第147話 ◆各所にて
◇◆◇ 20XX年 8月25日 未明 ◆◇◆
「ぶはぁ!」
「ひぁ!? お、おい! もっと安全運転で行けよ!」
「ぶはぁ!」
「というか何でバタフライなんだよ!? クロールでいいだろクロールでっ!」
「ぶはぁ!」
「ダメだ、話聞いちゃいねー。おい命、大丈夫か?」
「ぶはぁ!」
「ビ、ビニールプールって浮くんだ……は、ははは!」
「ぶはぁ!」
「いや、若干沈んでるぞ」
「ぶはぁ!」
「嘘!? じゃ、じゃあ何で!?」
「ぶはぁ!」
「沈むより早くこの馬鹿運転手が跳ね上がってるから……ってなるほど、だからバタフライなのか」
「ぶはぁ!」
「そもそも、東京湾から迂回する必要なんてないじゃん」
「ぶはぁ!」
「それは私も思った。でもね命」
「ぶはぁ!」
「な、何よ棗?」
「ぶはぁ!」
「この馬鹿が身体より先に頭で動くと思うか?」
四条がそう聞くと、命は頭より先に身体が動いた。
否、実際には頭を横に振ったのだ。
「だろ? マップアプリだと今、高萩と北茨城の間ってところだな」
「ぶはぁ!」
「まさかこんな事になるなんて……日焼け止めあったからよかったものの……」
「ぶはぁ!」
「そういう問題か? いや、そういう問題なのかもな。まぁ、このまま北上して仙台湾を遠巻きに眺めつつ、気仙沼、釜石、宮古、久慈、八戸あたりでトイレ休憩を挟みつつ、北上。明日の夕方には函館に着きたい……かな」
「これ、沈まないかな……?」
「最悪、運転手を足場にすればいいんじゃない?」
「棗、容赦ないよね」
「一歩間違えれば死んじゃうんだし、百歩くらいこいつの頭踏んだって文句言われないだろ」
あっけらかんと言う四条に、命がくすりと笑う。
「乗り心地最悪だもんね」
「ぶはぁ!」
「それで、親父さんと連絡とれたの?」
「あぁ、うん。一応ね」
そう言って、命は苦笑しながらスマホを見つめるのだった。
◇◆◇ ◆◇◆
伊達家に帰った父親――伊達一心。
彼は、ぽつんとリビングに座り、腕を組んでスマホを見つめる。
スマホのToKWには、命からのメッセージが届き、既にいくつかのやり取りを終えている。
超心臓―――今、海。
力の化身――いいじゃないか。写真はないのか?
超心臓―――動画でもいい?
力の化身――お、いいな。楽しそうだ。
超心臓―――超心臓さんが動画を添付しました。
力の化身――なんか、棗ちゃん以外360度全部海に見えるんだけど?
超心臓―――だから海って言ったじゃん。
力の化身――あと、海でバシャバシャいってるの、何?
超心臓―――翔さん。私たちの事、引っ張ってくれてるの。
力の化身――ビニールプールを?
超心臓―――そう。多分、力の化身でも無理だと思う。
力の化身――天才って凄いんだな。
超心臓―――いや、この人だけだと思うよ。こういう事出来るの。
力の化身――それで、どこまで行くんだ?
超心臓―――北海道だって。
力の化身――何だ、玖命を追いかけてるのか?
超心臓―――翔さんがね。
力の化身――じゃあ命たちは?
超心臓―――巻き込まれた被害者?
力の化身――え、誘拐なの?通報しとく?
超心臓―――何と言うか……宅配便の気分。
ヘラクレス―力の化身さんが名前を変更しました。
超心臓―――何で名前変えてるの。
ヘラクレス―私も成長を目指して、な。
超心臓―――お父さんの成長って……昇給じゃないの?
ヘラクレス―命、私をいじめるのはよしなさい。
超心臓―――この前溜めてたストレスの原因はどうなったの?仕事上手くいったの?
ヘラクレス―まぁ、そこそこには。
大黒柱―――ヘラクレスさんが名前を変更しました。
超心臓―――最近の大黒柱って、お兄ちゃんじゃない?
大黒柱―――それ以上は父の心がもたない。一心って『心が一つしかない』って書くんだよ。
超心臓―――大丈夫大丈夫。私とお兄ちゃんをしっかり育ててくれたのはお父さんなんだから。
大黒柱―――ふっ、そう言ってくれるのは命だけだよ。ところで、そろそろ夕飯の時間なんだけど……何食べていい?
超心臓―――お茶漬け。
大黒柱―――はい。
スマホを見つめつつ、薄暗い部屋で一心が溜め息を吐く。
「北海道かー…………」
見慣れた天井を見上げ、ぽつりと呟く。
一心は冷蔵庫に入っていた冷やご飯を取り出し、棚からお茶漬けの素を取る。
ご飯の上にそれをふりかけ、電気ポットからお湯を注ぐ。
「今の私……哀愁背負ってるかもしれない」
そう言ってから、一心は一気にお茶漬けを口にかっ込む。
「むん……むんむんむん…………ふぅ、美味い!」
お茶漬けを食べ終えた一心が、見据える先は……また見慣れた天井だった。
「北海道かー……」
洗い物を片付け、蛇口を閉める。
そして小さく呟く。
「今なら、言っても許されるかもしれない」
誰の許可もいらない場、全てが許される場で伊達一心は叫ぶ。
「北海道はでっかいどうっ!!」
りんと響く大黒柱の声。
だが、一心は首を捻り、納得がいかない様子だった。
「ないない。流石にないな。ない。こんなのどこが面白いんだ?」
そう呟き、リビングを後にする。
そして最後に、もう一度だけ呟くのだ。
「私も行きたかったなー……」
哀愁を背負った力の化身兼ヘラクレス兼大黒柱は、ただただ孤独を満喫するのだった。