第185話 KWNの社長2
「はぁ!? 【天騎士】っ!?」
エレベーター内で、水谷が驚きの声をあげる。
「だ、だってららちゃんって今、Dランクだよね……?」
「はい! でも、伊達さんの訓練のおかげでしっかり【天騎士】ですよ!」
「驚いた……【聖騎士】くらいだと思ってたけど、まさかもう【天騎士】になってるなんて……」
じっと見て来る【剣皇】水谷結莉。
それが一体何を意味するのか、俺にはよくわからなかった。
だが、川奈さんにはよく理解出来たようで、ニコニコしながら俺に言って来た。
「ふふふふ、【命謳】の特異性がいきなり出ちゃいましたね~」
ウチの特異性……彼女は一体何を言ってるんだろうか?
「まさかこんなに早く天恵を成長させられるなんて……それが事実なら、クラン【命謳】に加入したがる新人は多いだろうね」
その答えは、川奈さんではなく、水谷が教えてくれた。
なるほど、特異性ってのはそういう事か。
確かに、そういう事になるのかもしれない。
水谷の俺を見る視線は、今までこそ興味に満ちていた。しかし、この話を聞いた後では、物珍しさが勝っているように見える。
「あ、そういえば」
水谷が思い出したように言う。
「鑑定課に【魔眼】持ちが一気に増えたって噂があったね。じゃああれも玖命クンがやったってのは本当なんだ?」
「あー……アレですか……」
俺は思い出したくない事実を思い出したのだ。
あれは、クラン結成直後の話だった。
クランエンブレムの雛型が出来た後、俺は命に聞いたのだ。
◇◆◇ ◆◇◆
「なぁ、命」
「どうしたの、お兄ちゃん」
「ウチのクランの事務、やる気ない?」
「へ?」
「天才のクラン事務所もいつかは必要だけどさ、窓口だけは今の内に用意した方が良い訳じゃん」
「確かにそうだね」
「そうなると、どうしても事務員が必要になる。でも、一般人の中で、天才と一緒に働いてくれる人って、中々探すの難しいと思うんだよね」
「うーん……なるほど」
珍しく命が黙ってしまった。
そして、それは思わぬカタチで否定されたのだ。
「難しいわね」
「そうか……」
「あくまで今はって意味だからね」
「今は……?」
「お兄ちゃんは忘れてるかもしれないけど、一応私高校生なの」
そういえばそうだったな。
「うーわ、完全に忘れてる顔じゃん」
「すまん、忘れてた」
「アルバイトで事務員が出来たとしても、時間制約のあるパートタイマーになっちゃうでしょ? それだと、どうしてもお兄ちゃんのフォローに穴が出来ちゃう訳」
「それは別に――」
「――お兄ちゃんはよくても、私が嫌なの」
ご尤もでいらっしゃる。
こういう時の命はかなりの完璧主義になるからな。
「だったら、勉強を出来るだけして、必要な資格を取れるだけ取ってからの方がいいでしょう」
「なるほど」
「それに、まだ家の事もあるからね。それまではちょっと手を出せないかなーと」
「わかった、それが命の意思ならそれを尊重するよ」
「ありがとう。それでこそ私のお兄ちゃんよ」
命がそう言った後、俺の正面に座っていた四条さんが、お煎餅を口に咥えながら手を挙げたのだ。
「ん!」
「…………四条さん、ちょっとだけ行儀が悪いような」
言うと、四条さんは煎餅を口から取り、再度言った。
「やる!」
「えっと……何を?」
「私が、きゅーめーのクランの、事務員を」
一瞬何を言ってるのかわからなかった。
その意味に気付いた時、俺と命は目を見合わせた。
だが、次の四条さんの一言が、その意味を更に深掘りした。
「やりたいっ!」
「やる」のではなく「やりたい」。
四条さんがこれまでそんな我儘を言った事があっただろうか。
いや、伊達家に住むようになってから、そんな事は一度もなかった。これは即ち、四条さんの願いに近い一言。その意味がわかり、俺はこれまでの四条さんの境遇を思い出した。
そうだった、四条さんは、天恵を得、天才となったが故に、天才派遣所の管理の下、高校生という青春を諦め、これまでやりたくもない仕事をやってきた。
だが、クランの仕事となれば、それが解決出来る。
クランは天才が所属する事が可能であり、尚且つ、そこで働く者に給料を与える事が出来る。
クランとはつまり、天才が営む事の出来る企業みたいなものなのだ。
ならば、四条さんには聞かなくちゃいけない事がある。
「いいんですか? ウチで働くとしたら、天才の四条さんは戦闘メンバーとして登録されるんですよ? これまでみたいな内勤としての扱いじゃなくなります。それってつまり、クランのホームページにも、四条さんの名前が載るって事ですよ?」
そう、クランには、一般人以外の天才は、戦闘員しか登録出来ない。たとえ【魔眼】という戦闘に参加出来ない天恵でも、天才がクランに所属するという事は、そういう事になってしまうのだ。
月見里さんみたいな【脚力】系でもない以上、四条さんのクラン所属はリスクが高い。
だが、そんな忠告などお構いなしといった様子で、四条さんは俺に肉薄した。
「やりたいっ!!」
いや、ほんと……びっくりである。