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モブは友達が欲しい 〜やり込んだゲームのぼっちキャラに転生したら、なぜか学院で孤高の英雄になってしまった〜  作者: 和宮 玄
第一章 入学試験編

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合格

 掲示板に、ずらりと四桁の数字が並んでいる。

 縦に五個、横に二八列。帯状の白紙に、遠くからも見えるよう大きく印字されている──受験番号だ。


 たった今貼り出されたばかりのため、多くの受験生たちが掲示板を見上げ、緊張した面持ちで受験票にある自分の番号を探している。


 天然温泉を訪れてから三日が経った。

 合格発表は午前十時ちょうど、本館と呼ばれる学院中央の建物の前で行われることになっていた。


 俺は人の波が去ってから来ようと考えていたのだが、ユキノの希望により、結局掲示のタイミングに合わせて来ることになったのだ。


 だが──案の定、あまりに人が多くてなかなか前へ行けない。

 ユキノは隣でつま先立ちになって何とか数字を見ている。


「えーっと、わたしのは…………あっ! あった! ジント、あったよ! ほらっ!!」


 幸い、彼女の番号は見やすい最上段にあった。無事に自分の番号を見つけ、目を丸くして満開の笑みを咲かせている。

 興奮のあまり俺の腕を掴んで、激しく揺すってくるのは勘弁してほしいが。


「良かったな。これで朝から酷かった緊張も解けただろう」

「そうね! これでわたしも学院に……あっ。じ、ジントも大丈夫よね? 一つ前の番号だから、横の列の一番下にあるはずだけど……見えなくて」

「ああ。それなら、さっきあったぞ。この隙間から見えるか?」


 身を屈め、ユキノに顔を寄せて指を差す。

 俺が示した場所に視線を合わすと、彼女も人々の隙間から俺の受験番号を発見したらしい。自分の合格を知った時よりも一段と嬉しそうにこちらを向く。


「良かったぁー二人とも合格だっ!」


 体勢を元に戻し顔を離しながら、俺はユキノを見て思わず笑ってしまった。


「なんで笑うのよ、もっとジントも喜んだらいいじゃないっ」

「ユキノがそんなに喜んでくれるとな。自分の合格よりも、そっちの方が嬉しかっただけだ」


 きょとんとしてから、ユキノが次第に頬を紅潮させていく。

 素直な気持ちを伝えただけで、恥ずかしい思いをさせるつもりはなかったのだが……目をパチパチと瞬かせながら見つめられると、俺も言葉に困る。


「……だ、だが確かに、二人とも合格できて良かったな」


 あの温泉での幸運値上昇の効果があったのだろうか。確かめようはない。

 しかしこうして良い結果に終わったのだから、行って損はなかったと言えるはずだ。


 固まったユキノに俺が賛同するように付け足していると、彼女の肩越しに声がした。


「よう、どうだったか?」


 二人揃って顔を向けると、そこには手を挙げながら近づいてくるロイがいた。横にはナツミの姿もある。

 ユキノは思考を切り替えた様子で、小さく手を振り返す。


「ナツミ、ロイ。また会えたわね。わたしたちも合格だったわ」


 その言葉に、ナツミが苦笑する。


「あたしたち、まだ合格したって言ってないけど?」

「嬉しそうな顔を見たら、すぐにわかるわよ」

「あはは、そう? ま、こっちは、間違いなくあんたたちは絶対に合格するってわかってたけどね」


 相変わらずユキノは人と距離をつめるのが上手い。社交性があり、分け隔てなく接するところを見ていると、日銭を稼ぐことで手一杯の毎日を送ってさえいなければ、元から友人が多かったのではないかと思わされる。


 楽しそうに話しているユキノとナツミを、ロイは俺と同じように見ている。


「合格おめでとう」

「おう、そっちこそ。今後は同級生としてよろしくな」


 俺が声をかけると、彼は目尻を下げて耳打ちしてきた。


「誰かさんがお前たちには負けないって意気込んでるからな。互いに競い合っていこうぜ」


 にやりと微笑みかけられる。だが、その笑みは長くは続かなかった。


「ちょっと? あたしだけが張り合ってるみたいに言うけど、あんただってジントたちを追い越すって熱くなってたじゃない」


 聞こえてしまっていたみたいだ。

 ナツミに肘で横腹を突かれ、「ごふっ」とロイは顔を歪める。

 突かれた場所をさすりながら、彼はため息を吐いた。


「こ、細かいことはいいんだよ。お前がああ言ってたから、オレもやる気になったってだけだ。もう行くぞ、合格者はあっちだからな」


 ロイが見た方向には上級生の男子がいた。


「合格者の手続きは、こちらでーす!」


 濃い紅──臙脂えんじ色と白色のブレザーに、スラックスの第三探索学院の制服を着ている。


 彼の案内に従い、合格を確認した者たちは続々と本館の中へと入っていっている。

 制服の採寸や、学院へ自分の剣を登録するのだ。合格を信じ、合格発表に剣を持ってくるのは一種の慣習になっている。


 もちろん俺とユキノ、ロイとナツミも試験日とは違い今日は自身の剣を腰に差している。


「あ、ねえジント。あそこにいるのアイシャだ」


 俺たちも本館に向かおうとしていると、ユキノに肩を叩かれた。見ると、たしかに掲示板の前にアイシャの姿があった。

 今日は受験生以外も学院内に入ることができるので、横にはナーダがいる。


「ユキノたちの知り合い?」

「ええ、あそこにいる金髪の子がね」


 質問に答えるとナツミは、ナーダと笑顔を浮かべながら話しているアイシャを見て言った。


「あの様子だと、あの子も受かったようね。せっかくだから声でもかけてきたらどう? あたしたちは先に行ってるから」

「うん、そうさせてもらおうかな。それじゃあナツミ、ロイ。またね。ジント、行こっか」

「ああ、二人ともまたな」


 ナツミの提案を受け、俺もユキノに続く。

 軽い挨拶を済ませ、ロイたちが行くのを見送ってからアイシャの下へと足を向けた。


「アイシャ」


 ユキノが呼びかけると、彼女はこちらを向き口角を上げた。


「ユキノ、ジント! お久しぶりです。合格しましたよ」

「俺たちも合格だ」


 見上げられる形になったので、俺が代表して答える。するとアイシャは特段驚くこともなく、頷いた。


「良かった……これで、一緒に通えますね」

「さすがジント様です。ユキノ様も、おめでとうございます」


 しみじみと言うアイシャに続き、ナーダが微笑を湛え称賛してくれる。

 ユキノはそれに照れつつも、頭を下げる。


「あ、ありがとうございます」


 アイシャもナーダも、以前までと比べ晴れやかな顔つきをしている。憑き物がとれたかのような表情だ。

 きっと学院への入学が決まり、これまで送ってきた警戒しながらの生活から解放されるからだろう。


「じゃあ──」


 俺が制服の採寸などに行こうと言おうとしたとき、


「ウォルド、あとで少し話がある」


 突然背後から声をかけられ、驚いて振り向くと、そこにはビビアンカがいた。


「……お久しぶりです。どうかされましたか?」

「いや、これが厄介な話でな。まとまった時間が欲しい。当然お前が全ての手続きが終えるまで待っているつもりだ。その後に構わないか」

「はあ……。待っていただけるのでしたら問題はありませんが」


 今回ばかりは何の話をされるのか、全く予想がつかない。


 しかし、今にも頭を抱え出しそうなビビアンカの深刻な顔を見るに、決して取るに足らない話というわけではなさそうだ。

 上手く言葉にはできないが、今日の彼女はこれまでとはどこか雰囲気が異なる。


「そうか。ではタイミングを見計らって、改めてお前を探させてもらおう」


 ビビアンカはそう言い残し、いつものように歩幅を広く取りながらツカツカと去っていく。


「話って何かしら……?」


 ユキノの呟きで考えるが、やはり俺にも思い当たる節はない。


「わからないが、とにかく今は俺たちも行こう。遅くなると順番待ちの列が伸びていくだろうからな」

「だったら急がないと。アイシャも早く行こ」

「はい! ナーダ、行ってくるわね」


 まだ背中が見えるビビアンカが、何の話をするつもりなのかはわからない。

 だが、今とにかく入学に向けた手続きだ。


「かしこまりました。ではお嬢様、私は正門の前でお待ちしております」


 一礼するナーダと別れ、歩を進める。

 足早に三人で本館の入り口を目指していると、掲示板の端を通り抜けたあたりで後ろから駆けてくるような足音が聞こえてきた。振り返ると、乱れた髪の男が目に入った。


 男は今にも転びそうになりながら、焦点の合わない目つきでこちらに走ってきている。

 彼は五日前とは見違えるほどやつれた──ニックだ。


 咄嗟に警戒し、腰に携えている剣に手を伸ばす。だがニックが剣を持っていないことに気づき、俺は剣を抜くことはしなかった。


「えっ? どうし……」


 ユキノも驚いた様子で足を止め、体を反転させている。アイシャも続き──二人も気づいたようだ。

 彼の奥では去ろうとしていたナーダも、警戒しこちらに向かって来ているのが見える。


 それだけニックが異様な空気を放っているのだ。

 かつては粗暴ながら若さ特有の無鉄砲さやエネルギーを感じさせた彼だったが、今はそれらがなく、表情には絶望や焦燥のみが色濃く浮かび上がっている。


 間違いなく俺たちを目指して駆け寄ってくるニックに、声をかけようとした次の瞬間だった。


「うああぁぁあああああああああッッ!!」


 捉えようによっては悲痛の叫びにも聞こえる声を発し、彼は腰の後ろあたりから何かを取り出した。


 ──武器か?

 街の中での無用な抜剣は褒められたものではないため、限界まで控えようと思っていた。だが今がその時かもしれない。

 心を決め、俺は柄を握る。


 しかし、ニックが手に取ったのは武器ではなかった。


「……なんで、お前がそれを」


 それは武器以上に危惧すべき、恐ろしい代物だった。

 ゲームの中で見た記憶があるそれを、なぜ彼が持っているのかと疑問が口をつく。


 当然ニックから答えがもたらされることはない。

 彼がそれの両端を握り、捻ろうとする間に俺は後方に立つユキノとアイシャを押し飛ばそうとした。


 振り返ると、道の先に行っていたビビアンカが全速力で戻ってきている。

 おそらくニックの叫び声を耳にし、事態の収拾に当たろうと向かって来ているのだろう。


「逃げろ、二人とも──」


 俺はユキノたちに手を伸ばす。が、手が届く前に背後からガチャンと音がし、眩い光が放たれた。


 ニックが、勢いを緩めることなく肉薄してくる。

 放たれた光は渦となり、俺たち三人とニックを覆った。


 彼が手に持っていたのは、水色の【魔機物スクロール】だ。

 ゲームにおいて唯一登場した筒の部分が水色の【魔機物スクロール】。それはアイシャのイベントで、彼女を攫おうとした叔父が最終的に使用した物だった。


 しかし、中に入っていた魔法が叔父が想定していたものと違ったため、事態は命を懸けた難易度の高いものへと発展していく。


 ユキノが受けた『再構築』とも比較にならないほど膨大な魔力が、光の渦の中を満たす。


 これは間に合わない。

 そう判断した俺は、かなり近くまで来ていたビビアンカの目を光の渦越しに真っ直ぐと見つめ、ある場所の名前を口にした。


「────」


 届いたかはわからない。たとえ伝わっていたとしても、救助に来てくれるかもわからない。

 ただ彼女が訝しげに眉を顰め、口元の動きからだけでも俺が何と言っているのか、読み取ろうとしていることが見て取れた。


 眩い光がさらに一段と強くなり、視界を奪う。

 次に光が落ち着き、周囲の様子を窺えるようになった時──俺たち四人がいたのは、学院の本館前ではなかった。


 目の前に広がっているのは、真っ暗な洞窟だ。


 遥か昔、【魔機物スクロール】はどんな魔法からでも作ることができた。

 ニックが使った物には『転移』の魔法が収められていたのだ。それも、説明書きに記されていた場所とは異なった座標──ダンジョンの最奥に結び付けられた『転移』の魔法が。


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