第124話 ◆特別任務2
玖命が川奈の後ろで応援している頃、その300m離れた場所にあるビルの屋上には、一人の女が立っていた。
天才派遣所情報部調査課スカウト班――月見里梓。
黒のライダースーツを着、頭部にはバイク用のフルフェイスヘルメット。体格から女という情報以外、その容姿からは何の情報も引き出せない。スカウト班に所属する人間ならではの様相だった。
月見里の耳元、無線式のイヤホンから届く声。
『どうだ、動きはあったか?』
月見里は双眼鏡を覗き、サハギンと戦う玖命たちを見る。
「いえ、サハギンを2体倒した後、対象B――川奈ららの後方で……声援? を送っているようです」
『一体何が目的だ?』
「わかりかねます。おそらく戦闘の立ち回り確認かと思われますが、あそこまで何もしないとなると……チームメイトいびり?」
『伊達の性格からして有り得ないと思うのだが?』
「でも……対象Bの目元に涙が確認出来ます」
『酷い奴だな』
「えぇ、酷い奴です。ところで課長」
『何だ?』
「私、何の調査してるんですか?」
『付近で一番近い【脚力S】が君だっただけだ』
「いや、答えになってないのですが?」
『情報部の部長からは、『特別任務を受けた伊達玖命と、その周囲の確認。その他付随する情報を集められるだけ集めろ』とのお達しだ』
「でも、このままだと、モンスターに襲われる18歳の少女を傍観するヤバイ青年……としか報告出来ないような気が……」
『そんな事はわかってる。こちらも周囲のカメラで確認しているものの何の変化も…………む?』
反応が薄くなった上司に対し、月見里が声を掛ける。
「何かお気づきで?」
『サハギンの周囲を目視で確認しろ』
「サハギン……ですか?」
『足下だ』
双眼鏡を調節し、更に倍率を上げる。
「……何か、地面に張っている?」
『捕獲用のネットか? あんなもの、ゴブリンくらいにしか役に立たないだろう?』
「いえ、物理的なものではないようです……それに、あのサハギンの動き……何で大盾の正面にしか回ってないの……?」
『よく見ろ、画質が粗くこちらでは判別出来ない』
「……すみません、もう少し近付きます」
『気取られるなよ』
「了解」
そう言って、月見里はすぐさまビルの壁を駆け、ビルというビルを跳び、玖命たちに接近した。
そして、小さな雑居ビルの屋上へと着地した月見里が、再び双眼鏡を覗く。
「標的まで180m」
『状況を報告しろ』
「っ!」
『どうした、何が見えた?』
「サハギンの周囲に……網状の雷を目視」
『網状……ボルトルートかっ?』
「おそらく」
『鑑定課が上げてきた情報がまさか本物だとはな』
「鑑定課? もしかして彼は再鑑定を?」
『あぁ、伊達は複数……いや、この言葉は適当ではなかった。伊達は実に14もの天恵を所持しているとの報告だ』
「っ!? じょ、冗談でしょう? そんな天恵、聞いた事もないっ!」
『落ち着け、その全てが最下位の天恵だ』
「それにしても異常です。そもそも複数の天恵を得たという例すらないのに……」
『だから我々も眉唾物だと思っていた。だが、伊達の武器は刀。これを使い、赤鬼エティンを倒したという記録も上がっている事から、【剣士】や【足軽】といった天恵を有している事は間違いなさそうだ』
「ですが課長、あれがボルトルートだとしたら」
『あぁ、最低でも【大魔導士】の天恵でないと扱えないはず』
「……鑑定課は何と?」
『あの四条が上げた報告だ。間違いはないと思うが、もし、四条でさえ覗き切れなかったとすれば、赤鬼エティンを倒した事、ボルトルートを使えた事など、伊達に関する多くの謎に説明がつくかもしれない』
「俄かには信じられない話ですが……」
『とにかく、情報部は伊達の情報を欲している。今日は出来るだけ伊達に張り付け、わかったな?』
上司の声に、月見里がニヤリと笑う。
「私、お昼で上がり予定だったんですけど……これって、残業代は期待していいって事ですよね?」
『はぁ……まったく、市民には聞かせられない話だな……』
そんな上司の声を聞き、月見里は鼻歌を歌い始めるのだった。それからしばらくの時が経った。
鼻歌の曲が何度も変わり、月見里に苛立ちが見え始める。
「おい、おいおいおい……いつまで川奈を前に立たせてるんだぁ? もう日が暮れちゃうぞー?」
『月見里、状況は?』
「変わらずですよ、何なんですかあの男。川奈って女の子、もう半ばヤケクソって感じですよ? ……課長?」
『……月見里、目視ポイントを移してから何時間経つ?』
「そりゃあの時は日中でしたから……4時間くらい、ですかね?」
『ではもう一度聞く、状況は?』
「だから、変わりませんって。川奈って女の子が百面相してるくらいですよ」
『状況は……変わらないんだな?』
念を押して聞いて来る上司に、月見里は首を傾げる。
「そう……ですけど?」
『ボルトルートは……まだあるという事で間違いないな?』
そう言われ、月見里は上司の意図に気付く。
それと同時に、驚きを露わにしたのだ。
「その…………通りです……ボルトルートを……4時間もっ!?」
そう、玖命は何もしていなかった訳ではない。
玖命はサハギンの周囲に雷の網を張ったまま、4時間も平然としていたのだ。
『伊達の様子は?』
「対象A……特に変わった様子無し。涼しい顔して川奈を応援してます……ぁ」
『どうした?』
「対象Aが何やら指示を飛ばしているようです。対象B、サハギンに攻撃を開始……な、何あれっ?」
『何があったっ? 正確に報告しろ』
「川奈の剣から……雷が?」
『そんなアーティファクト聞いた事がない。見間違いではないのか?』
「いえ、サハギンを斬りつけた瞬間、体表に焦げ付きを確認。間違いありません。どうやら全て対象Bに倒させるようです」
『こんなの……何て報告すればいいんだ』
「それ、私の台詞ですよ…………どうやら12体のサハギンを全て討伐した模様。内訳は対象A――伊達玖命2体、対象B――川奈らら10体です」
『川奈の訓練……という事になるのだろうな』
「途中、対象Aが大盾を超えようとしたサハギンを押し戻してましたから、それしか考えられません。やり方がイレギュラー過ぎますけど」
『わかった……』
「どうやらあちらも解体が終わり、撤収するようです」
『うむ、今日は直帰で構わん。明日報告書を上げてくれ』
「了解」
上司との通話が切れ、月見里は無線式イヤホンを外す。荷物をしまい、付近に停めていた二輪車を使い、帰路に就く。
途中、コンビニに寄り、酒とつまみを買って、自宅の駐車スペースに二輪車を駐車する。
鼻歌交じりで二輪車のキーをくるくると回し、自動ドアへと向かう。
がしかし――――、
「…………ぇ?」
「こんばんは」
自動ドアの正面には、先程まで双眼鏡の中にいた人物が立っていたのだった。




