第150話 JCAFの謎1
◇◆◇ 20XX年 8月26日 23:30 ◆◇◆
「よし……!」
靴紐を固く結び、腰の刀――嵐鷲の最終確認をする。
「刃毀れなし、握りよし……」
嵐鷲を納刀し、大きく息を吸う。
「ふぅ……」
すると、部屋にノック音が響く。
外を確認すると、そこには月見里さんが立っていた。
「時間よ、外でタクシーを待たせてる」
「わかりました。それじゃあ行きましょう」
そう言って、俺たちはホテルからタクシーに乗って千歳の工業地域に向かった。
その手前付近でタクシーを降り、その後は徒歩で移動。とはいえ、ほとんどが月見里さん主導の下、予め調べておいたルートを通った。
「ここが小林との待ち合わせポイント。ここからなら【JCAF】が見えるし、見つかる事はないからね」
「屋根からビル、ビルから電柱、電柱からくさび式足場、くさび式足場からマンションの屋上ですか……面白い旅でしたね」
「調査課のスカウト班なんてこんなものよ。一応合法にしてもらってるけど、忍びないのは事実よね……何よその顔」
「いや、意外に真っ直ぐなんですね、月見里さんって」
「……いつか不意打ちしてあげるから楽しみにしてなさい」
不服そうな顔をした月見里さんは、俺を指差してそう言った。
それから2分程待っただろうか、俺たちの前に小林涼平さんが現れた。
「やぁ、待ちましたかー?」
「いえ、今しがた着いたばかりです」
そう言うと、小林さんは俺を正面から見た。
「ん〜……あれ? あれあれあれー?」
訝しみながら首を左右に捻る小林さん。
「どうしました?」
「伊達さん……一体何したんですか?」
「え? ……それはどういう事ですか?」
すると、月見里さんが俺を肘で突いて小声で言った。
「小林は『一日見ない間に強くなってどうなってるんだ』って言ってるのよ」
「あー、そういう事ですか」
そこまで言うと、小林はにんまりと笑い、目を細めた。
「いいね、そういう事でしたら、これまでの謎の穴埋めができますねー。そうですかそうですかー」
つまり、俺の急成長を知っているという事。
そして、その謎に迫ったという宣言。
いい意味でも悪い意味でも、裏がない人だな……この人。
そう言った後、小林さんは何だかゴツゴツした眼鏡のような機械を目元に着けた。
「あ、コレですかー? 暗視ゴーグル兼カメラってところですかね。少々高いですがハイスピードにも対応していて、天才を追うならちょうどいいんですよー」
なるほど、カメラだったのか。
つまり、小林さんの視界が俺を捉え、動画として保存されるという事か。
「それじゃあ月見里さん。何かあった際のバックアップ、よろしくお願いします」
言うと、月見里さんはコクリと一つ頷き、その場に腰を下ろした。
「……うん、カメラOKですねー。伊達さん、こちらはいつでも大丈夫ですよー」
小林さんの言葉に頷き、俺はマンションの屋上から飛び降りた。
まず目指すべきは武具工場の北側。
ここはカメラの配置が甘く、一定以上の高さからであればカメラの視界に入る事はない。
だからカメラの上部を抜け、3階の窓から工場内に侵入。
……当然、後方から小林さんもカメラを回している。
しかし、3階とはいえ、天才やモンスターがいるこのご時世で、窓の強度が最低レベル。
数十年前……【大厄災】以前の工場……?
いや、上物はかなり新しい。
施工費をケチった? それとも、何か別の理由が?
……よし、侵入成功。
魔法があれば、物理的衝撃で鍵を開ける事も、窓を溶かす事も可能だ。
だが……おかしい。
見た所、いたって普通の工場。何らかの機械を作っているようだが、工業用品のようで、アーティファクトは関係していないように思える。
……カメラの位置も、ドアや機械周りだけ。
まさか、本当に何もない?
警備員もいない事から、セキュリティは最悪レベル。
Gランクの天才でも侵入可能だろう。
隣に腰を落とす小林さんに目をやると、大げさに肩を竦めていた。
まるで、「どうするんですか?」と言いたげな様子だ。
俺は視界の外を指差し、更に奥へ向かう合図を送った。
これに対し、小林さんが親指を立てて了解の意を俺に伝える。
その後、俺と小林さんは、カメラをさけつつ、工場内をしらみつぶしに探した。
だが、結果は白。まったくもって何も見つからなかった。
不気味な程に何もない。
清廉潔白を売りにしている企業ですら、何らかのグレーな要素は出て来きそうなものだが、このJCAFは本当に何もない。
――空振り、か。
……空振り?
待て、この違和感は何だ?
俺は地面を見ながらその違和感の正体を探した。
錆まみれの天井を見、罅の入った壁を見、ところどころボロボロのコンクリートの地面を見渡す。
何か……外側と合わないような?
――上物はかなり新しい。
「っ!」
なるほど、そういう事か。
あくまで外側を新造で装い、内部はかなり老朽化が進んでいる。
外部からは外部からで人の目を逸らし、内部は内部で何もない。
まるで、侵入者を空振りさせるように。窓の強度問題は、そこに力を入れる必要がないからだ。
何故なら、ここまでの侵入は計算に入っているのだから。
窓で侵入者を弾く必要はなく、ただ「何もなかった」と去って行く事を前提に造った工場。
ならば……。
小林さんが首を傾げる中、俺はまず壁に手を当てた。
使う天恵は……【超集中】。
工場の見取り図が簡単に手に入る訳だ。
壁の奥には何もない。
だが……。
俺が地面に手を置き再び【超集中】を使用すると、手に微かな振動が伝わる。
…………ビンゴ。
この工場、上物全部がカモフラージュだ。
本命は……地下、か。
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