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短編『救世の鳥』

作者: 森岡幸一郎


いつだったか、村外れに住み着いた宿無しのジイさんから聞いた話だ。



──かつて、【世界戦争】が起こるより遥か昔。


或る所に、人殺しを生業とする男がいた。


男は齢二十にして、既にその筋では最高級の殺し屋として名を馳せていた。


男には最愛の妻がいたが、男は妻に先立たれてしまった。


生きる希望を失った男は、失意の内に自ら命を絶とうとしたが、そこへ虹の魔法使いが現れてこう言った。


「そんな事をしても彼女の下へは行けないよ?」


動揺する男に魔法使いは尚も続ける。


「君は余りにも多くの命を奪ってきた。その無念の魂が、君を地の底へと引きずり込むのだ」

絶望する男に魔法使いはさらに続ける。


「でーもぉ? 天上へと君を引っ張り上げる力の方が強ければ・・・あるいは彼女の下へ行ける。かも?」


男は一瞬ハッとしたが、直ぐに俯いてしまった。


「それは無理だ・・・僕がいったい何人殺してきたと思ってる? 僕はもう、彼女とは二度と会えない・・・」


「тысячи жизней, спасенных от гниения и разложения. Одна смерть и сто жизней взамен」


男の言葉を上書きするように魔法使いは告げる。


「『一つの微細な罪悪は、百の善行によって償われる』とある殺人鬼の理屈だよ。


例え一人の人間を殺しても、その代わりに百人助ければ、その殺人は赦されるそうだ。


ではこの理論に従うと?


十人殺して千人助ける。千人殺して十万助ける。十万殺して一千万。


さて、君の持ち点は? 何人殺して、何人救う? 


もし、君が本気で彼女に再び会いたいと願うのならば、君はこれまで不幸にしてきた者たちへの償いをしなければならないよ。


いつか遠い未来、君を恨む者より、君を慕う者の数が勝った時、君の魂は彼女と同じ場所へ誘われるだろうね」



そして、男は虹の魔法使いによって悠久の時、人助けに励めれるように不死鳥へと姿を変えてもらった。


膨大な彼の罪を、それを上回る彼への慈悲が押し潰すその時まで、彼は時代を跨ぎ人々を救い続けている。


故に彼は【救世の鳥】と呼ばれる──



そしてこの老人は「それ」を見た事があると言う。


かつて老人が帝国軍の空軍パイロットだった時代、隠密作戦で海上を飛行中、運悪くハリケーンに遭い、機体が不具合を起こしあわや墜落寸前だったところ、どこからともなく現れた巨大な蒼白の鳥によって救われ、なんとか一命を取り留めた。


「坊主、お前から見たら儂はさぞ惨めに見えるだろうが、儂はこれでもこの根無し草の生活が気に入ってるんだ。帝国で人を殺してた時よりもずっと充実してる。これもあの時助けてもらったお陰だよ。人生命あっての物種だ。儂が死んだらぜってえ「彼」を奥さんの所へ引っ張ってやるんだ」



俺がまだガキの時分、何かとあってはこの老人の所へ通って、昔話をしてもらっていたが、何時の間にか「旅に出る」と言って何処かへ行ってしまった。ジイさんがしていた話の中でも「救世の鳥」の話が特に記憶に残っている。



そしてこの俺もまた【救世の鳥】を見ることになる。


俺は後に、共和国の軍人となった。


激化する戦争の末期、瀕死の共和国に止めを刺すべく放たれた大規模破壊魔道兵器【グラン・ギニョール】


曇天の下、見上げた空にはどこまでも一杯に広がる幾何学模様。


その中心が赫く光を放ち、今にも「終り」が落ちて来ようと言う時、視界の端から白い影が飛び込んできた。蒼白の翼を目一杯広げ、長い尾を(なび)かせながら救世の鳥と呼ばれる、一羽の吉鳥が魔法陣の只中へと飛び込んでいき、「ビカッ‼」っと強い光が見えたかと思うと、雲は晴れ、視界一杯に青空が広がっていた。


その時、誰もが伝説を目の当たりにした。



「戦争が終わって、時間が経って、伝説はまた伝説に戻ろうとしている。


あの時、俺も、俺の国も、死んでしまうはずだった。


でも、こうして生き残った。


全ては「あいつ」のお陰だ。


あいつのお陰で俺も、俺の親兄弟も生き永らえられてる。


だから俺は、軍を止めてからこうやってあいつに恩返ししてる。


方々廻って、あいつの話をして、少しでも早くあいつが好きな人に会えればと思ってな・・・」



いつだったか、街外れに住み着いた宿無しのおじいさんから聞いた話。


そしてまた、この僕も。



2021.07/04執筆中

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