第14話 助けて相田さん
「あのゴブリンジェネラルが転んだという玖命クンの証言は信じよう。でも、あの切り落とされた小指は、どう説明するつもり?」
微笑みながらも聞いた水谷の目は、いささかも笑っていなかった。
確かに、【剣聖】が興味を持つ内容だ。
ランクGの天才が、ランクBのゴブリンジェネラルへ有効打を与える。なんともおかしな話だ。
「噂では聞いてるよ、伊達玖命クン。天恵が発現しない唯一の天才」
なるほど、相田さんと友人になる訳だ。
これまで俺を無能だと言ってきた連中は、この文言に続けてこう言うのだ。
――「天才からも、一般人からも見捨てられた男」だと。
「止めの一撃もそう。たとえゴブリンジェネラルが転んでいたとしても、あのナイフの刀身で止めを刺せる唯一の首に正確無比の一撃。私でも出来るかどうか……」
「べ、勉強は欠かした事はないので」
「それも好から聞いてる。モンスター関連の論文は勿論、あらゆる武器防具の性能を熟知、高名な教授から論文制作の協力を求められた話もね」
凄いな、そこまで調べたのか。
あれは相田さんも知らない話だろうに。
「ふふふ、驚かせちゃったかな? 大きなクランには、独自の情報網があるからね」
「ははは、怖い話ですね……」
「曰く、【無恵の秀才】。でも、この名前は派遣所では通ってない」
「ははは、天才の方々には関係のない事ですから。それにしても、よくそこまで調べましたね」
「玖命クンに興味が出たからね」
先程とは打って変わって、今度は満面の笑み。
なんとも絵になる人だ。
「私としては、玖命クンの天恵が発現したと睨んでるんだけど、どう?」
油断した直後にズバリと聞く。
出来れば早く相田さんに来てもらって、助けて欲しいものだが、到着にはまだ時間がかかるだろう。
彼女の追求をかわしたいところだが、そうもいかない……か。
「いいえ、まだ発現していません」
だが、誤魔化さない訳ではない。
ポカンとする水谷。
そして、すぐにケラケラと笑い出したのだ。
「アハハハ、そうだよね。自分の天恵をそう簡単に話せる訳ないよね」
「本来、天恵は公にするものではなく、秘匿にすべきものである」
「派遣所の教えだね。そうなんだよねぇ、目立ちたがりが多いし、メディアが勝手に広めるから……」
そう、誰がどんな天恵を持っているのかは、本来天才派遣所しか知り得ない情報だ。
信頼したチームメンバーや、クラン仲間に自分から教えるのは問題ないが、公に触れ回る事ではない。
まぁ、依頼を出す際は、依頼を受ける天才にはバレてしまうのだが、詳細について書かれる事はない。
ちなみに、俺の【探究】については、公表しなければ研究すら出来ないという理由もあって、俺が許可し、広まったものだ。
だが、【探究】の能力詳細をここで話す義務はない。
「逆にこっちが質問したいんですけど、【剣聖】水谷結莉には、秘密があるように思えます」
「……へぇ、私に秘密?」
「【剣士】、【剣豪】、【剣聖】……剣士系の天恵は非常にわかりやすく、非常に使い勝手がいいと聞きます。最近では北の大手クラン【ポ狩ット】からも【剣聖】が確認出来たという情報が出ましたね」
「【ポ狩ット】の小林さんだね」
「えぇ、小林さんはBランク。水谷さんも同じ頃に【剣聖】に成長したと記憶しています」
「玖命クンも私を調べてたの?」
「いえ、ニュースになった事は基本的に忘れないだけですよ」
「それは凄い特技だね」
「ですが、水谷さんは既にSランク……いえ、メディアによれば、SSランクも近いという見出しのニュースもちらほら見かけます」
すると、水谷に少しだけ警戒の色が見え始めた。
「天才派遣所だけが知る情報をメディアが知っているとは思いたくありませんが。メディアが騒ぎ立てるのにはある程度の理由があるのも事実です」
「……では玖命クンは、私が既にSSランクになっていると思っているのかな?」
「いえ」
俺の即答に、水谷はピタリと止まる。
「ランクはまだだと思います。でも、天恵はそうじゃないと思ってます」
俺が言いたい事を理解したのか、水谷は一瞬目を逸らした。
少なくない動揺。やはりビンゴか。
「何が言いたいのかな、玖命クン?」
「Bランクに【剣聖】になり、Aランク、そしてSランク……SSランクが目前だというのに、水谷さんの天恵【剣聖】は?」
「…………」
「【剣皇】……」
「っ!」
「【剣聖】が成長すれば、日本人では初の【剣皇】となる。水谷さんは既に【剣皇】になっているんじゃないですか?」
そこまで言うと、水谷は目を丸くさせ、しばらくすると頭を掻き、深く溜め息を吐いた。
「……凄いね、玖命クンは」
やはり。
「じゃあ、また私の質問だ。何で私が【剣皇】になったという事を、クランが公表しないと思う?」
「え、そんなのSSになったと同時に公表した方が効果的じゃないですか。大手クランですからね、スポンサーとの兼ね合いもあるでしょうし――」
……って、何でこの人、不服そうな顔しているんだ?
「むぅ……」
水谷がそう唸ったところで、個室の扉が開いた。
「お待たせ~」
入って来たのは相田好。
俺の救世主である。
しかし――、
「聞いてよ好。玖命クンが私を手玉にとるんだよー」
馬鹿な!?
「『玖命クン』って……いつの間に結莉とそんなに仲良くなったの、伊達くん……?」
どうやら相田さんは、水谷が俺の事を名前呼びする事にイライラしているようだ。何故?
この人、こんな怖いオーラ出す人だったっけ?
「それに、手玉にとったってどういう事?」
相田さんが肉薄する中、目の端に見える水谷は、嬉しそうにピースしていた。
なるほど、どうやら手玉にとられたのは俺の方だったみたいだ。