第176話 越田高幸3
「何故、そのような提案を?」
俺が聞くと、越田さんは少し天井を見た後、答えてくれた。
「【傘下クラン】というのを知っているだろう?」
「えぇ」
「【大いなる鐘】にもそういったクランが存在する。これが何の役割を意味するかわかるかい?」
「確か、大元のクランの威光以上にメリットがあるとか」
「そう、【大いなる鐘】が抱えている企業依頼を傘下クランに融通したり、彼らでは組めないような高位ランカーを貸し出す事も出来る。当然、訓練や指導も関わってくる。これは、下位ランカーが所属するクランの重要な要素。まぁ、この点については、伊達殿のクランにはあまりメリットがないかもしれないけどね」
「それは一体どういう……?」
俺が聞くと、越田さんはくすりと笑ってから言った。
「私も天恵や天才については調べているものの、【無恵の秀才】には及ばない。そう言ってるんだよ。伊達殿は、天才権限を使い警察でSpecial Assault Team――通称【SAT】の訓練に参加してるね?」
「うわぁ……そこまで調べたんですか……」
「そこからの口利きで、陸上自衛隊の【特殊作戦群】、海上自衛隊の【特殊警備隊】の訓練を経た……基礎訓練はお手の物。武器、火器、重火器、火薬の扱いも相当な評価を受けていると聞いたよ」
「いやぁ……自分を痛めつければ天恵が発現すると思った時期ですね……ははは」
「Gランク時代の私……いや、【大いなる鐘】にいるどの天才も、あの時代にそれを真似する事は出来ない。天才とはいえ、人間。当時の体力、忍耐力の限界は心得てるつもりだよ」
「きょ、恐縮です」
「そういった敬意を表し、『伊達殿のクランにはあまりメリットがない』と言ったに過ぎないんだ」
「そういう事でしたか。はははは……」
うーむ、あれはある意味、思い出したくない記憶とも言えるんだよな。
まぁ、あの時の隊長さんたちにはお世話になったし、黒歴史と言うと失礼だろうか。でも、天才の知り合いからはよく笑われたものだ。
しかし、相田さんでも知らないような事を調べてくるあたり、越田さんの徹底ぶりが窺えるな。
「同盟を組めば【大いなる鐘】の傘下クランも、作戦として組み込む事が可能だ。これは大規模な戦闘や戦争を想定している場合があるものの、我々が傘下クランを使う場合は、主に情報収集や解体作業が該当する」
「情報収集は何となくわかりますけど、解体作業とは……?」
「倒したモンスターが多い場合、派遣所に解体作業を依頼するだろう? あれをクランで出来るようになる。コストパフォーマンスがよく、報酬を5%にすれば、下位ランカーたちも喜んで参加してくれるだろう」
「なるほど……でも――」
「――あぁ、わかってる。伊達殿の質問には答えていないね」
そう、俺が越田さんに聞いたのは――「何故、そのような提案を?」という同盟を提案した理由にある。
「先程話した長期間のSS在位者。【大いなる鐘】も含め、彼らがSSSになれない理由は大きく分けて三つ。一つ、天恵の成長が不十分。一つ、SSSに足る功績に届いていない。一つ、天才先進国に認められていない。この三つだよ」
「成長、功績……そして承認」
「アメリカや中国、インドやドイツは少なくとも5人以上のSSSを抱えている。対して日本はこの私だけ。これでは有事の際、あまりに不自由。【ポ狩ット】の米原殿、【インサニア】の番場殿も優秀だが、SSSでなければ発言さえ許されぬ場があるのも事実だ。だから、私は伊達殿と組みたいんだよ」
「俺と組んで、それが変わると……?」
「何、簡単な話さ。伊達殿と私が組めば、各国のSSSを黙らせる事も可能だという事だよ」
発言がいきなり脳筋になってきたな。
「はははは、そう、そういう表情になるとわかっていた。だが、世界に出れば、それだけ力が必要だ。天才にとって力とは武力以外の何物でもない。SSSが使える権力なんてたかが知れている。しかし、武力を交渉のカードとして使う事が出来るのも事実だ。無論、我々は日本国民。自衛のため以外にこれを行使する事はない。だけど……伊達殿ならもうわかるだろう?」
「使わざるを得ない場合がある……そういう事ですね?」
「クククク、北海道では少なからずそれを経験出来たんじゃないかな?」
「米原さんには、勉強させてもらいました」
「それは必ず伊達殿の経験となる。あのお転婆姫よりも恐ろしい魑魅魍魎たちが、世界には沢山いるんだから」
今、米原さんの事を「お転婆姫」とか言ったな。
米原さんがお転婆姫なら……魑魅魍魎はどのレベルなのか、気になるが、気にしたくないし会いたくない。
「だから伊達殿、これからの日本の事を考え、同盟の件、是非前向きに考えて欲しい」
そう言って、越田さんは立ち上がり、俺に右手を差し出した。
越田さんの言葉を受け、俺も立ち上がって右手を出した。
「すぐには難しいですが、持ち帰って仲間と相談してみます」
「結構。この前進を、更なる前進を願わずにはいられない。どうか、よろしくお願いする。伊達殿……」
そう言い合い、俺と越田さんは固い握手を交わしたのだった。