第141話 ◆エンペラータイム
動画に流れる月見里の醜態。
それを直視出来ない月見里と、「俺が語るよりこれを観ろ」と強制するようにスマホを月見里にかざす玖命。
『ちょっと月見里さん! 何脱いでるんですかっ!?』
『うるは~い! 暑い! きつい! 眠い! こえ着る~っ!!』
『バ、バスローブッ!? いや、ダメ! ちょっと! おいおいおいおいっ! 脱ぐなっ! ステイ! ステイ月見里! 待て! 待てだっ!』
『ふぉ~~!』
『あぁ~……何でバスローブ着たままお風呂入ろうとするんですかっ!? 小学生かアンタ!?』
『ふへへへへ……』
『挙動が不審者そのものだよ! 待て! ちょっと待て! 何でそんなもの持ってるんですかっ!?』
『使う~……?』
『確かにソレは男が使うものだけど――あー! 開けない! 開けなくていいの! めっ! 言う事聞いてください、月見里さん! おい月見里っ!』
『水風船!! あはははははっ!!』
『うわ!? ちょっと! それ風船じゃないから! え、そんなに入るんですかっ!? いやいやいや、そうじゃない! ちょっと! 中にボディーソープ入れるな!! 誤解を招く色になるっ!! 振るな!! うっわ、最悪っ! 待て! 怒るな! アーユーOK!? アンダースタン!? それは投げるものじゃない! 今すぐその危険物を下ろして、中のヤバイ液体を抜け!!』
『ふふふふふふ~』
『男子中学生でもそんなニヤケ面出来ないぞ……! や、やめっ!?』
スマホから響く水音、玖命のジト目から逃れようとする月見里の目。
『あ~もう、びしょ濡れじゃん!』
『私の勝ちぃ!! ははははははっ!!』
『水風船じゃないの! 人に投げちゃ駄目なの! あー……こりゃ俺もバスローブかぁ? ホント、何なんだこの子供……』
『おい伊達!!』
『今度は急にキャラ変わったよ……』
『そこに座れ!』
『そこって……ふ、不自然に中央が空いた変な風呂用の椅子しかないんだけど……?』
『そこに座るの!! ねぇ座って座ってっ! す! わ! る!!』
『あーはいはい! わかったよ! わかりましたよ! 後でこの動画観て自分で後悔しろよ!』
動画開始10秒で後悔している女と、血みどろを彷彿させるような男の強い目。
『伊達ぇ!』
『はいはい、何ですかっ?』
『ぁんで……』
『はぁ?』
『何で私には彼氏が出来ないのぉおおおっ!?』
『その酒癖だよ!! まずはそれ直せ!! 後、泣くな!! 今、どちらが加害者か考えろ! 俺が被害者だ!』
『そんな事ないー! 初対面の男の前では飲みませんー!』
『じゃあその性格っ!』
『だからどう猫被ればいいか教えてよ!』
『知り合いに四条っていう女の子いるから紹介するよ』
『どうせなら男紹介してよ!』
『男に猫の被り方教わるなよ!』
『そんな事ないー! 初対面の男の前では聞きませんー!』
『さっき似たような事聞いたよ!』
『教えろぉおお!!』
『わぁあああ前前前! はだけてる! おい! 腰の紐を結べっ!!』
『教えたら結ぶぅうう!!』
『わかった! わかったよ! まずはどう話してるんだよ!?』
『えー、身長聞いてー、年収聞いてー、どんな企業に勤めてるか聞いてー』
『全部聞くなよ! いや聞いてもいいかもしれないけど、初回ではダメだろ! 猫の被り方聞くよりダメだろ!!』
『えー……でもー、そうしないと、お嫁さんになれないじゃん』
『そうするとお嫁さんにはなり辛いんだよ! ていうか、よく一般人との面談までもってけたな!?』
『ふふふっ、一般人の事務の子にセッティングしてもらってるんだー』
『その事務の子が不憫過ぎる……! 絶対友達減ってる……』
『泣くな伊達ぇ!』
『アンタのせいだよ!』
『あ、冷蔵庫にお酒はっけ~ん!』
『やめろ! こういうところのは割高なんだ! 取るな!』
『そこに座ってろ伊達ぇ~』
『そっちが座れ! それ、絶対経費じゃ落ちないからな! というかここの支払い誰がするんだよ! 俺か!? まさか俺じゃないよなっ!? 命に領収書見せなきゃならないんだぞ!? 絶対無理だからな、こんなところの領収書!!』
『はいかんぱ~~い!』
『人の話聞けよ酔っ払いっ!』
『怒るな伊達、笑って笑って~』
『は、はは……はははは……』
その後、玖命は諦めたのか、月見里が持って来た酒を持ち、共に飲み始めた。
止めどなく出て来る月見里の恋愛相談。
なあなあで返す玖命に、月見里は何度も『ちゃんと聞いてるのぉ!?』と泣く。
当然、その一部始終は月見里の眼前で流れ、月見里の耳に入り、脳に響き、拒絶と共に去って行く。
終始無言の玖命と月見里。
映像は、その後しばらく続き、映像内の月見里がベッドにダイブしたところで玖命の手によって一時停止される。
「……で、現在です。あ、一応このデータ残しておきますから、続きが観たかったら言ってくださいね」
「こ、ここ……こここ……」
「鶏じゃないんですからちゃんと話してくださいよ」
「こ、ここ……この度は大変申し訳なく……」
「それ、昨晩の内に聞きたかったですね」
「ほ、本当に申し訳ございませんでしたぁああああっ!!」
深々と頭を下げる月見里に、玖命が言う。
「一ついいですか?」
「は、はいっ!」
「ここの支払い、月見里さんですよね?」
「あ、いや……えっと……今月はちょっと厳しくて…………その…………」
「はぁ!?」
「ご、ごめんなさい! ちょっとだけ貸しといてくださいぃいいっ!!」
結局、その日のホテル代は、玖命が出すのだった。
勿論、月見里への貸しとして。