死ぬわけにはいかない……
「うわぁぁぁぁぁぁあああ」
薄暗く、そして広い神殿に俺の声がこだまする。
悲鳴に応える『人間』はいない。なぜなら俺以外は向こうに転がっている。
皆、血を流し、四肢がバラバラにされながら。
なぜ、このような事になったのか。全ては奴のせいだ。
今、俺を追いかけてくる存在。金色の鎧を着た
ナニか。
全身黄金の鎧を纏っている。そしてその顔もまた黄金の兜に覆われており、全く顔がわからない。あの下はどの様な表情をしているのだろうか……弱者を追い詰める恍惚とした表情なのか。それとも禁忌を犯したものに断罪を下すための憤怒の表情なのか。
他には黒い長剣を持っている。禍々しい魔力が溢れている長剣だ。その剣先からは先ほど切り捨てた者たちの血が滴り落ちている。
とにかく俺は逃げる。振り返るわけにはいかない。振り返ったら追いつかれる。
奴は……異常すぎるのだ。
先ほど見せた剣の腕。
Aランク冒険者であったバンを子供の様にもて遊び
そして一刀両断した技。
涙が頬を伝い、涎は止まる事なく出続ける。
あんなのに捕まったら……命が残るはずがない。
「死ぬわけにはいかない……今俺が死んだらリーシアは。孤児院は……」
そんな事を考えながら俺は直走る。
そして、先ほどの出来事を思い返すのであった。
◆
「見ろっ!やはりダンジョンコアだ!」
バンの歓喜の声が響き渡った。
先ほどの扉を進むと、中はどこかの神殿の様な石造りの回廊が続いていた。
俺たちは警戒して進むものの、魔獣やモンスターが現れる気配はない。
俺たちはそのまま、その回廊の先……広く開けている部屋にたどり着いたのだった。
その中央部に『ソレ』はあった。
黄金の鎧を着た『ナニカ』が抱き抱えている様に、支えている。
それこそ、このパーティーが目指していた
『ダンジョンコア』
そしてそれは抱えている黄金の鎧を一層目立たせるように眩い輝きを放っていた。
「……なんか見掛け倒しというか何というか……普通に着いちゃったな」
「……油断すると命を落としますよ……冒険者の基本です」
そう言って笑うイザークにオリバーは眉間に皺を寄せながら注意をする。
それを聞き、イザークは戯けた表情で肩をすくめた。
「ケンカは後回しだ。とにかくあのダンジョンコアを手に入れるぞ」
バンの声が多少震えている。
確かにあのダンジョンコアは普通と違う。大きいだけでなく、輝きが強い……あれば特級品だ。
「あれだけあれば、俺はSランクにもなれるかもしれない……」
そう言ってバンはニヤリと笑った。
バンはダンジョンコアの方に手を伸ばす。その時だった。
ガシャリ。
「は?」
手を伸ばしていたバンの腕が突然消える。いや……引きちぎられた?
「ぐあぁあああああああ!???」
バンの絶叫が響き渡った。
その場にいた全員が視線を向けると、そこには衝撃的な光景が目に入った。
先ほどまでダンジョンコアを抱きしめ、眠る様にその場に屈んでいた黄金の鎧が立ち上がっていたのだ。
そして……その右手にはバンの片腕が。
黄金の鎧の右腕はすでにバンの鮮血に染まっている。そして……黄金の鎧は足元で叫び声をあげながら這いずり回っているバンには目も暮れず。ずっとこちらの方を見ていた。
(なんだよ、あいつ……さっきからずっと俺の方を見ている……?)
「せ……戦闘準備っ!!」
オリバーの声が焦りを帯びながらも響き渡り、その声に呆然としていた全ての冒険者達が我に帰って武器を構える。
「俺の腕……俺の腕がぁ……ぐへっ」
もがき苦しむバンの背中に足を落とした黄金の鎧。
背骨が折れる音と共に、バンは静かになった。
まずい……この状況はまずすぎる。
Aランク冒険者を一瞬で倒すほどの力……あいつにとったら俺なんて羽虫みたいな存在だ……
「皆さん!!私が魔法を放ったらそれが合図です!!皆さん、別方向に散り散りに逃げましょう!!」
その言葉に答えるものはいない。彼の言っているのは、後は運任せ……という事だ。散り散りに逃げるのは的を絞らせないため。後は……自分のところに来るか来ないかは運だ。
「いきます!サンダーアロー!!!」
稲妻が黄金の鎧に落ち、砂煙が舞い上がった。それを合図に、冒険者達もポーター達も荷物を投げ捨てて一斉に逃げる。
(くそっ!!絶対に安全な仕事だと思っていたのに……?)
俺が後ろを振り返ると、そこで見たのは、オリバーの首と胴が離れる瞬間であった。
(ダメだ!見てはダメだ!!)
黄金の鎧の足跡が聞こえる。それと同時に先ほどまで共に過ごしていた仲間達の悲鳴も。
「ぐあっ!!」
「やめ…。やめて。やめっ」
「俺は、こんな、ところで……」
今の声はこの数日間よく聞いたイザークの声だ。彼もまたもやられたのだろうか……
でも俺は振り返らない。振り返るわけにはいかない。
振り返れば、その分走る速度が遅くなる。そうなれば……
「生きて帰るんだ!絶対生きて帰るんだ!!」
自分を奮い立たせるように、俺は大きな声でそう叫んだ。
俺が死んだら、リーシアはどうなる?孤児院はどうなる??死ぬわけにはいかない!!
だが……
カツカツカツ
黄金の鎧の足跡は着実に近づいてくる。機械仕掛けの人形のように正確な足音が大きくなってくる。
他の皆は……
それ以外には何も聞こえないという事は、全員あの黄金の鎧にやられたという事か??
となると…残っているのは俺一人…?
俺は絶望感と戦いながら、足を動かしていくのであった。
◆
今思えば、その時、なぜ気づかなかったんだろう?
この黄金の鎧は、最初から俺を狙っていたのかもしれない。
殺そうと思えばいつでも殺せたはずなのだから。
奴は、他のメンバーを殺し、俺の周りを破壊しながら、確実に『ある部屋』に俺を誘導していたのだろう……
そこは神殿の奥底。ダンジョンコアがあった方向から正反対の方のダンジョンの最深部。
広い空間には何もない。ただ、床の真ん中に……一つの紋様があるのみ。
その部屋に……勢いよく入っていくのであった。