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模擬試合

 自分が一躍注目の的となったことを、ユキノは気づいたようだ。気恥ずかしそうにしながら足早に戻ってきている。


 彼女を見る者の中には、このタイミングでユキノの端整な顔立ちに気づき、思わず見惚れている男子もいた。

 きっと試験の緊張で、今まで周りを見る余裕がなかったのだろう。


「さっきあいつに絡まれてたけど、大丈夫か?」


 しかし全員が全員、そんな状況にあるわけではないようだ。

 測定結果に感心した様子で短くユキノに目を向けながらも、俺に声をかけてくる男がいた。


「……ああ。初対面の相手ではないから気にしないでくれ、すまないな」

「そうか、ややこしいヤツもいたもんだな。つっても、オレもオレで面倒なヤツに目をつけられてるんだが……」


 俺よりも上背があるサイドを刈り上げた茶髪の男は、苦笑すると背後を見る。そこには、ニックの前に魔力を測定していた赤髪の少女がいた。


「ちょっとあんたねえ、聞こえてるわよ?」

「げっ。どうせ聞き耳立ててたんだろ」

「は、はあ!? 偶々よ、偶々。誰が好き好んであんたの声なんて聞くのよ」


 試験への緊張など欠片も見せず、二人は言い合いを始める。

 口論のようにも聞こえるが、そのテンポの良いやり取りは長い交流を下地として成り立っていることが窺える。


「すまん。うるさいヤツなんだよ」


 男が俺に謝ると、少女はキッと彼を睨んだがそれ以上は何も言わなかった。ちょうどユキノが帰ってきたのだ。


 合わせて赤髪の少女も近づいてくる。

 彼女は片手を腰に当て、俺とユキノを順に見た。


「二人ともそれぞれ良い魔力だったわね。あたしはナツミで、こっちはロイよ」

「俺はジントだ。彼女は……」


 ユキノに視線で続きを促す。


「ユキノよ。そちらこそ、魔力の練度がよほど高いのね。この中で一番綺麗な回転だったわ。ナツミ……でいいかしら?」

「ええ、もちろん。じゃあこっちも、ユキノとジントって呼ばせてもらうわね」


 ロイが軽く手をあげる。


「オレも同じく。よろしくな、二人とも」

「ああ」


 俺が頷くと、ロイは嬉しそうに白い歯を見せて笑った。


 その様子に──やはり現実でも気さくで、芯を感じる魅力的な人物だと思う。

 このロイとナツミこそが、ゲームにおいて重要なポジションにいた二人だった。ストーリーの序盤から主人公の友人になり、行動をともにするのだ。


 まさかあちらから接触してくるとは思いもしなかったが、おそらくニックに絡まれた俺が目に入り、ロイは声をかけずにはいられなかったのだろう。


 困っている人を放っておけないロイと、隣で小言を言いながらもそれに手を貸すナツミ。

 互いに良家に生まれた幼馴染でありながら、冒険心を持ち活躍する彼らはゲームの中でもアイシャに次ぐ人気のキャラクターだった。

 俺が学院に行けば出会えるかもしれないと、内心ひそかに期待していた人物たちだ。


「お、やっと全員の測定が終わったみたいだな」


 ロイが魔力測定が終了したのを確認して腕を組む。

 測定器の方を見ると、用紙への書き込みを終えたビビアンカが柵の外へ出てきたところだった。


 ナツミがうーんと唸ってから、俺たちに目を向けてくる。


「模擬試合って……できれば、ジントとユキノとは戦いたくはないわね。二人とも強そうだし」

「ナツミ、お前なあ。そりゃもったいないぜ。あの先生は負けたから不合格ってわけじゃないっつってたんだから、ここは強い相手と当たって実力をアピールした方がいいだろ?」

「相手が特別強くなくても、しっかり勝てば十分なアピールになるわよ」

「た、たしかに……」


 ロイの発言にやれやれ、と首を振ってからナツミは引き締まった顔で笑う。


「ここで話せたのも何かの縁だし、しっかり四人とも合格しましょう。そろそろ模擬試合の相手も発表されるようだし」


 俺とユキノ、それにロイが頷く。

 受験生たちの前に来たビビアンカが、バインダーを脇に挟み手を叩いた。


「魔力測定は以上だ。これから模擬試合へと移る。木剣を使用するため、当然だが【剣魔術】を使うことはできない。私が止めるまで試合は継続してくれ」


 それからされた説明によると、出願時に記入してある事前情報や魔力測定の様子を参照し、対戦相手はビビアンカが決めていくようだ。

 潜在的な能力を見定め、合否を決めるとのこと。ほとんど剣を振ったことがない者も、同等レベルの者が相手になるため問題はないらしい。

 場合によっては再度別の者と試合を行い、力量を細かく見ていくとのことだった。


 全員が壁際に置かれていた全く同じ量産型の木剣を手に取り、隅に寄る。

 おおよその勝敗が決するまで止めには入らない形で、試合は進んでいく。


 ユキノやロイたちは呼ばれず、まずは三試合目で俺が呼ばれた。

 横並びになった受験生たちの列から出て、ビビアンカの前へと進む。魔力測定時に比べ、より一層緊張感が漂っている。ひりついた空気だ。


「なんで俺の相手がお前なんだよ……。ちっ、舐めやがって」


 訓練所の中央を挟み、向かい合った先にはニックが待っていた。

 彼は俺のことを冷たい目で見た後、ビビアンカを睨む。


 先の二試合も、対戦相手は彼女の見事な洞察力で実力が拮抗していた。

 その上で自分の相手が俺だったことに、ニックは青筋を立てているのだ。俺の実力は知らないはずだが、魔力測定での歯車の速度から格下だと決めつけられているのだろう。


「お前たちの間柄は理解しているが、試験のルールに則り最適な相手だと判断したまでだ」


 間に立つビビアンカが俺たちを交互に見る。


「私の目に間違いがあるというのなら、存分に力を発揮して見せつけてくれ。お前たちも私情を持ち込んでも構わないぞ」

「はっ、まあそうだな。とにかく無様に負かしてやればいいんだろ? 相手がてめえで、ラッキーだったかもしんねえな!」


 ニックは木剣を荒々しく回し、右足を引いて構えの姿勢に入る。


「止めに入る時は急いでくれよ? 実力を披露しようと俺だって全力を尽くすんだからよ、すぐには止められねえからな」


 これまでに溜まったフラストレーションを晴らすとでも言うように、期待に胸を膨らませニックは顔を歪ませる。


 今回の試合は、単純な剣術の腕比べに近い。

 厭う必要はないため俺も剣を構える。


 だが、最後に俺はビビアンカの顔を確かめた。視線が交差する。


「……準備はいいか?」


 ニックは気が付いていないのだろうか。

 彼女が試験のルールに則り最適な相手を選んだと言っても、それが実力が拮抗しているということとイコールではないことを。


 説明ではビビアンカが適した相手を決めるというだけで、どこにも初心者以外が近い実力の者とあたるとは言われていないのだ。偶然、俺たちの前に行われた二つの試合がそうだっただけで。


 また「お前たちも私情を持ち込んでも構わない」と彼女は言った。

 それはつまり、ビビアンカ自身が現在私情を持ち込んでいるということに外ならない。


 ゲームでは仕方なくコネでの入学を受け入れた彼女だったが、ギルドでの俺たちとの一件がありニックの推薦を取り消す口実を得たのだろう。

 そして今、未だ改心する様子も見せないニックに飽き飽きとしながら俺と戦わせようとしている。まったく、やんちゃな先生だ。


 俺が相対するニックに目を戻すと、ビビアンカが開始の合図を出した。


「それでは、始めッ!」

「──死ねぇ!!」


 ニックが叫ぶ。その声が鼓膜を揺らした時、すでに彼の姿は俺の前にあった。


「ふんっ、じゃあな」


 この初手の一撃で試合を終わらせてやろうという魂胆なのか。それとも俺の意識を刈り取った上で、二手目三手目と木剣を打ち付けるつもりなのか。

 開始早々に頭部を目掛けて、右上から全力を込めた剣が振り下ろされる。


 俺は現在の彼が、実際はどの程度の力量なのか読みきれずにいた。そのため手を抜く気は少しもない。

 再度試合が設けられ、他の受験生と戦い合格してくれれば良い。今はまず、自分が合格することが何よりも重要だ。


 全身全霊を持って右下から振り上げた剣で対応する。

 タイミングに角度、打ち付ける場所を見極めた上で放った一撃は──いとも簡単に、ニックの手から木剣を奪った。


「なっ」


 ニックの木剣が宙を舞う。

 すかさず俺は残った彼の左腕を掴み、体を捻った。一瞬にして剣が手から離れ、今なお愕然の中にいるニックを投げ飛ばす。


 激しく地面を転がっていく彼に、俺は真っ直ぐと剣先を向けた。


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