第126話 月見里梓という女2
月見里の拘束を解き、俺たち3人は家に入る事にした。当然、命と親父もいたのだが、3人で話したいという事で、少しだけ自分の部屋に行ってもらっている。
「…………くひひ」
伊達家のリビングに、四条さんの笑い声が響く。
「……ふんっ!」
「おい」
「何よっ?」
「メイク崩れてるぞ」
四条さんは、自身の目元を指差し、月見里さんのメイクが崩れている事を指摘した。
「嘘っ!?」
瞬時に出てくる手鏡。
今、一体どこから出した? 全然わからなかった。
バッグから化粧ポーチを出し、すぐに修正に入る月見里。
「大変だな、大人は」
「うるさいわねっ! それより、何でアナタがここにいるのよ!?」
「そりゃ~……居候してるから?」
「鑑定課の寮はっ!?」
「たまに帰ってるよ。まぁ主に郵便受けの確認だけど」
「鑑定課長はこの事知ってるのっ!?」
「勿論、報告済み」
「くっ!」
睨むだけ睨んで、何も言わなくなった。
俺は、四条さんを手招きして俺の隣へ誘導した。
そして、月見里について彼女に聞いてみたのだ。
「あの人、月見里さん。どういう人なんですか?」
「月見里梓、22歳。身長165cm、体重54キロ――」
だがそこで月見里が口を挟んだ。
「――53よっ!」
「54だよ」
バッサリ。
【魔眼】があれば、相手の体重さえ視る事が可能。
だから、常時推移する体重は、本人よりも正確だ。
「嘘っ!?」
「つまみ食いし過ぎたんだろ」
「まさか昨日の明太子っ!?」
いや、明太子だけで1キロは変わらないだろ。
「いや、明太子だけで1キロは変わらないだろ」
俺のツッコミを四条さんが代わりにやってくれた。
「あ、でもさっきこの男とかなり走ったから、これでカロリー0よね?」
「天才の代謝については未だ謎が深いからね~。ま、酒を控えれば、その体重も戻るだろ」
「く……折角の今日の楽しみが……」
月見里さんがリビングのテーブルに突っ伏すと、四条さんは先程の続きを説明してくれた。
「調査課スカウト班の期待の星……なんて言われてるけど、ただの酒好きだよ」
「なるほど」
「でも、何できゅーめーがこの女と?」
「それを質問してたら逃げられちゃってさ」
言うと、月見里がガバっと顔を上げて俺を見た。
「逃げられた!? 何言ってるのよ! どう見てもこの家まで誘導されたんじゃないっ!!」
見た、と言うより「睨んだ」が正解だった。
「そうなのか?」
四条さんが俺に聞く。
「まぁ、そっちの方が手っ取り早いと思ったんで」
「何で?」
「月見里さんが調査課の人だって、おおよその見当はついたんで、なら同じ情報部で鑑定課所属の四条さんに聞くのが一番いいかなと」
「相変わらず頭の回転が早いな、きゅーめー」
呆れたように感心する四条さん。
「でも、何だって調査課が? スカウト班って基本的にモンスターの動向チェックが仕事だろ? きゅーめーの動向チェックして何が…………いや、まぁしょうがないのか?」
「ふん、どうやら四条の方が私より情報持ってるみたいじゃない?」
「まぁ、遅かれ早かれきゅーめーは調査課……というより情報部が動き出すとは思ってたけどな」
四条さんが言うと、俺は思い出したように言った。
「あ、じゃあ、あの特別任務も……」
「特別任務?」
そう聞かれ、俺は四条さんに今日あった事を全て話した。
すると四条さんは、また面倒臭そうな顔をして言った。
「相変わらず情報部は手が込んでるな。多分、それはきゅーめーの思った通りだろ。甘い汁できゅーめーを釣って、討伐対象付近に月見里を待機。討伐中のきゅーめーとららを目視……それと、周囲にカメラがあるところを選んで、特別任務にしたんじゃないか?」
今、川奈さんの事をさり気なく「らら」って言ったな?
彼女、たまにウチに来て命に料理習ってるって言ってたな?
それでいつの間にか3人が仲良くなった……って訳か。
「ほーんと可愛くない女」
月見里さんは、全力で背もたれに身体を預け、そのまま後ろにいる俺たちを見た。
月見里さんの逆さ顔からは、やる気なさが感じられる。
最早、どうにでもなれといった様子である。
「じゃあ、情報部が俺の情報を欲しがってるって事ですか?」
「だろうな、なぁ月見里?」
四条さんが聞くと、月見里さんは顔を起こし、今度はこちらに身体を向けた。
「そうだけど? でもね、私はそれ以上の事は何も聞いてないの。わかる? だから、私を問い詰めても無駄。って事で、もう帰っていいでしょ?」
そう言われ、俺と四条さんは顔を見合わせた。
「ま、この女が帰れば、スカウト班じゃどうにもならないって事くらいは伝わるだろ」
「じゃあ、もっと凄い人が来るとか?」
「情報部の人材で、月見里以上っていったら、古参連中だけだよ。この女、腐っても【脚力S】だし」
「【脚力SS】とかいないんです?」
「そのレベルになると、派遣所に雇われるより、クランの所属になった方が給料がいいだろ?」
「あー…………そういう事ですか」
「別に【脚力】持ちが内勤にならなくちゃいけない決まりはないんだよ。戦闘系として登録する事も可能なんだから、斥候として雇ってるクランは多いはずだよ」
確かにその通りだ。
つまり、月見里さんは内勤の中ではトップクラスの実力者。
「じゃあ私帰るから、もう二度と関わらないでね~」
そう言って、月見里梓は伊達家を後にした。
残された俺と四条さんはポカンとしながらその背を追った。
そして、四条さんは俺に聞いたのだ。
「酒ってそんなに美味いのか?」
「それは20歳になってから四条さんが経験してみるべきかと……」
迂闊に「美味い」なんて言おうものなら、四条さんが非行の道に走ってしまうかもしれない。
だから俺は、こう言うしかなかったのだ。
その晩、食事の際、親父が呑む酒を四条さんがチラチラ見ていたのは、言うまでもないだろう。