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モブは友達が欲しい 〜やり込んだゲームのぼっちキャラに転生したら、なぜか学院で孤高の英雄になってしまった〜  作者: 和宮 玄
第一章 入学試験編

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大切な存在

 深い森の中、流れる川に沿って北上していく。


「本当だ。湯気が出てきた……」


 上流からの水に湯煙が立ち始めたことを確認すると、ユキノが眉を上げた。

 実技試験から二日後、あとは結果発表を待つだけとなった俺たちは『火と水の森』の中を歩いていた。


 今日はフレイムウルフを倒しに来たのではない。

 たまには息抜きでもどうだと、ユキノを誘ってある場所を目指しているのだ。


「ここから少し行ったら、上り坂になっていてな。小川の流れに沿って何かないか探していたら偶然見つけたんだ」

「すごいラッキーだよね。いくつか同じような場所があるとはギルドで聞いたけど、まだ未発見の場所みたいだし」

「その上、周囲にはモンスターの気配もなく安全そうだったからな。あの時、藁にも縋る思いで買い取ってもらえる物を探していた俺にとっては無駄足になったんだが」


 二人で話しながら、歩き続ける。

 フィールドに出る以上は剣を携え装備を整えているが、いつもとは違い今は互いにナップサック風の革鞄を肩にかけてある。中にはタオルなどが入っていた。


 向かっている先は、天然の温泉だ。

 灼熱の狼がいて、豊かな水が流れる森。そんな設定のエリアのため、この森の付近にはゲームでもいくつかの秘湯が存在していたのだ。


 この世界でも、ほとんどの温泉は発見されギルドで情報が共有されていた。

 しかし中でも見つけづらい箇所が未発見のままだったので、俺は今日こうして行ってみることにしたのだった。


「あの時はユキノが家で待ってるからすぐに帰ったが、元気に二人で来れて……感慨深いな」

「ほんと、ジントのおかげだよ。ありがとうございます」


 ユキノが照れ隠しなのか、変に丁寧な仕草で頭を下げる。


 普段、俺たちは主にペアで行動している。

 そのため俺が秘湯の場所を知っているとおかしいので、彼女にはユキノが魔力暴走により活動できなかった期間、一帯を走り回っていた際に偶然発見したと伝えている。


「あ、小川ってあそこのこと?」

「そうだ。先が上り坂になっているだろ」


 川に注ぐ支流が見えてきた。

 先を見るように言うと、ユキノが顔を見つめてくる。


「上り坂って……あの先、思ったよりも険しくないかしら……」


 川から分岐し、湯気が濃くなる小川の先はほとんど岩壁だった。

【剣庫の洞窟】で採用された段々の岩を登ってあがる地形は、アップデート前から元々はここにあったものだった。

 後からあちらにも同じような足場が作られ、この辺りではロッククライミングができるスポットが二つになったのだ。


「誰も見つけてない場所なんだ。これくらいは仕方がないだろ?」

「そう言われると……。まあ、ここまで来たんだから頑張るしかないよね」


 ユキノはよし、と気合を入れて斜面を進んでいく。


「せっかくの温泉に入らず帰られるわけないじゃない」


 思いのほか楽しみにしてくれていたのか、それから足を止めることなくも坂を登り続け、俺たちは岩壁の頂上へと到着した。


 そこで待っていた光景を見て、ユキノが口を開ける。


「わぁ綺麗! こんな場所が自然とできて、ずっと誰にも見つけられずにあったなんて……」


 大きな岩の間にある開けた空間には、一般的な銭湯くらいの広さで湧き出た温泉が溜まっていた。

 反対方向の奥は直角に近い絶壁だ。温泉の一部はそちらへも流れていき、滝になって落下していっている。


「あっちは手付かずのエリアだろうな」

「ここを通って降りて行けたら、探索できるかしら?」


 俺たちが通ってきた方向には岩がいくつもあり視界が遮られているが、奥は青い空と、どこまでも続く森が目に飛び込んでくる。


 ユキノに訊かれ、俺は顎に手を当てた。


「帰りを心配しなかったらできるかもしれないが……どんなモンスターがいるのかもわからない状況では、さすがに危険すぎるだろうな」

「うーん、そうだよね。それに、今も挑んでる最前線が他にもいっぱいあるんだから、そっちに参加した方がいいだろうし」

「まだまだ未開拓エリアは多いからな。ここから見える範囲は森ばかりで気になるものがない以上、無理に挑む必要性はないだろ」


 念の為、危険が潜んでいないか辺りを確認して周りながら絶壁の下について話す。


 ゲームでは、ここよりも奥へは立ち入ることができなかった。

 今なら努力すれば行けないこともないだろう。だが命と換えてまで行きたいかと訊かれたら、そこまでの物を見出すことはできない。


「何にせよ、今はまだ俺たちには最前線に加われるだけの実力もないからな」


 周囲をぐるりと見て元いた場所に戻ってくる。

 立ち止まった俺に対し、ユキノはそのまま温泉の右側へと足を進めた。


「たしかに心配はなさそうね。ジントが言ってた通りちょうどいい形で温泉も分かれてるし、わたしはこっちにするね」


 ゲームとの設計と同じく、この秘湯は横に並ぶ大きな岩のおかげで真ん中で二分割されている。

 岩の影で服を脱ぎ温泉の中に入っても、よほど奥へ行かなければ立ち上がっても反対側からは見えない。


 俺は左側の岩の裏へ向かい、服を脱いでから湯に浸かった。

 長く歩き体が温まっていたとはいえ、冷たい空気との温度差が身に沁みる。


 ユキノにも言っていないが、ここへ来た理由は息抜きの他にもう一つあった。


 現実となった今は気休め程度にしかならない話だろうが、ゲーム時代はここの温泉に入ることで幸運値に関する隠しパラメーターが上昇し、モンスターがドロップアイテムを残しやすくなったりと、さまざまな恩恵があったのだ。

 試験の結果発表を前に、実は願掛けを兼ねている。


 温泉を二分する中央の岩に背を預け、湯に浸かりながら空を見上げる。いつもよりも雲が近い。

 冷たい風と温泉の心地よさのギャップに至福を感じていると、岩の向こうから湯の中を進む音が聞こえてきた。


「ジント、いる?」

「ああ、ここにいるぞ」


 すぐ近くでユキノが止まり声をかけてきたので、返事をするとジャバッと勢いよく動く音が鳴った。


「わっ。も、もう、びっくりさせないでよ……。そんなに近くにいるなんて」


 少ししてから落ち着いたのだろう。ユキノも腰を落ち着けたのか、咳払いが聞こえてくる。


「……ここ、いい場所だね」

「そう言ってもらえると今のうちに来られて良かったよ。学院に入ったら、これまでのように自由にフィールドに出られる余裕もなくなるだろうからな」

「忙しくなるもんね。まあ、それでも楽しみな気持ちの方が強いけど」


 入学が待ちきれないとばかりにわくわくした声音だ。

 ユキノがいる方から時折、チャポンと水面を優しく叩く音が聞こえてくる。


「アイシャも、ナツミもロイも、同じ学院の生徒として早く会えるといいなぁ」

「全員、間違いなく合格できるはずだ──もちろん俺たちもな」


 発表までの残りの二日間は、休暇として街で生活することにしている。

 あと待つだけだ。落ち着いた日々を過ごし、その日がくるのを待つ。

 俺が、風に吹かれながら遠くの空を飛ぶ鳥を見ていると、ユキノがぽつりと言った。


「少し前までは夢に過ぎなくてジントにも言えなかったのに、まさか本当に学院の試験を受けて一応手応えを感じられるまでになるなんてね」


 命をかけてフィールドに出ながら、俺たちは収入が少なく貧しい生活を送っていた。変化が生じたのは、俺が前世の記憶を思い出してからだ。


 それまでの記憶を色濃く持つユキノは、俺よりも一層遠くまで来たと感じているに違いない。

 レベルアップやアイシャなどとの出会い──彼女に至っては魔力暴走による命の危機をも経験し、乗り越えた。


「ありがとう。本当にジントのおかげだよ。……わたしが学院に行きたいって勝手に言ったのに、一緒に目指してもくれて」

「そんなことはないぞ。俺もユキノがいるから助かっているんだ。誘ってくれたのはユキノでも、最後は俺自身が学院で成長したいと思ったんだしな」


 彼女がいるから、前を見据えて生きていけている。

 ユキノにはこれからも思い描いた夢を実現していって欲しいと願っている。


 たとえ前世の記憶が戻ったとしても──こんな本音を伝えられるくらい心の芯から大切に思える存在がいなければ、俺は今みたいな道を選ぶことはできなかったはずだ。


「探索者として一緒に上を目指そう。俺も隣にいるよ」

「もう、ジント……。そんなこと言って……なんか、恥ずかしいってば」


 岩の向こうから、明るくも気恥ずかしそうな声が届いてくる。


「と、とにかく。これからは、わたしもジントに追いつけるように頑張るから。それだけ! あっちに腰をかけられそうな良い場所があるから、ちょっと行ってみるねっ!」


 俺の返事も待たず、ユキノがいそいそと移動していく音がした。


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