第148話 北の依頼
「はぁ? 札幌支部で依頼を受けるぅ!?」
完全に呆れられているな。
月見里さんの俺を見る目が……何か、うん。
「戦闘の勘を研ぎ澄ましておきたいんですよ。ちょうど、気になる依頼もあったので」
「依頼の途中で依頼受ける戦闘バカがいるとはね……まぁ、山井さんみたいなものか。でも、わかってるんでしょうね? 明日の仕事に支障をきたすようであれば――」
「――大丈夫ですよ。軽い運動みたいなものです」
「何? ゴブリン退治にでも行くの?」
そこまで言うと、月見里さんも理解を示してくれた。
「まぁ、土地特有のモンスターってところでしょうか」
「土地特有……? え、もしかして豚狩り?」
一部界隈で言われている通称豚狩り。
それをいとも簡単に言い当てるとは、流石は調査課のホープ。
「そうです、オーク狩りですよ」
日本は勿論、世界各地にも、気候によってなのかは不明だが、その土地にしか現れないモンスターがいる。
関東のリザードマン、関西のグール、そして、北海道のオークである。オークは夏の8月にも出現する事から、気候は関係ないという噂もあるが、真実は定かではない。
どれもランクはDで、今の俺にとっては苦にはならない相手だ。
新たな天恵を求めるにしても、恰好の的という訳だ。
「なるほどね、確かにオークを相手に準備運動するなら悪くないかも。いいわ、私も付き合おうじゃない」
「え、いいんですか?」
「実は、私もオークを見るのは初めてなのよね。奴の挙動や癖、骨格の可動域、性格なんかわかれば今後の生きる糧になるじゃない」
「ははは、ストイックですね」
「アンタに言われたくないわよ……」
再び呆れた目を向けてくる月見里さん。
他者から見ると、俺はそんなにストイックに見えるのだろうか。
そう思いながら、俺は一件の依頼を札幌支部で受けるのだった。
◇◆◇ ◆◇◆
「ちょっと! ちょっとちょっとちょっとっ!! どうなってんのよ!?」
「は、はははは……」
腰に布を巻いた豚面の巨漢。口元の牙はそこまで脅威ではないが、奴の持つ身の丈以上の槍が厄介。何より、奴の放つ強烈な獣臭が顔を歪ませる。吐きそうなくらい臭い。
受けた依頼はオーク討伐10体。
以前起きたモンスターパレードの生き残りという話だったのだが――、
「札幌支部! こちら調査課スカウト班月見里! 依頼番号6760地点にてオークのモンスターパレードを確認! 早急に門破壊メンバーを招集されたし!」
恵庭市の外れで起きたモンスターパレード。
人気こそ少ないが、背後にはリゾート地がある。
「そうよ! スキー場! 中級リフトを降りて少し登ったところ! BかAは必要ね! えぇ、急いで頂戴っ!」
夏のスキー場……とはいえ、やはり遊びに来ている人はいる。
このスキー場では、山頂付近までリフトで登り、ベルトとハーネスを装着し、ワイヤーロープにぶら下がって、特殊な滑車を使って降りる遊び――通称ジップラインをする観光客でそこそこ賑わっている。
「月見里さん、避難の支援よろしくお願いします」
「ちょ、ちょっと! 一人でやる気!?」
「幸いにも、オークは足が遅いので……モンスターパレードが起きたとしても……っ!」
「「ブォオオオオオオオオオオオッ!!」」
「こうしてヘイト集めで寄せてしまえば――」
――【考究】を開始します。対象の天恵を得ます。
「ハァッ!」
――成功。最高条件につき対象の天恵を取得。
――オークの天恵【体力E】を取得しました。
「よし!」
これまで俺に不足していた持久力。
これがあれば、オーク相手に負ける道理は……ない!
「ハァアアアアアアアアアアッ!!」
「「ブォオオオオオオオオオオッ!!」」
月見里さんは、俺の動きを見るや否や、すぐに避難誘導に移ってくれた。流石の判断力と言える。
がしかし……オークか。なるほど、戦いにくい相手だ。
オークを倒すのであれば、基本的に止めは頭部に限定される。
肉厚の身体が刃を防ぎ、その脂が、攻撃力を更に低下させる。脂肪が多い故の弊害。
なるほど、北海道のオークか……勉強になる。
関東のリザードマンは左利き故に戦い難かったが、こういった戦い難さもあるという事だ。いつかは関西のグールとも戦うのだろうが、モンスター毎の特性は、知っておいて損はない。
「ん?」
おかしい。
ヘイト集めをしているのに、オークたちの視線が俺に向きづらい……?
これは一体?
いや、この視線は……!?
「天才派遣所調査課の者です! 現在オークのモンスターパレードが起こっています! 落ち着いて避難してください! 走らずにゆっくり下山してください! 現在当派遣所の優秀な天才がオークを引き付けています! 天才派遣所調査課の――――」
オークが見据える先は……月見里さんの身体。
「あぁ…………そういう?」
ゴブリンもそうだが、一部のモンスターは、門内ダンジョンの再出現以上に、他種族との交配によって繁殖をする傾向がある。
当然、人間の女性もこの対象となり、被害を受けるケースがままある。
「グヒヒヒ……」
「下卑た笑みだな……」
本能とはいえ、奴に自由を許す訳にはいかない。
俺は全ての可能性に備え、更に深く腰を落とし、オークの命を刈り続けたのだった。




