第159話 ◆名もなきクラン3
「オラァ!」
血塗れの拳を振り切り、最後のモンスターを倒した翔。
翔の死角を守っていた川奈は、全てのモンスターが倒れたと同時、玖命の下へ走った。
「伊達さんっ!」
駆け寄った川奈だったが、既に玖命の意識はなかった。
「だ、だだだ大丈夫ですかっ!?」
慌てながら玖命の身体を支える川奈。
(血を流し過ぎちゃってます……!)
すぐに運ばなければ玖命の命が危ない。
そう思った川奈はすぐに翔の方へ振り返った。
「翔さん! 手伝ってくださいっ!」
そう言うも、翔からの返答はなかった。
翔は漢の背中を川奈に見せ、見せ切ったのか、そのまま仰向けに倒れた。
「な、ななな何で倒れちゃってるんですかぁ!?」
川奈は意識を失った二人の様子に、慌てふためく。
しかし、その場で動ける者は川奈しかいない。
川奈は困りながらも、行動する他なかった。
「ふぎ……ふぎぎぎ……これ、絶対逆です。何で私が大の大人2人も担がなくちゃいけないんですかぁ!?」
川奈は大盾に玖命と翔を載せ、涙目になりながらも二人を担いだ。
「本来は伊達さんが私をこう……さっとお姫様だっこしてくれて、微笑んでくれて、颯爽と助けてくれる。そういうもんなんじゃないんですかぁ!? これ絶対逆ですぅ……! ホント、何なんですか、ウチの男子たちは……!」
そう言いながらも、川奈は二人が落ちないようにゆっくりと大盾を運んで行く。
目指す先は工場の出口。
その後、川奈は月見里と共に救急車を手配し、二人を病院へと運んだ。
工場内――あの死闘の現場には、小林が残したカメラ搭載の暗視ゴーグル。
「あの若い男……こっち側から出て来ませんでしたねー。奥に別の逃走ルートがあるとは思いませんでしたー」
そう言いながら、部屋の全て映せるように置かれたゴーグルを回収する小林。
スマホを取り出した小林が電話を掛ける。
「あ、いっちゃーん? 僕僕、こばりんだよー。うん、今おわったー。うんうん、彼、強かったよー。もしかしたら、いっちゃんより強いかもねー。あははは、そうだね。いっちゃんは最弱だもんね。そうそう、でも、いっちゃんには誰にも敵わない。うん、楽しかったよー。ホント、面白い一日だったなー。あ、派遣所に渡す分の動画はバッチリだったでしょ? うん、うん……大丈夫。ちゃんと回収して行くよー。うん、それじゃあねー」
スマホを切った小林が、カメラを見る。
そう、小林が手に持つゴーグルではなく、部屋の四隅に仕掛けられた、武器工場のカメラを。
◇◆◇ 20XX年8月27日 15時32分 ◆◇◆
「うぅ……」
「お、気が付いたぞー」
玖命は呻きながらも、徐々に目を見開いていく。
覚醒に至った玖命が天井を見つめる。
「……知らない天井」
すると、玖命を覗き込む3人の顔。
「……あれ? 何で命と四条さんが……?」
バッと身体を起こした玖命が窓から外を見る。
「え!? ここ、東京!?」
そう聞くと、川奈が言う。
「いえ、恵庭の病院ですよ。千歳の病院には運べなかったので」
「え、じゃあ……何で二人が……というか、翔もいたような?」
思い出したように翔の存在を口にすると、四条が玖命の左側を指差した。
「鳴神は玖命の隣」
仕切られたカーテン。
玖命は反応のない隣を見やって、そーっとカーテンを開ける。
「んがぁあああああ……すぴぃ……んがぁあああああ……すぴぃ……」
爆睡する翔の姿に、大きな溜め息を吐く玖命。
「お兄ちゃんも、ついに北海道の病院デビューだね」
命の言葉が背中に刺さり、玖命は正面に向き直る。
「うっ……いや、確かに今回もちょっと危なかったかな……」
「だよね? まぁ、今に始まった事じゃないけど」
「面目次第もございません…………で、何だけど」
「ん?」
「何で二人が北海道に?」
玖命が聞くと、命と四条は見合ってから苦笑した。
そして、玖命が知らないところで起きていた珍事を全て話したのだ。
「はぁあ!? 東京湾から泳いで来たぁ!?」
玖命は隣で寝ている翔を見ながら、驚きを隠さず言った。
「お兄ちゃん、病院病院」
「おっと失礼」
口を塞ぎ、しかし信じられないような表情で翔を見る。
「それで、函館から千歳まで川奈さんを運んだって?」
玖命の問いに、3人がコクリと頷く。
(なるほど……だから翔のヤツあんなに疲れてたのか。本来の実力だったら、あの銭って奴は逃がしてなかっただろうに……)
それでも玖命は、川奈と翔の救援に感謝し、川奈さんを見た。
「助かりました。ありがとうございます」
「ふふふ~ん、頑張りました! 翔さんがっ!」
「は、ははは……確かに。でも、川奈さんの立ち回りも凄かったですよ」
「そうでしょうそうでしょうっ!」
鼻高々の川奈にくすりと笑う玖命たち。
そんな団欒の中、病室の扉が開かれる。
入って来たのは、情報部調査課スカウト班――月見里梓。
「伊達、目が覚めたみたいね。ちょっといいかしら?」
そう言って、月見里は命、川奈、四条を見る。それが人払いを意味している事は、3人にはすぐに理解出来た。
命は外を指差し、川奈は小さく手を振り、四条は月見里の尻を揉んでから出て行った。
「ちょ!? 四条っ!」
「中々の弾力だな」
ニシシと笑う四条を睨みつつ、月見里は大きな溜め息を吐いた。
そして、月見里は苦笑する玖命に向き直り言った。
玖命が意識を失った後、何が起こったのかを。