第119話 ◆復興の兆し
四条棗が伊達家にやって来てから、1ヶ月の時が流れた。
大災害が起きたのは、最早2週間前。しかし、その爪痕は深く、ようやく八王子に復興の兆しが出てきた状況である。
「こ、これは……!?」
プルプルと震えながら玖命が手に持つのは……過去一度だけ見た事のある、引換証。
「高幸から。今回は100%高幸」
「そんなフルーツジュースみたいに言われても……」
「完全に謝罪目的だから、喜んで受け取ったらいいじゃない?」
天才派遣所の建て直しは急ピッチで行われ、現在は仮設の事務所で相田は働いている。
玖命も四条に護衛が付いた事から、久しぶりに派遣所へやって来たのだ。
そして、最初に会ったのが引換証をヒラヒラとさせて玖命を迎えた水谷だったのだ。
「……それで何するつもりだったの?」
玖命が腰元から下げていたのは、かつて、数々のゴブリンを倒してきた……訓練用の、鉄剣。
「ゴブリン撲殺事件……?」
玖命が首を傾げながら言うと、流石の水谷も顔をヒクつかせた。
「拳士で戦えばいいんじゃない?」
「それは考えたんですけど、服が汚れると命に何言われるかわからないので……」
「……なるほど? ま、まぁ、それなら尚更ソレは必要なんじゃない?」
「いや、今回は嫌な予感がするんですよね……」
「高幸が玖命クンに粗悪品を渡すとは思えないけど?」
そんな純粋な問いに、玖命は言葉を呑み込む。
(わかってる、わかってるんだ水谷。寧ろ、だから困ってるんだ。越田は前回俺に風光というゴールドクラスの刀を贈った。勿論、水谷との連名でだ。だが、今回は越田一人からの贈答品……ホント、嫌な予感しかしない)
「玖命クン」
「え、なんです?」
「後で一緒に訓練しない?」
「嫌ですけど?」
水谷の表情はピクリとも動かない。
まるで平静を装うかのような澄まし顔。
「……因みに、何で断られたのかな?」
「折角自信ついてきたのに、へし折られたくないからです」
「えー、いいじゃない! 最近戦ってないんだしっ!」
「水谷さんは周りに強い人沢山いるでしょう? その人たちに構ってもらってください」
「なっ、ま、まるで私が玖命クンに構って欲しいみたいじゃないか!」
「あ、そうだ」
「訓練付き合ってくれるのっ?」
「付き合いません。越田さんにお礼の伝言をお願いします」
「ふふふ、ダメ! 玖命クンが付き合ってくれるまで伝言しない!」
「じゃあ自分で連絡しますね。併せて水谷さんから伝言を頼みたかっただけですから」
「ちょっと! 今の交渉はフェアじゃないんじゃないかな!?」
「戦いの事になると凄い絡みますね?」
「ふふふふ、そりゃあ近くに強者がいたら戦ってみたいだろっ?」
「水谷さんは周りに強い人沢山いるでしょう? その人たちに構ってもらってください」
「聞いた! それ、さっき聞いたー!」
付き纏う水谷を放置し、玖命は相田の下へ向かう。
「いらっしゃい、伊達くん」
「こんにちは、相田さん」
「こんにちは、好っ!」
玖命の背後からにゅっと現れる水谷を見て、相田が困った顔を浮かべる。そして、玖命に近い水谷に、相田は目を細めて言った。
「水谷さん? 伊達さんのご迷惑となりますので、御用がある場合は、伊達さんの次にお願いします」
と、完全にビジネスモードである。
「えー、ちょっとくらいいいじゃん。ねぇ玖命クン、何の仕事受けるの?」
「伊達さん、いかがされますか?」
(……まったく、最早完全に友達だな、この人。川奈さんもそうだけど、翔といい、水谷といい……何で俺の周りにはこう押しが強い人が多いんだ? ……しかし、どうしよう。……うーん、あ、そうだ。うん、そうか、そういう事にすれば水谷は引き下がるんじゃないか? うんうん、我ながら良いアイディアだ)
困った玖命だったが、ほんの少し水谷に仕返ししてやろうと目論み、ニヤリと笑った。
「えーっと……それじゃあ天才からの依頼はありませんか?」
言うと、相田は目を丸くした。
玖命の後ろにいる水谷も小首を傾げている。
「剣の稽古をつけて欲しいという天才の訓練要請依頼です。報酬額は100万円以上で」
玖命が棒読みで言った瞬間、相田はその意図を理解し、すぐにパソコンを操作した。
そして、当然、後ろにいる水谷もその意図に気付いてワナワナと震え始めた。
「……うーん、残念ですが、そういった依頼はありませんね」
「そうですか、じゃあ難しいですね」
「はい、別の依頼をご紹介しましょうか」
「是非、お願いします」
そこまで言うと、水谷は横から玖命の顔を覗き込む。
「きゅ、玖命クン……まさか、依頼をしないと一緒に剣を交えてくれないと……?」
そう言うも、玖命はニコニコと笑顔のまま相田を見ている。
流石にここまでやれば水谷も引く。そう判断したのだが、玖命も、相田も、水谷の執念を甘く見ていた。
「こちらの依頼はいかがでしょう?」
と、相田がモニターを反転させ、玖命に見せようとした瞬間、水谷はそのモニターをくるんと相田の方へ戻した。
「相田さん、先に依頼をしたいのですが可能でしょうか?」
「「え?」」
「Eランクなのに、Sランク級に剣の腕がある天才に、剣の稽古の依頼をしたいのだけど? 報酬は100万円で……!」
あんぐりと口を開ける相田と玖命。
(まさかノってくるとは思わないだろ……)
そう、水谷は玖命が思っているよりも豪快だった。
「いや、子供ですかっ!? そんな天才いる訳ないじゃないですか!」
「いーるー! ここにちゃんといーるー!」
受付前で駄々をこねはじめる水谷を前に、相田が言う。
「水谷さん」
「何っ? 受理された?」
「そうなるとSランク級の依頼となりますので、報酬額が些か心元ないかと」
そう笑顔で返す相田に、水谷は口をパクパクとさせる。
ここまでくると水谷も引く訳にはいかない。
(ちょっと相田さんっ!?)
(ここは私に任せて、伊達くん! 引かせるか……報酬を吊り上げてみせるわっ!)
(そりゃ派遣所の手数料も上がるけども!?)
そんなアイコンタクトなど水谷は気付く訳もなく、頬を膨らませて相田に言う。
「200!」
「ふふふ、ご冗談を」
「300!!」
「Sランクの天才に門破壊を依頼した場合の報酬、水谷さんがご存知ない訳がないでしょう」
「500っ!!」
「あぁ、残念です。該当するのは刀を使う天才ですね。剣の訓練となると、難しいかもしれません」
「っっっ~~!! 刀でいいからっ!」
「では取り扱い武器が異なるという事で、先方に確認してみます。待合席でお待ちください」
そんなやりとりを目をぱちくりとさせながら玖命は見守っていた。
水谷はムキになった様子で待合席のベンチに向かい、豪快に腰を落とした。
「という依頼があったんだけど、どうします、伊達さん?」
残った玖命に、相田が言う。
(そりゃあ八王子支部がこの人で回る訳だ……)
そう得心した玖命は、苦笑しながら大きく溜め息を吐いた。
「はぁ~……わかりました。受けま――」
「――取り扱い武器が異なるという事で、依頼人に報酬の交渉を申請されますか?」
食い気味で言ってきた相田に、玖命は目を点にさせる。
「ぇ?」
「1000万」
「は?」
「彼女の性格……コホン、依頼人の熱意を考えると、これくらいならばポンと支払ってくれそうですよ? 勿論、値段交渉をしない手もありますが、それでは嘗められるのもこの業界ですから」
そう笑顔を見せながら言った相田に、玖命はただただ感心する。
(……敏腕、辣腕とはこういう人の事を言うんだなぁ)
そう思い、玖命もその精神に倣うと決意する。
「じゃあ、それで」
相田同様、笑顔を見せながら言った玖命に、相田はニコリと返す。
その後、待合席に向かった玖命。
玖命と入れ替わりに受付に向かった、水谷の満足気な笑み。
その笑みが消え、顔を真っ赤にして「わかったわよ!」と彼女が言うまで…………残り30秒。
紆余曲折あったものの、本日も天才派遣所は平常運転。
しかし、その平常を壊す事態が、その身に迫っているとは、玖命は勿論、誰も知る由もなかった。
◇◆◇ ◆◇◆
日本は東京、中央区に存在する天才派遣所の総本部。
聳え立つ300mを超える超高層ビル。
地上60階にある一室。
窓にブラインドをし、薄暗い部屋の中、部屋唯一の光源であるモニターを見つめる一人の女。
天才派遣所統括所長――荒神薫。
モニターに映るのは、先日の一戦。
八南高校で玖命と八神が戦うその映像である。
避難者がスマホで撮影されたとされるその動画は、世界へと発信される前に天才派遣所が全て押さえた。
しかし、人から人へと噂が伝播する事で、玖命の存在は都市伝説のように噂された。
ネットの掲示板やSNSに書かれる情報まで、天才派遣所が関与する事は出来なかったのだ。
――八王子のあの一戦見た奴いる?
――私見てたよ!マジ凄かった!
――お、それなんだけど、派遣所がスマホ回収して動画消したってマジ?
――マジマジ、超最悪だった!まぁ、個人情報云々言われたら何も言えなかったけど。
――勝った男の方、どんな奴だった?
――刀使いだったよ。でも、装備は何か残念だった感じ?
――って事は低ランクじゃね?
――そこが謎なんだよね。だって相手はあの城田だよ?
――大いなる鐘の越田の謝罪会見観たけど、どうも要領を得ないんだよな。
――わかる!でも、あの低ランクっぽい男の人の事については一切触れてないんだよね。
――どんな顔してた?
――うーん……普通?
――そいつ、こんな顔じゃなかった?
返信に貼られた写真。
そこには、過去玖命が載った新聞が載せられていた。
――そう!この冴えない感じのこの男だった!
「ネット上に他人の顔写真を載せるとか、この国のモラルもお終いかね」
そう呟きながら、荒神は写真ファイルを拡大する。
「…………【無恵の秀才】……ね」
その後、荒神はキーボード横に置いてある受話器を取り、部下へ連絡をした。
「私だよ、出来るだけ早く越田に会いたい。急ぎでお願い。え? そう、【大いなる鐘】のトップだよ。その越田。急ぎだって言っただろう? いいから呼ぶんだよ。頼んだからね」
そう言って、荒神は受話器を置く。
未だモニターに映る、玖命の顔写真。
再度それを見て、荒神が小さく呟く。
「伊達……玖命…………もしかしたら現れたのかもね……救世主ってヤツが」
これにて、『天才派遣所の秀才異端児 ~天才の能力を全て取り込む、秀才の成り上がり~』の第二部を幕とします。
先月の今日この作品を書き始めたのですが、まさか一ヶ月でプロローグ含め120話26万文字(ノベル二冊分)も書くとは思いもしませんでした。
作品もそうですが、私自身も駆け抜けた一ヶ月でした。
キャラクター数も増えてはきましたが、どのキャラも結構個性的で、私自身振り回されている感じです。
さて、まだまだ謎が多い玖命の物語ですが、勿論、今後も書き続ける予定です。更新頻度は不安定ですが、出来るだけ安定させられるように頑張るつもりです。
この後、二部までの【キャラクター紹介】や【天恵紹介】を入れる予定です。こちら、遅れて申し訳ありません。
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それではまた、いつかの後書きでお会いしましょう。
明日からもまた、よろしくお願い致します。
壱弐参
追伸:別の作品も連載してたり完結してたりするので、是非ご一読ください。
カクヨムにて先行掲載中。
気になる方は、お手数ですがページ下部のリンクから、カクヨム版へどうぞ!




