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欠けた要素

 D層を歩くアイシャは、物珍しげに周囲を見回していた。

 そして俺たちが住む公営住宅に到着し、ユキノの部屋に入った時には隠しようのない動揺が感じられた。


 B層に居を構える彼女は、この辺りまで足を運んだことがなかったらしい。

 所狭しと建物がある雑多な街に、六畳一間の住居。自分の価値観とは異なる生活に唖然としたようだ。


 ユキノが紅茶を出し、彼女たちは食卓の椅子に座る。

 普段から俺とユキノが使っている二席しかないので、俺はベッドとの間の床に敷かれたラグの上に腰を下ろした。


「お家にまでお邪魔してしまって、すみません」

「あのまま放っておくことなんてできないから。わたしたちのことは気にしないで。ね、ジント?」


 アイシャが改めて頭を下げる。

 ユキノはそんな彼女に手を振ってから、俺に賛同を求めてきた。


「……そうだな」


 深く関わるつもりがなく、彼女を置いて去ろうとしていたとは言えない。


「ありがとうございます。ですが助けてくれた方が、まさか同じ年齢だとは思いませんでした。顔も見えなく……お強かったので」

「ジントは凄いからね。特に最近はレベルも伸びて」


 どこか誇らしげにユキノが語っている。

 魔機物スクロールを買えるだけの大金を短期間で稼いだことなどを話すと、アイシャは感嘆していた。


「まあ、それは……。学院への入学は間違いなしですね」

「そうじゃないかな。わたしは合格できるかちょっと心配だから、まだ頑張らなきゃだけど」

「ふふ、私もです。一緒に入学できると良いですね」


 同性同士、楽しそうに話している。


「そうね。それで……大丈夫? 面倒なことに巻き込まれてるんだよね」


 ユキノは微笑んでから、相手の様子を窺うように探りを入れた。

 彼女のことだから決して無遠慮に訊いたのではなく、素直に心配しての質問だろう。同い年の少女に向けた、心からの配慮が顔を覗かせている。


「もし嫌じゃなかったら、聞かせてくれないかしら……?」

「いえ、そんな隠したい話でもないので構いませんよ。単純に家の揉め事なんです。度々同じようなことがあったので身を隠して生活していたのですが、学院へ申請書を出しに行った際に、待ち伏せられていたのか狙われてしまったようで」


 アイシャが概要を説明する。

 細かな事情は話さなかったが、それを聞いてユキノは静かに息を呑んだ。


「家の揉め事で、同じようなことが何度も?」

「……はい、両親が亡くなってからは。人の行き来が多い夕方に動いたのですが、駄目でした」

「そんな、そこまで……」


 アイシャは父親の弟である叔父一派から狙われている。

 両親から受け継いだ、都市で最もセキュリティーの高い金庫に保管されている遺産が目当てだった。


 ──そう本人は思っているが、真実はまた異なる。


 実は彼女自身も知らない出生の秘密を、両親の死をきっかけに叔父に感づかれてしまい、捕らえようと躍起になられているのだ。学院の生徒になると、手を出しにくくなるため受験を前にした今日に襲撃されたのだった。


 無闇に俺から教える話でもない。

 それに言ったところで信じてくれはしないだろう。

 いずれアイシャも真実にたどり着くのだ。黙っておく方が良いはずだ。問題なく、ゲーム同様に物事が進めばの話だが。


「両親も信頼していた付き人が一人、私とともに暮らしてくれているんです。彼女が私を守って逃がしてくれました」

「その人は強いのね」


 朝になれば信頼できる人間が迎えにくると聞いている。

 ユキノは守り逃がしてくれた上で、その人物が来るとアイシャが言い切っていたことから、実力者だと結論づけたみたいだ。


「はい。なかなか彼女以上の強者は見たことがありません。おそらく傷一つなく離脱して、今頃は私を探してくれているはずです。早く呼べたら良いのですが……」

「さっき見せてくれた物で呼べるのか?」


 会話は二人に任せようと思っていたが、あのペンのような機械が気になり尋ねてみた。ゲームには存在しなかったアイテムだったのだ。


 アイシャはポケットから金属光沢のある例の機械を取り出した。


「この中央にあるボタンを押すと、対になっている端末に私のいる方角が表示されるんです」

「なるほど……。だが数時間後まで使えないんだよな?」

「一度使うと、自動で歯車が回り再び使用できるようになるまで八時間かかります。逃げ切ったと思って一度使ってしまったので……。次は、五時頃になるかと」


 明るい部屋の中で見ると、たしかに機械の中央に数ミリ幅のボタンがあった。そこを押すと居場所を送ることができるそうだ。

 今は再度使用するまでの待ち時間だったらしい。


 初めて見る機械にユキノも興味を惹かれたのか、繁々と観察している。


「場所を伝える道具なんてあるのね……古い物かしら?」

「ええ、骨董品店で購入した物なので」


 アイシャはコツンと、その機械を机に置く。


「よろしければお手に取って見られてみますか?」

「え、本当にいいのっ? 壊れたりしないわよね」

「頑丈なので大丈夫ですよ。特に何があるというわけでもありませんが」


 それじゃあ、と遠慮がちに手に取ったユキノは、機械を照明に重ねたりしながら嬉しそうに見ている。

 この世界では電子機器に相当する道具類が一般的ではないため、こういった物がより不思議に感じるのだ。


「面白いなあ……」

「第三探索学院には部から同好会まで、その自由な校風ゆえに無数のクラブがあるそうですよ。もちろん過去の道具にまつわる場所もあるはずなので、興味があるようでしたらユキノはそこに行ってみると良いかもしれませんね」


 アイシャが学院のクラブ事情を話すと、ユキノは目を輝かせた。


「クラブかー。聞いたことはあったけど、そんなにたくさんあるって本当だったのね。気楽に学べるくらいだったら行ってみたいかも。アイシャは何か興味はあるの?」

「私は、そうですね……」


 機械を返し、ユキノはアイシャとクラブについて話し出す。

 楽しそうにしているので俺は口を閉じ、耳を傾けながら時間が過ぎていくのを待つことにした。


 道中に尾行されてないか何度も確認したので危険はないだろうが、朝になるまではここにいることにする。


 途中でうつらうつらとする時間を経て、五時を回った頃にアイシャが言った。


「位置を送れるようになったので、押しますね」


 念のため事前に伝えてきたので、頷いて続けるように促す。

 よく見ると、これまでとは違いボタンの周りが光っていた。瞼が重くなってきていたユキノも、今は眠気が飛んだように見守っている。


「では……」


 アイシャがボタンを押すと、ピピッと短く電子音が鳴った。


「これで、場所が伝わったはずです」

「……え、もう終わり?」


 あまりに地味な光景に、安堵の息を吐くアイシャにユキノが訊く。


 しかし返ってきたのは肯定だった。必要性がないからだろうか。派手な演出はなかったらしい。


 しばらくして俺たちは揃って外へ出た。

 階段を下りて道に出ると空は白み、空気が澄んだ気持ちの良い朝だった。


 少し待っていると、道の先から赤い髪の女性が駆けてやってきた。


 メイド服を着用しており、浅黒い肌に先が尖った耳をしている。

 人間よりも寿命が長く、この時代では珍しいダークエルフという種族だ。アイシャの護衛でもある彼女は俺たちを警戒した様子だったが、説明を受けると深く頭を下げ感謝してくれた。


 徹夜のせいで頭は重く、気を抜くと眠気が襲ってくる。

 謝礼を申し出てくれたが話を長くしないために断り、俺たちはすぐに学院での再会を約束し別れることになった。


「絶対に合格するために残りの期間も頑張らないと……ふわぁ。だけど、まずは寝よっか。お昼過ぎからフィールドに出ることにして」

「そうだな。じゃあ、また後で」


 欠伸をするユキノと別れ、それぞれの部屋へ戻る。


 だが俺はどうしても気になることの確認を優先し、三時間ほど寝たあと、今回ばかりは察せられないように最善を尽くし外出することにした。


 往復一時間弱をかけ、C層にある孤児院へと向かう。

 庭で遊んでいた小さな子供たちに尋ねたところ──


 今年で十五歳の、主人公と思しき人物はどこにも存在していなかった。


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