第166話 女王、米原樹2
「この度は遠路はるばる、ようこそおいでくださいました。【ポ狩ット】を代表して御礼申し上げます」
言葉上こそ謙っているものの、翔の目にはそう映っていないだろう。
確かに表面上はお姫様かもしれない。
だが、玉座で足を組み、見下すように俺たちを見る態度は、正に女王様。
なるほど、現代日本に馴染まぬ王のような振る舞いは……翔には――ぁ。
「おう嬢ちゃん!」
多分、翔より年上だぞ?
「ウチの頭が嬢ちゃんに言われて足を運んだっていうんだ。もうちっと目線を合わせるもんじゃねぇのか、あぁ?」
ホント、翔って俺を巻き込むの好きだよな。
しかし、翔の言葉に誰も反応を見せない。
寧ろ、翔を見ながらニタニタ笑っているようにも見える。
これはもしかして……誘ってる?
「申し訳御座いません。私がここにいるのは、私が私であるためにございます」
「あぁ? そりゃどういうこった?」
「私は【ポ狩ット】の代表。これだけの身の上になりますと、不穏分子に対する措置が必要です」
「それがその場から動かねーって事か、あぁ?」
「はい、その通りにございます」
なるほど、日本三大クランの一つ【ポ狩ット】の代表ともなれば、敵も多いだろう。
玉座から動けば、それだけ護衛も気を遣う。
ある意味、理に適っていると言える。
しかし、本当に米原樹なのだろうか?
あの樹子姫とキャラがかけ離れ過ぎて、混乱する程だ。
「ふん、そんじゃ仕方ねーな」
翔のやつ、珍しく引き際がいいな。
「そんで? 頭に何の用だよ、嬢ちゃん」
翔が言うと、米原さんはくすりと笑って俺を見た。
「勿論、伊達さんの実力をこの目で見分したく、ご招待致しました」
その言葉を受け、川奈さんが一歩前に出る。
「既に伊達さんの戦闘は、小林さんの映像で示しているはずです。この場で模擬戦をして欲しいという事でしたら、お断りさせて頂きます」
おぉ、川奈さんが俺の代弁をしてくれている。
いや、違う。二人とも俺を守ろうとしてくれているんだ。
「そうなのですか?」
米原さんが、確認するように俺に聞く。
「えぇ、昨日深手を負ったという事もあるので、出来れば今日は遠慮させてください」
「そうですか、それは残念です」
諦めてくれた……のか? っ!
しゅんとしたのは一瞬、すぐに彼女の視線は俺以外に向いた。
「では、そちらの殿方……鳴神殿はいかがでしょう」
「あぁ? 俺様が?」
【ポ狩ット】の連中は、最初から翔に喧嘩を売るような視線を向けていた。ここで、翔が指名されるのは必然……か。
「どうするよ、玖命?」
「……では、録画の許可を頂けますか?」
「結構です。それでは【ポ狩ット】からは、こばりんを」
「はーい」
あの口調からこばりんって出ると違和感を覚える。
小林さんは、模擬戦が起こる事を理解していたかのようだ。
しかし、小林さんと翔では、翔に分があるだろう。
小林さんが【剣皇】になっているのであれば、どちらに転ぶかわからないだろうけど……あの小林さんの余裕は何だ?
「私が録画しますね」
ふんすと意気込んで言った川奈さん。
玉座の前で戦うなんて、正に御前試合って感じだな。
だが、来て早々模擬戦を求めるなんて、一体何が狙いなんだ?
対峙した翔と小林さんの前で、米原さんが……笑った?
ほんの少し、口の端が上がったような気がした。
そして――、
「……始め」
米原さんの合図が玉座の間に小さく響いた。
「おう、小林ぃ? 俺様が胸を貸してやっからしっかりやんな」
コキコキと首を鳴らしながら翔が言うと、小林さんはくすりと笑って仲間から木剣を受け取った。
「僕の剣が鳴神翔に届くとは思えないけど……まぁ、精一杯やらせてもらいますよー」
いつも通り剽軽な様子で、小林さんが言った。
その直後、小林さんが上段に構え、駆けた。
正面では、既に翔が拳を構えて待ち構えていた。
「おぅら!」
翔の拳は小林さんの右頬を捉えた……かに見えた。
「おっ!?」
何だ、翔の動きが……?
拳は空を切り、小林さんは翔の後ろへ。
「ちぃ!?」
今度は裏拳を振るうも、小林さんはこれを華麗に回避。
懐に潜りながら翔の脇腹を狙う。
「んがっ!」
もう一方の拳を強引に落とし、木剣に当てるも――、
「んだとっ!?」
簡単に芯を外され、
「小ー手っ」
小林さんは回避しながらも、翔の拳に剣撃を当てる。
「くっ!」
咄嗟に手を押さえ、小林さんから距離を取る翔。
……おかしい、翔の動きが悪い。
小林さんの動きが早くなっているという訳ではない。
翔の動きだけが……いや、もしかして。
「にゃろう……」
翔は痛みを逃がすようにぷらぷらと手を振っている。
小林さんを睨み……どこか集中し切れていないような?
「もう一度だ、オラァッ!!」
見えない! 翔の本気。
やはり、ウチの特攻は凄い。
そう思った矢先だった。
翔の拳は再び空を切り、小林さんの背後をとられ、
「めーん!」
正確に後頭部をとられてしまった。
後頭部の面は反則だったはず……何て事は気にならない程、今おかしな事が起きた。
これだけ成長した俺でも捉え切れない翔の速度。
小林さんがかわせるはずがない。
だが、事実小林さんは翔の攻撃をかわし、後頭部に攻撃を受けた。
痛みに震える翔…………には見えない。
「お、怒ってますぅ……」
川奈さんの言葉は正しくない。
あれは……、
「ヤバイ、翔のヤツ……ぶちギレてる……!」




