第142話 情報提供者1
とりあえず月見里さんの件は保留だ。
この領収書は、命にバレないように保管しなくてはいけない。月見里さんの給料日は来月25日。
実は今日が25日で給料日らしいのだが、もう支払い予定が色々確定してるらしく、月見里さんの言葉通り、今月はもう厳しいとの事だ。
こんな事になるなら北海道に来るんじゃなかった。
そう思うくらいには、昨夜の出来事は中々にヘビーだった。
「それで、今日はこの後どうすれば……?」
「い、一度札幌支部に向かいます」
「それじゃ……走ります?」
「あ、いえ……タクシーチケットがありますので……」
何か、月見里さんの態度が一変したというか、昨日の自分を呪ってるようだ。
これに懲りて、少しは酒の量を減らしてくれると助かる。
月見里さんは、事前にタクシーの手配をしていたのか、少し離れた場所まで歩くと、既にタクシーは停まっていた。
やはり、あのホテル前にタクシーを呼ぶのは憚られたか。
その後、俺たちは天才派遣所の札幌支部まで向かった。
道中、俺は昨晩の疲れもあり、すぐにうたた寝してしまった。
「ちょ、ちょっと……あのっ――」
途中、月見里さんの声が聞こえたような気がしたけど、睡魔に勝つ事は出来なかった。
30分程だったろうか、タクシーの運転手の声で目が覚めた。
どうやらもう少しらしい。
「ん……お、おはようございます……」
「お、おはよう……」
ん? 何故月見里の顔が右側に?
いや、これは……俺が横になってるのか?
「あ、え? あ、す、すみません!」
「私の太腿はさぞ気持ちよかったでしょうね」
「あ、いや……流石というかなんというか……ははは。すみません」
調査課スカウト班の期待の星。
【脚力S】の膝枕……た、確かに気持ちよく眠れたような……?
「そろそろ着くわ。情報提供者と支部で合流予定よ」
先程の固さがない。
どうやら、数十分のタクシー乗車時間が、彼女を落ち着かせたらしい。
到着後、俺は、月見里さん先導で札幌支部へと入った。
外装もそうだが、内装も八王子や新宿と大差ない。
だが、天才たちの空気はちょっと違うような気がする。
殺伐としていないというか、皆柔らかい表情というか……ちょっと東京と空気が違い過ぎて、驚いてしまった程だ。
「何か……ほんわかしてません?」
「東京と比べると、そりゃね。データ上、人口密度が高ければ高い程、門が現れる可能性が高いらしいから……それに――」
「――それに?」
「ここは大手クラン【ポ狩ット】の縄張りだって事、忘れてない?」
「【米原樹】さん……ですか」
俺の言葉に頷く月見里さん。
心優しき癒しキャラ――米原樹。
自称他称17歳のアイドル……らしいが、ネットの解析班によると20代の中頃なのではという噂だ。
彼女には狂信的な信者が多く、それらが集い【ポ狩ット】となった。
米原さんが指揮棒を振るえば、皆一丸となって問題に取り組み、解決する。
がしかし、長年天才の情報を追っていた俺でも知らない事がある。
それは、米原さんが戦った姿を見た事がないのだ。
米原さんのランクはSS。
山井拓人さんのように、過去剣を振るいランクが上がったというのであれば、動画など見つからないのもわかる。
しかし、米原さんはまだ若い。
それなのに、米原さんが戦った形跡がどこにも見つからない。
だから、ランクを詐称していると言う者もいる。
勿論、天才派遣所は米原さんをSSと認定している。
だからこそ、その天恵が気になってしまう。
……さて、月見里さんが受付で話を通しているのだが……情報提供者というのは一体誰なんだろう。
お、戻って来た。
「先方はまだ外に出てるみたい。ちょっと早いけどお昼時だし、食事でもして来なさいよ」
「え、いいんですか?」
「いいのよ、向こうが待たせてるんだから、こっちの言い訳もつくしね。私も行きたいところあるから、1時間後にまたここって事でどう?」
「まぁ、それでいいなら」
「うん、それじゃあね」
そう言って、月見里さんは外に向かってしまった。
さて、こういう時、俺は何を食べるべきか。
やはり、川奈さんが自慢していたラーメンだろうか。
今回の報酬の事を伝えたら、こちらでの外食は命が許可をしてくれた。
ならば…………ふむ?
「やはりここは天才歓迎の店からだろうか」
店によっては天才お断りなんてところもある。
だから、天才派遣所の掲示板にはあらゆる店の情報が載っていたりする。
「お、ここなんていいんじゃないか……?」
【麺屋彩宴】……天才歓迎、ご当地ラーメンランキング2位。札幌支部より徒歩5分。
店の外観も悪くなく、支部からも近い。
行かない理由はないだろう。
まぁ願わくば1位のラーメン店に行きたかったが、まだいくらでも行くタイミングはある。手始めに行ってみるのも悪くない。
そう思い、俺は【麺屋彩宴】へと向かった。
「おぉ……10分くらい並んだだけで入れた……」
店内に香るいい匂い。
カウンターに座る人たちも美味そうにラーメンをすすっている。
俺は通された席に座り、普通のラーメンを注文した。
塩と醤油味も美味そうだが、やはり札幌ラーメンのイメージが強い味噌ベースの味を楽しみたい。
7~8分程待っただろうか。
俺の前に彩り豊かなラーメンが置かれた。
「「おぉ~……!」」
……ふっ、どうやら隣の人と感想が被ってしまったようだ。
俺は両手を合わせ、小さく言う。
「「いただきます」」
…………ん?
どこかで聞いた事のある声だ。
そう思い、俺は隣を見る。
「「ん?」」
隣に座る背の低い女性と、また声が被る。
「わあ、知り合いにそっくりです」
「奇遇ですね、俺もです」
「あ、急にすみません、私、川奈ららっていいます」
「これはご丁寧に、俺は伊達玖命っていいます」
「「………………ん?」」
俺は首を傾げ、女の人も小首を傾げながらも……、
「とりあえず」
「食べますか」
俺たちは、
「「いただきます」」
食欲を優先させた。