第18話 違和感の正体
荷物を置き、俺が橋の反対側へ回ると、8体のゴブリンの前に川奈さんが現れた。
そして、大盾を構えながら叫ぶ。
「っ! こっちだよ!」
騎士の能力、ヘイト稼ぎ。
何とも新人らしい掛け声じゃないか。
まだヘイト稼ぎの名称は決めていないようだが、要は気の持ちようである。川奈さんの能力で、ゴブリンが振り向き、意識を奪われれば問題ないのだ。
「「ギ? ギィイ!」」
ゴブリンの中には俺に気付いている個体もいる。
だが、川奈さんのヘイト稼ぎが、その意識を川奈さんへと向ける。
――今だ!
「っ! ハァ!」
俺の一太刀は、ゴブリン3体を一瞬で斬り裂いた。
「ふぇ?」
川奈さんは目を丸くしてこちらを見ている。
だが、彼女にこちらを気にしている余裕はないはずだ。
「正面! 集中っ!」
俺の指摘にハッとした川奈さんは、すぐに迫っている5体のゴブリンへと意識を戻した。
その時、俺は川側の橋の支柱陰に、ゴブリンを見た。
まさかもう1体いたとは。
だが、こちらの5体が最優先。
「わ、わっ!?」
大盾で凌ぐ川奈さんだが、やはりまだ天恵がこなれていないのか、ところどころ危うい動きがある。
「回り込まれないないように意識を!」
そう言い、
「は、はいぃ!」
俺は再び剣を振った。
「残り3体! 大丈夫、落ち着いて!」
俺の声に反応してくれたのかはわからないが、川奈さんは初動より滑らかな動きを見せてくれた。
大盾を使い、1体を吹き飛ばして距離をとり、残りの2体の攻撃を正面に限定させる。
慣れている【騎士】ならば、ショートソードを使って1、2体倒したりするのだが、初の討伐でそれは無理難題というものだ。
俺は川奈さんに吹き飛ばされた1体を走りながら斬り倒し、すぐに川奈さんの正面を陣取っているゴブリン2体に攻撃を仕掛けた。
「これで、終わりだっ!!」
大盾を殴りながら、怒りを露わにしていたゴブリンの背をバサリ。
いいな、【騎士】の天恵があれば、これだけ戦闘を有利に運べるのか。大手クランでは【騎士】系の天恵が重宝されていると聞く。
壁役がいるといないのでは、戦闘に幅も出るし選択肢も広がる。
そう考えると、もしかしたら川奈さんは、期待の新人と言えるのかもしれない。
「す、凄いです伊達さんっ! こんな一瞬で8体ものゴブリンを……ランクDの天才さんでも難しいんじゃないですか!?」
川奈さんの誉め言葉はとても嬉しいしありがたいのだが、俺は戦闘開始直後に見かけたもう1体のゴブリンの事が気がかりだった。
「もう1体います! 注意を!」
「え、は、はい!」
俺は支柱の陰にいたゴブリンの方を見る。
しかし、そこには既にゴブリンはいなかった。
「……逃げた? ……いや。川奈さん、背中をお願いします」
「はい!」
そう言うと、川奈さんは俺の死角を塞ぐように大盾でカバーしてくれた。
「いいですね、川奈さんと一緒で安心できます」
「それはこちらの台詞ですよ。伊達さん……本当に頼もしくて……」
「ありがとうございます。支柱の裏を確認します。歩幅をしっかり合わせてください」
「わかりました!」
俺が一歩進み、川奈さんは一歩背後へ進む。
背中合わせの移動に神経を使い、警戒しながら支柱の裏を確認する。
「…………どういう事だ?」
「え……いないですね」
おかしい、あの一瞬で姿を消せるとは思えない。
「……警戒厳を維持。川に飛び込んで隠れたかもしれません」
「はい……!」
だが、すぐにゴブリンがどこにいるのかわかってしまった。
俺の指摘は間違いであって正解でもあったのだ。
「だ……伊達……さん…………こ、これって……!」
水面の中に見える歪んだ光景。川の流れで歪んでいるのではない。
これは断じてそんなものではない。
「くそ! 川奈さん! すぐに派遣所へ連絡を!」
「っ! は、はい!」
俺は剣を構え、川奈さんはスマホを取り出す。
モンスター討伐には、悪質な犯罪を除けば大きく分けて二つの理由が考えられる。
一つ、門から逃れたモンスターが発見された場合。
そしてもう一つ、門が付近に存在する場合である。
門はどこに発生するかわからない。
山奥であったり、谷底であったり。
家屋の中に発生する場合もあるし、駅や商業施設、廃ビルに発生する場合もある。
それだけに、日々のパトロールが重要になってくる。
だが、今回のケースは非常に稀有なケースとして天才派遣所へ報告があがるだろう。
「……まさか、川の中に門があるなんて……!」
そう、ゴブリンは門の中へと入ったのだ。
そして、それは次に起こる事態を予測させた。
おそらく、先程のゴブリンたちは謂わば視察員。
ゴブリンが住める場所か確認していたのだろう。
しかし参った……ゴブリンは非常に仲間意識が強い。
8体もの仲間が俺たちによって殺されたのだ。
怒らない訳がない。
管理区域のゴブリンであれば、日常の事かもしれないが、ことこのゴブリンにとってはそうはならない。
「お、お疲れさまです! 緊急事態です! 境川の水中にて門を発見しました! 至急応援をお願いします!」
天才のスマホは電源が入っている限りは、GPSが稼働している。
俺たちの場所はわかるだろうが、どうにもそれは間に合いそうにない。ゴブリン程の低ランクモンスターがいるダンジョンであれば、すぐに奴らの仲間が集まり、俺たちに報復しようと飛び出てくる……!
「だ、伊達さん……ど、どうしましょう……?」
今、ここを離れれば、多数のゴブリンが町に放たれる。
それだけは避けなければならない。
「――るしかない」
「え?」
「ここで食い止めるしかない……!」