第165話 女王、米原樹1
【ポ狩ット】が用意した送迎車――という名の装甲戦闘車両に乗り、俺、川奈らら、鳴神翔の三人は、札幌市の南西……北海道庁付近にあるオフィスビルまでやって来た。
……やって来た、のだが、
「何か既視感が……」
目の前に見えるのは本当にオフィスビルなのか、甚だ疑問である。
「うわぁ……伊達さん、お城ですよお城っ!」
そう、川奈さんが指差す先には、先日月見里さんと誤って入ってしまったラブホテルを……更に巨大にしたかのような幻想的かつ近代的な城ビル?風な建物。
「これ、【ポ狩ット】の……?」
俺が小林さんに聞くと、彼は嬉しそうに頷いた。
「うん、これがウチのオフィス! ポカットキャッスルですー!」
「いいですねいいですね! 伊達さんっ! ウチもこれ参考にしましょうっ!」
この前まで賃貸がどうとか言ってた美少女とは思えないな。
完全に持ちビルだよなぁ。これだけの面積……札幌の坪単価を考えると悲鳴が出そうだ。
「カカカカカッ! 女王っつーか魔王でも住んでんじゃねーの?」
翔が言うと、小林さんがピクリと反応した。
「キミ、鳴神くんでしたねー?」
「ぁ? そうだが、何だよ?」
「今みたいにいっちゃんを貶めるような発言は、この中で……いや、北海道ではしない方がいいですよ」
「……は?」
「北海道全ての天才を敵に回してもいいのであれば、どうぞご自由に~」
飄々と笑いながら言うも、小林さんの目は些かも笑っていなかった。
翔は俺を見、川奈さんを見ると、
「翔さん、ステイです!」
「ぐっ!?」
川奈さんに手綱を握られてしまった。
モンスターや【はぐれ】ではなく、天才と事を構える事は俺たちの望まないところ。というより、そんな事になっては、クラン創設前に、俺たちが瓦解してしまうだろう。
それ程、【ポ狩ット】という組織は恐ろしいのだ。
「首輪とか用意した方がいいですかねー?」
無邪気に聞いて来る隣の川奈さんは、その首輪を一体誰に着けようとしているのは疑問である。
「あ、KWKWで安く売ってますよ! 翔さん、どうです、これ?」
やはり、翔用か。
「あぁ? もっとトゲトゲしいのが付いてるやつがかっけーだろ?」
「海外の強そうなワンちゃんが着けてるやつですね! 確かに似合うかもしれませんっ!」
この会話、絶対に噛み合ってないと思う。
18歳二人の会話を背中に、小林さん先導の下、エントランスを通ってエレベーターに乗る。
中身は普通のオフィスビルだが、高級ホテルを彷彿するような内装だ。特に通路のレッドカーペット……。
ビルの最上階まで着くと、そこは庭園のような場所だった。
「おー、屋上庭園ですかー! 素敵っ!」
川奈さんは目を輝かせながら周囲を見渡す。
ほぼ全面に張り巡らされた天窓からは適度な太陽光が差し込み、庭園の木々がそれらをちょうどいい感じに遮って、人工的な木洩れ日を演出している。
「いいですねいいですね~……これも参考にしましょう! あ、小林さん、写真いいですか!?」
「人が映らなければいいですよー」
「わーい!」
この子、昨日全世界に向けて動画にされたんだよなーとか思いつつも、口には出せない俺である。
木洩れ日の通路を通り抜け、やがて見えてきたのは……え?
「なるほど、女王ってのは嘘じゃなさそうだな、おい」
翔がそう言うのも無理はない。
俺たちの眼前に見えるのは、紛れもなく玉座。
「前髪ぱっつんの姫カットですよ、伊達さんっ!」
黄金の長い髪には二つのリボン。透き通るような色白の肌と、赤い瞳。そして、ほんのり桃色の瑞々しい唇。
「お顔ちっちゃいですぅ!?」
端正な顔つきながらも、どことなくあどけなさが残る……正に姫。
「お洋服も可愛いですねぇ……ふふふふ」
ひと昔前に流行ったゴシック風の様相と、現代のアイドルユニットの衣装が融合したような、黒とショッキングピンクを基調としたミニドレス。頭部には、ハートリボンが付いたミニハットを被っている。
「だが、女王ってか、やっぱり姫じゃねぇか?」
翔が言うも、俺もその意見には同意だ。
配信チャンネルの樹子姫を、三次元化したらこんな感じなんだろうとは思うが、女王とは程遠い印象。
この人が……北の【ポ狩ット】代表――米原樹。
「いっちゃーん、連れて来たよー」
小林さんが言いながら、米原さんに近付く。
「ありがとう、こばりん」
透き通っているようで籠っている、しかし重みのある声。
玉座に座る米原さんは、俺たちを眺めるように見た後、俺を見た。
周囲に控える【ポ狩ット】メンバーも、俺たちを見定めているかのような視線だ。
「えっと、初めまして。伊達玖命です。よろしくお願いします」
「川奈ららです!」
「鳴神翔だ」
俺たちが挨拶をすると、米原さんは足を組みかえニコリと笑った。
「米原樹です」
その不遜で豪胆な態度に、翔の青筋がピクリと浮かび上がったのは言うまでもない。