第134話 ヘッドと舎弟
まさか翔がこんなところに現れるとは思わなかった。
俺は川奈さんに肩を貸してもらい、すぐに訓練場から退避した。
鳴尾さんと月見里さんも、既にかなり端の方まで寄っている。
……ところで、クランのエンブレムって決まってるのか?
聞いた事ないんだけど、翔の独断だろう?
「ちょっとちょっと! 何で鳴神翔がアンタらと顔見知りなのよ!?」
月見里さんの問いに、俺と川奈さんは顔を見合わせる。
「……あの人の頭らしいです」
「あの人の舎弟らしいですぅ……」
俺は呆れ、川奈さんは嘆きながら答える。
そんな反応を見せられ、月見里さんは押し黙ってしまう。
「そう……アナタたちも大変なのね……」
憐れみすら見せる月見里に、俺は苦笑を浮かべ、川奈さんは更に嘆いた。
「どりゃあああああああああああああっ!!!!」
「ちょ! ちょっ? ちょっ!?」
然しもの山井さんも、翔の連撃には顔を歪める。
「くっ! 強い!? 普段なら防げるだろうが、さっきの伊達との一戦で私の体力が……!?」
「だぁああああああああああっしゃいっ!!!!」
「お、おぉお!? おぉおおおおおっ!?!?」
翔の連撃が山井さんを襲う。
その一撃一撃は重く、どれも尋常じゃない気迫が籠っていた。
「根性……未知数!」
「ぁに訳わかんねぇ事言ってんだ爺ぃいいいぁああああああっ!!!!!!」
翔のラッシュは山井さんの防御を貫きつつあった。
「むぅ……これ程の速度で、これ程の威力! 更にはフェイントまで入れ、私に正解を掴ませない! 正に百戦錬磨! 天性の戦闘センス! 磨き抜かれた戦闘勘! 【孤高の一匹狼】――鳴神翔! 押しも押されもせぬ……真の実力者! 確実にSSの領域に足を踏み入れている!」
「第二富岡中の血みどろの翔ちゃん、嘗めんじゃねぇぞゴルァアアアアアアアッッ!!!!」
「くっ、た、たまらん……! これが十代とはなっ!?」
翔の怒涛の攻撃により、遂に山井さんが引く。
だが――、
「逃げてんじゃねぇゾ!?」
「ぐぉおお!?」
翔はピッタリと山井さんに付き、退避を許さなかった。
キレる翔。うーん、あれは早々にどうにかした方がいいな。
俺は川奈さんの肩をちょんちょんと叩き、聞いた。
「早めに翔を止めないと、本当に山井さんの髪の毛なくなちゃいますよね」
「そ、そうですね」
「何か良い手ないです?」
「頭から言えば伝わるんじゃないですか?」
「それなら舎弟からお願いした方がいいんじゃないですか?」
俺たちは見合って言うも、それが叶わぬ夢なのは、二人共重々承知していた。しかし、川奈さんが思い出したように零す。
「あ」
「お、何か妙案が?」
「おやつで釣るのはどうでしょうか?」
「おやつって……まさかアレですか?」
「アレ以外に翔さん止める方法浮かばないです」
「まぁ……確かに」
俺と川奈さんはそう言い合い、小さく溜め息を零してからマイク前まで向かった。
そして、今も尚、山井さんを追い詰める翔に向かって俺たちは言ったのだ。
『翔ー!』
『翔さーん!』
「あぁ!? 今イイトコなんだよ、邪魔すんなっ!!」
『これから川奈さんとー!』
『ラーメン行くんですけどー!』
『翔もー!』
『行きますかー!?』
直後、止めどなく振り下ろされていた拳が、ピタリと止まる。
敗戦を覚悟していた山井さんの眼前で止まった翔の拳が、ひゅんと山井さんの頭部へ伸びる。
「あっつ!?」
山井さんは目を瞑ってその痛みに耐え、目を開けた先にパラパラと降ったのは――3本の白髪。
「玖命の分、嬢ちゃんの分、それと俺様の分って事で3本に負けておいてやる」
くるりと振り返る翔の笑顔たるや――、
「おっし! お前ぇら! ラーメンだぁ!! カカカカカカッ!!!!」
もう、幸せの極みって感じだった。
「あ、でも私、新宿のラーメン店詳しくないですー!」
「あんだよ嬢ちゃん、しょーがねーなぁ! 俺様イチオシの店を教えてやんよ! カカカカカッ!」
「ラーメン!」
「ラーメン!」
「ラーメン!」
「ラーメン!」
スキップする二人の背を、鳴尾さんも、月見里さんも……そして山井さんもポカンとした様子で見送った。
「おう玖命! クランのエンブレム決めっぞ! さっさと来やがれ!!」
「先にエレベーターで上がってますねー!」
手を振る川奈さんの気遣いったらない。
翔の扱いは川奈さんに一日の長があるかもしれない。
そんな俺たちの様子に、鳴尾さんが言った。
「だ、伊達さん」
「え?」
「三人で……クランを創るのかい?」
「あ、え? うーん……まぁ、検討中です。あの二人は乗り気なんですけどね」
「そ、それはつまり、あの鳴神翔が、伊達さんの下に付くという事では……?」
「翔がトップでもいいんですけどね、ははは」
そう言った後、鳴尾さんと月見里さんは見合って言った。
「ク、クラン調整課に急いで連絡しなくては!」
「やば……やばっ!?」
走り去る鳴尾と月見里を見送り、その場に残ったのは俺と山井さんのみ。
山井さんは髪の毛が抜けたあたりをポリポリと掻いた後、自身の肩をトントンと叩いていた。
まぁ、俺、川奈さん、そして翔と3連戦だもんな。疲れて当然だ。俺や翔との訓練では怪我も負っているし――、
そう思い、俺は山井さんに回復魔法を発動した。
「む? これは……!」
「ここの弁償代みたいなもんですよ」
言うと、山井さんがニカリと笑う。
「はははは、気を遣わせたな」
「もう帰っちゃっていいんですか?」
「本当は上で話も聞きたかったが、それはクランが出来た時に、いくらでも聞けるしな。あぁ、そういや交通費だが、あそこの受付で派遣所発行のタクシーチケットを受け取ってくれ」
「わかりました」
「ん? 何だ、鳴尾のヤツ、肝心なチェック表忘れてるじゃないか」
そう言って、山井さんはバインダーを取り、ボールペンで何やら書き足した後、俺にそれを見せた。
「伊達、これに何か異論は?」
見せられた内容には、先程山井さんが俺と戦っている時に鳴尾さんに言った評価値。
そして、最後の特記事項には胆力の他、もう2項目付け足されていた。
「クラン評価値SSSS、将来性SSSSSっ!? は、はははは……」
俺は笑うも、山井さんの顔は些かも笑っていなかった。
「自分で言うのも何だが、評価は厳正な方だぞ?」
ニヤリと笑う山井さんに、俺は苦笑を返し、
「……それじゃあ、その評価を覆せるように頑張りますよ」
「覆すって、お前……!?」
「では、またいつか」
そう言って、俺は川奈さんと翔を追ってエレベーターに乗り、一階へと向かったのだった。
勿論、タクシーチケットを貰ってから。




