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魔力暴走

 ──二週間後、ユキノが倒れた。


 あれから鎧アリを中心に倒し、順調に経験を重ねていった俺たちは、決して裕福ではないが収入も安定し人並みの生活を送れるようになっていた。

 すでにレベルも4に上がり、全てが順調だったのだ。


 学院の試験は入学日の一ヶ月前。今からあと一ヶ月半後に実施される。

 それまでにはレベル5になっておくという目標も達成できそうだった。


 筆記試験の情報をギルドから仕入れたユキノは、日々勉強に励んでいた。

 試験に必要な知識は最低限のもので、探索者として見込みがあるか判断するための思考問題が大部分を占めているらしい。


 そのためゲームの知識がある俺には新たに学んでおくべきことはなく、ユキノの手伝いという名目で彼女の勉強をサポートすることにしていた。


 そんな日々を送りながら、さすがに自分も学院に行くのかどうか決断を下さなければならないと思っていた矢先。

 週に一度は取ることにしていた休息日のことだった。


 家事の分担をしてユキノに洗濯を任せ、俺が食材の買い出しから戻ると──住民たちが洗濯物を干すことになっている一角で彼女が倒れていたのだ。


 持っていた袋を落とし、駆け寄る。

 ユキノは尋常ではない量の汗を掻いていた。呼吸は荒く、声をかけても返事がない。明らかに危険な状態だ。


 俺はすぐさま彼女を抱えると、近くの医者の下まで走った。

 ゲームのマップでは存在していなかった医院だったが、幸運にもこの二週間で周辺の情報は覚えていた。

 道に迷うことなく駆け込むと、柔和そうな老齢の女医が対応してくれる。


 女性は手早くユキノの検査を終えると、俺を呼んだ。


「この症状は『不適合による総魔力暴走』ね……」


 状態が落ち着き、今は横のベッドで眠っているユキノを見る。

 不適合による総魔力暴走……聞き覚えのない病名だ。


「それはどういったものなのでしょうか?」

「簡潔に言い表すのなら、その人が持っている魔力量に体が追いついてない状態のことを言うわ。体に合わないほど魔力が多くて、負荷が生じて神経が焼き切れるような痛みに襲われるの……」


 重苦しい空気を孕んだ説明に、予断を許さない状況にあるのだと悟る。


「この様子だと昔から潜在的に持っていた過大な魔力が、膨らみ切った風船のようになっていたのね。それが年齢的に限界を迎えて破裂したのだと思うわ」

「それで、治療法は……」

「あるにはあるわ。でも【魔機物スクロール】を使うことになるから、平民じゃ支払えないほどのお金が必要ね……。だから十万人に一人の割合で発症すると言われているこの病は、貴族くらいしか治せないとされているわ」


 話に出た【魔機物スクロール】とは、遥か昔に作られた魔法を閉じ込めた機械のことだ。どんな魔法でも作ることができたとされているが、数には上限があり使い切りのため非常に高価な代物となっている。


 ユキノの魔力が、先天的に自身を蝕むほど多いとは思ってもみなかった。

 完治することができれば魔力の多さは武器になるかもしれない。だが、高熱に苦しむほどの状況ではその体質を喜んではいられない。


「いくら必要になりますか?」

「五〇〇万Gね。貴族のために保存されている物が、正規のルートから購入することができるわ。だけどこのお嬢さんの様子だと、三週間が山場になるでしょうから……」


 治療のために要される金額は、あまりにも莫大だった。


「……三週間以内に治せなければ、どうなるのでしょうか」


 それまでに五〇〇万Gを用意できなければ、どうなるのか。尋ねると女性医師は悲痛な面持ちで、最後にこう言った。


 ──残念ながら、彼女が生き続けることは難しいわ。


 静かに眠ったままのユキノを背負い、その日は家に帰った。

 魔力の暴走に対しできることは他にないらしく、家で安静にし、水分補給などの看病をするようにとのことだ。


 ゲームの世界ではユキノに死が降りかかったのかもしれないと考えたとき、疑いもなく俺はモンスターなどとの戦闘が原因だと思っていた。

 だが、まさか病によるものだったとは。


 ベッドに寝かしたユキノの額に、冷水で濡らしたタオルを乗せる。

 神経が焼き切れるような痛みは波のように押し寄せるらしい。


 残っていた洗濯物を畳み、外に放置していたままだった食材の片付けなどを済ませていると、ユキノが目を覚ました。


「あれ、ジント? わたし……」

「大丈夫だ、そのまま横になっているんだ」


 無理に体を起こそうとする彼女の側に寄る。

 それから俺は、医者から聞いた話を包み隠さずに伝えた。


 全てを話し終えると、ユキノはどうすれば良いのかわからないように微笑んだ。


「……そっか。わたし、あと三週間で……」


 不器用な笑みを貼り付けているが、口の端が震えている。


「ごめんね。せっかく試験に向けて手伝ってもらってたのに……」

「そんなこと言うな。必ず、俺がなんとかする」

「でも、五〇〇万Gも必要なんでしょ? そんなお金──」


 ユキノはそこまで言うと、寝返りをうち俺に背を向ける。


「無理だよ。今ある貯金だって、二人分を合わせてもまだ二十万も……ないんだから……」


 背中と声の小刻みな揺れ。そして鼻を啜る音。

 体の向きを変えたユキノの思いを汲み取り、俺も背を向けて床に座る。

 かけられる言葉を、そう多く持ち合わせているわけではない。


「苦しい痛みが続くかもしれないが信じてくれ。お前は、絶対に俺が救う」


 ユキノには気休め程度にしかならない言葉かもしれない。しかし俺にとって、これは確かな誓いだった。破ることはない不動の誓約だ。


 それから俺はユキノの看病をし、苦しんでいる時は傍らで出来ることを全てすることにした。


 容態が落ち着き、安定した呼吸で眠っている時はフィールドに出て鎧アリを単独で撃破してくる。長時間は家を空けないよう、頻繁にフィールドとの往復を繰り返した。


 効率を最優先にして俺は短い仮眠だけで活動を続けた。

 気がつけばレベルは5に上がり、ギルドでは二人組の片割れが突然ソロで素材を持ち帰り続けていると、俄に話題になり始めたらしい。


 話題の中心には常に自分がいたいのか、時折ニックが買取所で絡んできたが適当にいなして俺はその場を去った。


 ストーリーへの影響もあるが、今は何より時間が惜しかったのだ。

 足を止められるわけにはいかない。


 しかし──そうして三日かけて稼げたのは、たったの十二万Gだった。


 まだ三日しか経っていないとはいえ、ユキノが味わう痛みは間違いなく増幅していっている。魔力の暴走により痛みが押し寄せる間隔も、次第に短くなってきているようだ。


 彼女に残された時間が減っていっていることは火を見るよりも明らかだった。

 このままでは、五〇〇万Gには到底辿り着かない。

 俺が稼ぎ切る前にタイムリミットはやってきてしまう。


 危険はあるが、倒すモンスターを鎧アリからフレイムウルフなどに変えるべきかと思案する。


 そろそろ単独での討伐も可能かもしれない。だが、やはり一体あたりのペースが落ちるため稼ぎの増加とリスクが見合っていない。

 下手に負傷してしまえば、時間のロスも大きくなるばかりだ。

 これからどんな手を打てば良いのだろうか。


 深夜からユキノの様子を見ながら考えていた俺は、夜が明ける頃に一つの答えを出した。


「……あそこに挑戦するか」


 前世の記憶が蘇り初めてフィールドに出た際、ユキノと武器の話をして頭に浮かべた場所がある。

 ゲーム内で、店で購入する以外にも武器を得ることができたポイントだ。


 圧倒的に実力が足りず、二人ともレベル10になってから挑もうと予定していた。レベル5の俺が一人で突破できる可能性は限りなく低い。

 だが成功するか曖昧でも、どうにか金を稼ぎたいという状況であれば、あそこ以上に適したところはないだろう。


 とっくに他の手段は残されていないのだ。

 取るべきリスクとリターンの天秤は綺麗に釣り合った。


 万が一失敗したとしてもチャンスがもう一度あるよう、すぐさま行動に移す。

 目を覚ましたユキノの手助けをしながら朝食をとり、装備を整える。

 俺が家を出ようとしていると、ベッドの上で体を起こしたユキノが声をかけてきた。


「ジント、帰ってくるよね……?」


 これまでと何か違うことに気がついたのだろうか。

 熱があるユキノは、ぼんやりとした目でこちらを見つめてくる。どこか心細そうだ。


 俺は近づいて、安心させるように彼女の頭に手を置いた。


「当たり前だろ。いつもみたいに、ちゃんと帰ってくるよ」

「……わかった。待ってるから、ひとりにしないでね」


 弱り切った様子のユキノを置いていくことに罪悪感を覚える。

 しかし今日は──今日こそはと、その感情を決意に変える。


「ああ、待っていてくれ。すぐに戻る」


 討伐目標の名は『護剣士スティルネスナイト』。

 古に鍛えられた武器アイテムを守護する、騎士の姿をした石像だ。


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