爆発」
水を魔力で覆い、密閉させ、加熱。
膨張するエネルギーを押し込めつつ、加熱を続けサタンの攻撃をキッカケに破裂。
「あ、あんなので倒せるんすか!?」
堀田の疑問を、御剣はすぐに否定した。
「いえ……」
舞い上がる霧状の水が、サタンから玖命を隠す。
「あれはただの目くらまし……!」
御剣が次に捉えた時、玖命はサタンの背後に跳び上がっていた。
「その翼……邪魔なんだよ……!」
そう呟くように言い、玖命はサタンの巨大な翼を一刀の下、叩き斬ったのだった。
「ガァアアッ!?!?」
悲痛の悲鳴をあげるサタンが下降して行く。
玖命もまた着地し、ようやく両者の視線が交わる。
そう、玖命は強引にサタンとの地上戦を実現させたのだ。
「もう……お前の好きにはさせない……!」
嵐鷲を構え、玖命は再び腰を落とすのだった。




