第116話 ◆玖命に集う人々1
大災害の翌々日。
被害は広範囲に拡がり、各地にモンスターパレードの爪痕は残るも、事態はなんとか収束へと向かった。
天才と共に警察、消防、自衛隊の総動員。
5年前に、千葉で起こった大災害の記憶新しく、世界は同程度の被害を予想していた。
しかし、幸いにも日本一のクラン――【大いなる鐘】の精鋭メンバーが八王子にいた事もあり、死者約3700名、怪我人約1万6000人という結果に、世界は『日本一安全な場所に大災害が起きた』と、その奇跡を手放しで称賛した。
その陰には、一人の天才の奮闘があったと噂されるも、それが噂の域を出る事はなかった。
伊達玖命、一心、命、四条棗は伊達家へと戻り、今回の戦勝記念の準備に追われていた。
「なぁ、これ本当に必要なのか?」
四条は折り紙でリングを作り、それを繋げている。
切って、糊を塗り、丸める。
輪繋ぎをし、適度にたるませて壁に取り付ける。
壁の飾りつけに違和感を覚える四条は、命に聞くも、彼女は鼻歌を歌うばかりで、その言葉は耳に届いていない様子だ。
「むぅ……いつまでやればいいんだよ……」
ブツブツ言いながらも、その作業効率は凄まじく、同じ作業をしている一心や玖命を驚かせている。
「四条さん……器用ですねぇ……」
「お前が不器用なんだろ」
「それはあるかもしれませんけど、いや、本当に凄い」
「事務作業で色々やらされるからな」
頬杖を突き、だるそうにする四条。
二人の指先の動きを追いつつ、その表情に苛立ちが見え始める。
「くっ……この……!」
「ぬくくっ……!?」
気の短い四条が、その苛立ちを最高潮にするまでに、それ程時間はかからなかった。
「あぁもう! いいよ! これは私がやるからっ! 一心さんは食器の準備! 玖命は外!」
「は、はい!」
一心はすぐさま四条の言う事を聞くものの、玖命は首を傾げた。
「外?」
「来客があるんだろ! 家がわからなかったらどうするんだよ! 外に立って目印にでもなってろよ!」
「おぉ、なるほど。流石四条さん、頼りになりますね」
そう笑って言うと、四条は不服そうな表情を浮かべながらも、ほんの少し頬を赤らめていた。
玖命が外に向かおうとした瞬間、伊達家のインターフォンが鳴る。
「お兄ちゃん、出てちょうだい」
「うーい」
料理中の命に言われ、玖命はリビングにある受話器を取る。
「はい、どちら様で?」
すると、受話器からも、屋外からも聞こえる大きな怒声のような声が響く。
「『ちぃいいいいいいいいいいいいいいっす!! 俺様が来たぞ、玖命ぇええっ!!』」
受話器から聞こえる声に押されるように玖命の首が傾く。
玖命は深く溜め息を吐き、四条と顔を見合わせる。
「一番乗りが翔か……」
「世話になったんだからしっかりもてなさないとな」
四条の言葉に玖命が目を丸くする。
その反応に四条が顔を強張らせる。
「な、何だよ……?」
「いや、意外だなーと」
「い、いいから早く出迎えろ、ばかっ!」
「あ、あぁ……」
玖命が玄関へ行き、扉を開ける。
すると、そこには鳴神翔と川奈ららが立っていた。
「あ、川奈さんも一緒だったんだね。てっきり翔だけかと」
「カカカカッ! 二人で事前に待ち合わせしてな! 俺様は寿司を!」
「私はケーキを買ってきましたっ!」
見れば、翔は両手いっぱいの紙袋。川奈は抱えるように大きな袋を持っていた。
それを見た玖命は、すぐさま一心と命を呼んだ。
「お父様! 命様! 鳴神様と川奈様がいらっしゃっております! すぐに座布団の準備を!!」
玖命の声は裏返り、その視線の先には寿司。
その隣に手を揉みながら現れる一心。反対側には、ニコニコと満面の笑みで三つ指をつく命。
二人は玖命の裏返った声と言葉で、相手の土産の価値を理解していた。それを傍目から見ていた四条は、呆れ眼で伊達家の三人を見る。
「はははは……」
四条が乾いた笑い声を出す中、当然、川奈も苦笑していた。
だが、翔だけは違った。
「おう! お前らが玖命の親父と妹だな!? カカカカッ! 玖命、お前の妹、中々まびぃじゃねぇか!」
「「まびぃ?」」
命と川奈、そして四条はその言葉に小首を傾げる。
すると一心が補足するように三人に教える。
「まぶしいの俗語だよ。転じて、『まぶい』……つまり、容姿が美しいって意味だ」
一心の説明に、四条は納得を見せる。
命は気分を良くしたのか、
「おほほほ、お兄様、そちらの殿方をリビングまでご案内して差し上げて」
そんな命の変化に、玖命と一心は見合ってくすりと笑う。
しかし、命の称賛に不服を申し出る存在が一人。
「翔さん! 私にはそういう言葉なかったんですけどっ!?」
頬を膨らませる川奈に、翔はあっけらかんとした表情で言った。
「あぁ? 嬢ちゃんはまだまだ成長が足りねぇだろ」
「むきぃいい! それが先輩に対して言う言葉ですかっ!?」
「はぁ!? 何で嬢ちゃんが先輩なんだよ!?」
「最初に伊達さんとチームを組んだのは私なんですから、私が先輩なんですぅ!」
「だったら俺様の方が先に派遣所登録してんだから先輩だろうが!?」
「じゃあ伊達さんに聞いてみましょうか!?」
「上等だぁ! 玖命ぇ! どっちが先輩だ、あぁ!?」
「えーっと、とりあえず五月蠅いかな?」
バッサリと言い放つ玖命に、二人は驚きの表情を見せる。
「んなっ!?」
「玖命、てめぇ!?」
「そういう話は家入ってからでも出来るだろ? まずは入りなよ」
「上等だぁ! 嬢ちゃん、話はそれからだ!」
「いいですともっ! お邪魔しますっ!」
「あ、その前にやって欲しい事があるんだけど」
言いながら玖命はドアを閉める。
中から聞こえてくるのは――、
『はぁ!? 折り紙だぁ!?』
『わー、懐かしいですねぇ!』
『お兄ちゃんのお友達からケーキとお寿司を頂きましたぁ~!』
『『いぇーい!! ありがとうございまーす!!』』
『てめぇら、アレルギーねぇだろうな!?』
『『ありませーん!!』』
『カカカカッ! そりゃなによりだぜっ!!』
『そこの後輩! ほらほら、折り紙の時間ですよ!!』
『ったく、しょうがねぇな! 千羽鶴折らせらた右に出るモンがいねぇ、この鳴神翔様の神技を見せてやらぁ!!』
そんな、非日常だった。




