高齢者と一緒にオシャンティなカフェへ行くとこうなる
「全く、年寄りのクセにお洒落な店だけは一丁前に把握しているな」
「勿論じゃよひ孫よ。ワシは常にトレンドの最先端に生きる存在じゃからのお」
俺こと売木はこれといって特徴のないごく一般的な男子高校生であるが今日はひいジジイに誘われてとある喫茶店に来ている。
場所は大型ショッピングモール『ゐをん』の中にあるお洒落なカフェだ。なんでも最近オープンしたカフェのようで俺もここに来て初めて知ったところだ。
今朝のこと、突然父方の曽祖父が俺の部屋までやってきて「スイーツを食べるぞ!」と騒ぎ始めたのが事の発端だ。貴重な休みをこんな年寄りと過ごすだなんてあまりにも嫌すぎて最初は断っていたのだが、ひいジジイが甘い物を奢ってくれると言ってくれたのでとりあえず付き合ってここまで来たのだ。俺は甘いものが大好きだからな、奢ってくれるとなれば目の前に年寄りが座っていること以外は悪い話じゃねえ。お言葉に甘えてスイーツでも堪能するかとやって来たのはいいものの……
しかしながらだ……
「にしてもだひいジジイ……俺達ぐらいしかいねえぞ。男の客なんて……」
最近開店したばかりのお店なのか、若い人しかいない。しかも周りは全員女性客ばかりであり男性客は俺達ぐらいしかいない。他は女子高生や女子大生、若いOLと見える人だらけだ。
そりゃそうだよな。可愛らしい装飾が多く、店の風貌からして明らかに女性向けの店だからこうなるのも当然か…… せめてカップルぐらい居てくれと思ったけど運が悪かったようだ。
「何を言うひ孫よ。そんなちっさいことを気にするでない。せっかくのスイーツを楽しめなくなるぞお」
「そっちが図太すぎるんだろーが。むしろ高齢者なんてひいジジイしかいねえじゃねえか。すげえ浮いてるぞ」
当たり前だけど高齢者男性は俺のツレしか店に存在していない。その中でよくこんな意気揚々とスイーツを待っていられるな、いくら他の目線を気にしない人がいたとしてもこの現状に耐えられる人がいるのかどうか謎だ。
ひいジジイはそんなこと一切気にしないかも知れねえがすっげえ居心地悪いぞ…… 変な視線を浴びているのもひしひしと伝わるしとても落ち着かねえ。いくら全年齢向けの喫茶店とはいえ、こんな高齢者がいちゃいけねえような場所な気がするぞ。居るだけで雰囲気壊すとか言われて追い出されねえか心配でしょうがねえよ。
さっき注文した店員から何も言われなかったからよかったけどさ…… 本当に大丈夫なのかよ。
「なにをソワソワしているんじゃひ孫よ。そんなにスイーツが楽しみなのかのお?」
「これだけ浮いているのになんでそんなにリラックス出来ているのか逆に聞きてぇよ」
以前お遍路に行ったことがあると言っていたからな。それで培ったものがここに来て活きているのか? 修行僧だってこの空気で平穏を保つのは難しいだろうに。いずれにしても、俺は純粋にスイーツを楽しめなさそうだぜ……
そんな中、店員がお盆に乗せてスイーツを持ってきてくれた。
『お待たせしました〜、「甘々スイーツセット」になります』
と目の前に置かれたのは大きな箱のようなものに飾られたスイーツセットだ。ひいジジイが「せっかく二人で来たからセットを頼むぞ!」と意気込んで俺の意見を全く聞かずチョイスしたものである。カップルじゃねえんだからやめてくれって話だけど、悔しいことにこのチョイスは中々悪くなさそうだ。
「うお、すげえな…… どれも美味そうじゃねえか」
思わず声が出てしまった。箱の上にはマカロンやクッキー、そして小さなパンケーキでできたお菓子がいくつか並べられており、甘い物好きの俺にはたまらないセットであった。しかもそれぞれ一口で食べられる大きさだから色んな味が楽しめそうだ。つくづく高齢者と一緒に来ていることが悔やまれるな。
「そうじゃろう。流石流行りのお店といったところじゃの。どうじゃひ孫よワシのこと尊敬したかの?」
「今の言動で俺の余韻がぶっ壊されたから尊敬しねえ」
隙を見せると直ぐ調子に乗ってくるんだからこのひいジジイは……。にしても本当に美味しそうだな、早く食べたいぜ。
さてと、最初は何を食べようかな〜、色々あるから迷っちまうぜ。でもあのパンケーキのお菓子とかいいんじゃねえか? よし決めた、あのパンケーキにしよう。
「んじゃ食うぞ〜」
「あいや待たれい、ひ孫よ!」
俺がフォークでパンケーキを突き刺そうとすると、ひいジジイが俺のフォークを取り上げてきた! なんちゅう反射神経だよ、動きが早すぎて見えなかったぞ……
「んだよひいジジイ。なんだ? 一番最初に食いたいのか? それだったら──」
「そうじゃないわい。全くせっかちなひ孫じゃのお」
奪われたフォークを俺の前に置きながら、ひいジジイが人差し指を立てて注意する。なんか、見ていてイライラするぞ。
「食べる前に『写真』を取らねばならん」
そんなことを言いながらひいジジイがおもむろにスマホを取り出し、カメラをスイーツに向けてパシャパシャ撮り始めた。一体何枚撮る気だよ、モデルじゃねえんだから……
「はあ? 写真? どこかに投稿でもするのか?」
よく若い人達が食べる前に写真を撮っているのを見かけるけど、ひいジジイみたいな高齢者がそんなことしていると違和感でしかねえな。
ひとしきり写真を撮り終えると今度はスマホを弄り出し、俺からの質問の回答なのか「そうじゃよ」と言ってくる。
「インスチャやっておるからのお、ワシのフォロワーさんにもこのスイーツを共有せねば」
「は? インスチャ!? インスチャやってんの!? ひいジジイが!?」
驚きすぎて変な声が出ちまったぞ。
インスチャとは若者向けのSNSのことを言う。俺はやってねえけどよくオサレな食べ物や景色を投稿しているイメージが強く、俺の前でスマホを弄り倒すような高齢者ユーザーが多いとはとても思えないSNSアプリだ。
いやマジかよ…… よりにもよってインスチャなんてやっているのかよこのひいジジイ。年甲斐も無く若い趣味してるな。ひいジジイがインスチャやること自体は勝手にしてくれって話だけど他のユーザーと話が合うのか?
「そうじゃ、そうじゃ。ほれ見てみい、ワシの投稿を」
見せてだなんて一言も言っていないのにスマホを渡された。
見てみると先ほど撮ったスイーツが加工マシマシの状態で投稿されており添え文にはこう書いてある。
『素敵なスイーツ、午後のひと時。 #至福の時間#ティータイム#流行の先取り#食欲の秋#お洒落なカフェ#カフェ好きな人と繋がりたい#かわいいスイーツ#目の前はひ孫#彼女がいないひ孫は寂しがり屋#ひ孫とは仲良し#いつまでもこの瞬間を』
「うーーーわ」
なんだこの虫唾が走る投稿文は。俺の手が映り込んでおりこれをひ孫と主張するのはいいものの、しれっと『彼女がいないひ孫は寂しがり屋』だなんて適当なこと書かれているのが本当に腹立だしい。律儀にハッシュタグなんて使っているしなんなんだよ。
投稿そのものはそれっぽくなっているのもまたイラつきを加速してしまう。投稿している奴は曲がりなりにも後期高齢者(75歳以上)の領域に踏み込んでいる野郎だぞ、誰がこんな投稿を見るんだよ……
っと思っていたら直ぐコメントが来た!
『素敵なひ孫さんですね! いいなあ、私も来週そのお店に行ってみたいと思います』
『売木さんの投稿毎日見ています。今日も美味しそう(^^)』
『ひ孫連れ 甘菓子食す 午後の時←売木さんの投稿を見て一句詠んでみました』
「なんじゃこら……」
マジかよ…… 言葉が出ねえよ。俺と縁が無さすぎる界隈なのか、こいつら全員奇特な存在に思えてしまう。特に一番最後で川柳詠む詠み手だけは本当に理解できねえ、他所でやってくれって感じだ。
ここのSNS使う連中は皆こうなのか……?
「どうじゃ? お主もインスチャやればいいのに…… フォローはしてやるぞい」
「やんねえよ! いらねえよひいジジイのフォローなんて。甘いもん食う前に変なもん見ちまったぞ……」
スマホの画面を見ているとスイーツが不味くなりそうなのでひいジジイに返したら「まぁまぁ」とまた俺に戻してきやがった。なんなんだよ……
「そう言わずに、お主も何か一つ投稿したらどうかの? こういったものは何事もきっかけが大事じゃよ」
「はーあ?」
これをきっかけに俺がインスチャにハマるわけねえだろ! それより俺はとっととスイーツが食いたいんだよ。さっきからスイーツ目の前にして待たされる俺の気持ちにもなってみろ。
しかしひいジジイが「ひ孫の投稿も見てみたいのお。まぁ、ワシよりオシャレに出来ないだろうけど」とか抜かして譲らないので俺は投稿することになってしまった。こんなのやりたくねえよ……
えーっと、とりあえず写真を添付してコメント書いてハッシュタグを添えればいいんだな? どうせひいジジイの奴、「いいね」の数で俺にマウント取る気だろ。くだらねえけど、騒がれたら癪なのでそこそこ力を入れて投稿するか。
「ほら、出来たぞ」
「どれどれ……」
投稿をしたのでスマホを掲げるとひいジジイが覗き込むように体を前に傾けてきた。
『医者から食べちゃいけないと言われました! #冥土の土産#まだ生きている#死ぬ前に食べたかったもの#年寄りの冷や水#健康診断赤点常連の生活#血糖値フルバースト#入れ歯なので虫歯は気にしない#私の年金の使い道#年金の有効活用#胃がもたれても食べたい#最高のひ孫#来春はお年玉値上げ』
「ふぉ!? なんじゃこれは!?」
「お、すげえ「いいね」が来たぞ! しかもひいジジイのさっきの投稿を上回ったんじゃねえか?」
スマホを手に取り目を丸くするひいジジイ。俺の方が一枚センスが上だったってことだな。
「なんじゃと、#年寄りの冷や水って!」
「全くその通りじゃねえか。年甲斐もなく若いことやってるひいジジイにぴったりの言葉だろ」
「しかもその他不穏なハッシュタグつけおって…… ワシはまだ死なんぞ!」
まぁ、それはあながち間違えじゃねえんだよな。まだひいひいジジイが生きているのでコイツが死ぬのはまだ先の話だろう。妙に売木一族は長寿なんだよな……
しかし思った以上に凄い反応だな…… 案外ひいジジイのフォロワーってこういうのを求めていたんじゃねえか?
「お、コメントが来ているぞ」
ひいジジイがスマホを手に持って離さないので俺は自分のスマホを取り出しひいジジイのアカウントへ入り込む。そして先の投稿を確認して見たらたくさんのコメントが送られていた。
『これが売木さんの生き様! ロックでカッコいいです!』
『私は尿酸値フルバーストです。一緒に合体技とか出来そうですね!(^_^)』
『身を削り 甘味嗜む 我が人生 ←また一句浮かんだので共有しますね!』
相変わらず川柳野郎が出没しているのは気になるところであるが、概ねウケは悪くないようだ。
「むむむ…… こんな投稿でこれだけの反応が得られるなんてのお。…… お主はインスチャの才能があるかも知れんぞ」
「知らねえよ、はよ食うぞ。さっきから俺は待たされてばっかりなんだ」
どうにも腑に落ちないといった声を溢しながらもフォークを手に取るひいジジイ。ようやく食えるのか、長かったな。
「あの…… すみません」
いざ食べようかと思った瞬間、横から女性の声が聞こえてきた。明らかに俺達を呼ぶ声で振り向いて見れば、ピーナッツ色をしたワンピースを着ている若い女の人が立っていた。目はぱっちりとしており、長い黒髪を腰あたりまで降ろしたなかなか可愛い女の子だ。
「ん? なんじゃ? ワシらに何か用かの?」
ひいジジイが顔を上げて尋ねてみる。マズいな、ちょっと、騒ぎすぎたから注意しに来たのか? どうせならこのひいジジイを摘み出してくれれば良いのだけど……
「あの、売木さん…… ですよね。あのインスチャいつも見ています! まさかお会いできるだなんて」
「「えっ!?」」
その一言に俺達は驚嘆してしまう。インスチャをいつも見ている…… ということはひいジジイのフォロワーなのか? こんな若くて可愛い姉ちゃんにフォローされているだなんてひいジジイも隅に置けねえな。
「そ、そうじゃが…… え!? お主、ワ、ワシのフォロワーなのか?」
その言葉を受けた女の人は静かに首肯し穏やかな口調でこう言ってくれた。
「はい、今日の投稿を見てまさかと思いまして…… いつも川柳を送っているの、あれ私なんです」
「「ええーー!?」」
お前だったんかい、川柳野郎!