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新しい家族

第1部は、起承転結の起の部分になります。


 その日を境に俺は、全てを失ったと言ってもいいだろう。

 残っているものといえば、後は朽ちるか自ら絶つかの選択に悩んでいるこの命と虚無感だけだ。

 虚無感って、虚無だからモノとして数えていいのかは分からないけど。

 その日の二十一時前、県内のニュースを伝える番組では殺傷事件の報道が流れていた。


 『先程、○○さん夫婦を殺害し家屋に放火したとして会社員、小鳥遊たかなし和哉かずや容疑者が逮捕されました。県警察本部によりますと―――――』


 この報道は、既に数十分前には知っていた。


 『小鳥遊たかなし優希ゆうきさんの電話で間違いないでしょうか?』


 見知らぬ番号から来た電話に俺は、通話ボタンを押すことはせず無視した。

 しかし何度無視しても繰り返し掛かってくる電話に、さすがに怪しいと思いつつ出てみれば


 『はい、そうですけど…』


 困惑混じりに応答すると


 『先程、貴方の父親である小鳥遊和哉さんが殺人の容疑で逮捕されました。つきましては―――』


 その後、警察署に行って諸々の話を聞いて

 今日、学校に行ってみれば、教室に入った瞬間に注がれる冷たい視線。


 「なぁ、龍斗りゅうと……」


 その視線に耐えられなくなってクラスで一番の友達に話しかけてどうにか視線から逃れようとすると


 「殺人者の息子が近づいてきてんじゃねぇよ!こっち来んな」


 そう言われて口もきいてくれなかった。

 親友だって思ってたのはどうやら俺だけらしい。

 友情なんて、友達なんて所詮は他人、その程度のものか、と自分を納得させるようになんども言い聞かせた。

 小鳥遊という珍しい苗字がゆえに俺が、容疑者の息子であることは、すぐにクラスメイトや学校の人達からすぐに特定されたらしかった。

 教師からも腫れ物を触れるような扱いをうけ居づらく感じた俺は、昼前に学校を早退した。

 そして今―――――俺は、家から少し離れた跨線橋から線路を見下ろしている。

 母と離婚した粗暴な父親は殺人の容疑で逮捕され友達も名誉も何もかもを貶められ失った俺に、これ以上失うものは何も無い。

 これまでの十八年間の人生の記憶が閉じた網膜に映し出されていくがいい記憶と呼べるものは無かった。

 物心ついた時の記憶では、いがみ合う両親の姿しか知らない。

 妹は、母方について行った上手くやっていけてるだろうか……あの母親なら杞憂だろうけど……。

 思い返しても心配事は、せいぜいそれくらいだ。

 後ろの方から、タイミングよく電車の走行音が近づいてくる。

 よし、そろそろ逝くか。

 欄干に足をかけて一歩を踏み出そうとしたとき――――その足が誰かの手に押さえつけられた。


 「命を粗末にしちゃいけないよっ!」


 知らない声に、思わず振り向くと俺の足を押さえつけていたのは、知らない老婆だった。


 「離してくださいッ!俺は、もう生きていたくないんだ!」


 そう言ってその手から逃れてようとすると、老婆によって体の動きを封じられ欄干から下ろされる。

 風切り音と走行音を立てて、眼下を通過する列車。


 「落ち着いて、話ができる場所に移るよ」


 俺は、跨線橋の下を走り抜ける電車を目で追いつつ老婆に抱えられるようにして起こされると手を引かれふらふらとその後に続いた。


 「……結局、生きたいって気持ちの方が強かったのかよ……クソっ……」


 脳では、死にたいと思っていても体は老婆に手を引かれてどこかへと向かっている。

 思わずそう口に出すと


 「それでいいんだよ」


 俺を欄干から降ろしたときよりかは、いくぶん柔和な顔で老婆は言った。







 そのまま俺は、何故かコンビニに連れていかれスタッフルームに連れ込まれた。

 そしてペットボトルのミルクティーを渡され椅子に座らされた。


 「で、なんで自殺なんてしようとしたんだい?」


 俺の対面にどっかりと腰を掛けた老婆は、眼鏡をかけて訊いてきた。

 なぜって……理由は単純だ。


 「昨日のニュースで見ませんでしたか?殺人事件の報道」


 老婆は、あったねぇという顔をした後、何かに気づいたのかハッとした表情を浮かべた。


 「俺、名前は小鳥遊優希って言うんです……地中海親は捕まり友達と思っていた奴には、裏切られ学校に居場所は無くなりました」


 笑っちゃうくらい恵まれてないよな、俺。

 家族で楽しかった思い出もなければ、友達も居ない。

 父親は、二人殺して放火までやったのだから死刑や無期懲役も十分に有り得る。

 実質失ったも同然だ。


 「……それは、辛いことを訊いたねぇ……」


 老婆は、憐れむような表情を浮かべた後、話をきりだした。


 「あたしは一昨年旦那を亡くしてね、身寄りもないのさ、それで今は、旦那が遺してくれたコンビニを経営して一人で生活をしているんだよ。だからさ少年、あたしの家族にならないか?」


 老婆は、とんでもないことを言ってみせた。

 突然のことに理解が追いつかず困惑してしまう。


 「それってどういう……ことですか?」

 「そのままの意味だよ。あたしがお前の任意後見人になろうって言ってるのさ。里親みたいなもんだよ」


 この人が、俺の親に……?


 「……でも多分、迷惑になると思いますよ。それに俺なんて無価値な人間ですし……」


 勉強もスポーツも人付き合いだって、俺は得意じゃない。


 「また卑屈なことを言って、人間の可能性なんてものはわからないんだよ。それに子供は、大人を頼るもんだよ」


 仮にこの人に里親になってもらったとしたら俺は、どうやって恩返しをすればいいんだろうか……。


 「お前に拒否権はないからね。これは、老い先短い老人の我儘わがままさ、そう思って付き合っておくれ」

 「はい……」


 こうして俺は、この老婆もとい芹澤伊織さんに任意後見人になってもらう形で、新生活をスタートすることになった。

 無論、俺の苗字は小鳥遊から芹澤に変わることとなり、いくらか人と接しやすくもなるだろう。

 でも、まだ高校に通う気がしないと素直に打ち明けた俺は、


 「働けば、その間は忘れられるだろうさ。しばらくはうちで働きな」


 と伊織さんに言われて伊織さんのコンビニでアルバイトをすることになった。



 

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