ちょっとアル!聞いてるの!?
「ちょっとアル!聞いてるの!?」
俺の背中から幼馴染のリーシアの声が響く。
「聞いてるよ。大丈夫だって」
俺は彼女のほうを見ず、ひたすらレイド……即ち、ダンジョンの大規模攻略の準備をしていた。
アルというのは俺の愛称だ。アルス、略してアル。
リーシアの声を聞き流しつつ、普段身に着けている革の鎧や小手を磨く。あぁ、この装備品ももうボロボロだな……でも新しい物を買うほどの金はないや……
そう心の中で愚痴をこぼしながら、今度は冒険に行く際に必ず履く、革靴の手入れを始めた。これだけ丈夫な革靴でないと……ダンジョンを踏破することはできないもんなぁ……
「だから……もう冒険者はやめてほしいって言っているでしょ!毎回毎回怪我をして帰ってきて……どれだけ心配すると思っているの!?あなたは『初心者』なんだから……」
何かを言いかけてリーシアはハッとした顔をした。彼女は俺が自分が初心者なのを気にしてる…という事を知っている。だからバツが悪くなったのだろう。まぁ、夢中になって思わず口走った……という方が正解かもしれない。いかんせん、彼女は興奮すると見境がなくなるからなぁ。
対する俺はというとその声を聴いて苦笑し……そして努めて明るい声を上げた。
「いいよ、気にしなくても。事実なんだから」
リーシアは結構気にするタイプだからね……本当は『初心者』なんて言われるとかなり凹むけど、まぁそこは笑って誤魔化そう。
会話を打ち切ると、今度は食料などを入れる腰袋を点検する。本当はリュックのような背負える大きな荷物袋に荷物を入れたいところだけど……俺の役割は「荷物運び」。
依頼主の荷物を運ぶのが仕事だから自分の荷物は最低限のものにしないといけない。
いくらでも荷物が入るマジックボックスでもあれば楽なんだけどなぁ。
ま、そんなもの、一体いくらするんだか。一流の冒険者が持っている様なシロモノだし。
Fランクの俺には縁のない話だよなぁ。
◆
さっきから口うるさく俺に話しかけていたのはリーシア。俺と同じ村出身の幼馴染だ。
年は俺より一つ下。俺にとっては妹のような存在だけど、リーシアにとっては俺のほうが弟のように感じるらしい……うーん、納得できない。
今リーシアはこの孤児院の院長の手伝いをしている。明るくテキパキ仕事をこなすので子供たちのお姉さん役だ。彼女がいないと現在の孤児院は回らないだろう。
「まぁ、今回は安全だよ。なんたってA級ギルドのポーターだ。なんかあったら彼らが守ってくれるさ。それに……」
話が終わってもずっと俺のそばを離れないリーシアに対し、今度は俺の方から声をかけた。
とにかく安全だ、というアピール。
「それひ今回は報酬がいいんだ。このチャンスを逃すわけにはいかないからね」
現在、孤児院に必要なのは金だ。
この前院長から聞いた。正直、現在孤児院の運営はいい状態ではないらしい。
今までは教会や地域の援助で貧しいながらも運営することができた。しかし……今、その援助は微々たるものになっているという。その原因は……
俺は気付かれない様にそっと横目でリーシアのほうを見る。
そう彼女が原因だ。
リーシアの美貌は近所では評判だ。幼馴染の俺から見ても可愛いし美人だと思っている。その気立てもいいから、昔から多くの男に声をかけられていた。
彼女はそんな事どこ吹く風で笑って断っていたけど。
でもそんなリーシアのうわさを聞いてとある貴族の嫡男が愛人として迎え入れたいと言ってきた。その暁には孤児院に多額の寄付をする……と言って。
だがその貴族。非常に評判の悪い男らしい。そうやって権力をかさに女を奪い、おもちゃにしているという噂で持ち切りだ。
そんな奴のところにリーシアを送るわけにはいかない。院長も俺も考えは一致し、その申し出を断った。するとそれに腹を立てたのか、貴族のボンボンは教会や地域の商会などに圧力をかけてきやがった。そのおかげで、今まで彼らの寄付金で成り立っていた孤児院の経営が徐々に成り立たなくなってきたわけだ。
まるで真綿で首を絞める様に……
本当にタチの悪いやつに目をつけられた…と思う。とはいえ、そんなやつに屈するのは絶対に嫌だ。
だから今……俺が何とか稼がないといけない。
たとえそれが危険だとわかっていても……。
リーシアにこのことが知られれば、あいつはあのクソ貴族の元に行くだろう。リーシアは自己犠牲の塊のような性格をしている奴だ。自分のために俺や院長が苦労してるなんて聞いたら、ショックを受けるに違いない。
だから絶対知られるわけにはいかない。
正直俺だって冒険者をやりたいわけじゃない。できることなら故郷の村に戻ってのんびり暮らしつつ、村を再興させたいって願っている。だって俺には「職業」がないんだから。冒険者稼業をこのまま続けていればいつかは命を落とすだろう……とも思う。
「ま、この話はおしまい。明日早いから俺は寝るね。おやすみ」
そういうと俺は無理やり笑顔を作って、そんな暗い思いを押し込める。
そして、一方的に話を打ち切り、笑って自室に戻るのであった。
◆
翌日、太陽がまだ上らない頃。俺は孤児院のドアを静かに開け、そして出発した。
一応、もう子供ではないし、自分の家……と呼べるものでもないけど。部屋はある。でも、この孤児院は今でも俺の帰る場所を用意してくれる。本当にありがたい。
だからこそ……
少し進んでからふと後ろを,振り返る。孤児院は静かなままだ。この孤児院が成り立つかどうかは……俺の稼ぎにかかっている。
朝日に輝く、建物を眺めると……思わず気持ちが引き締まる。
「まぁ、大丈夫さ。今回の仕事はきっと上手くいくはず」
験担ぎのように一言、そう呟くと俺は踵を返して、歩き出す。
そしてこの先に起きる出来事が……俺の運命を180度変えることになろうとは……このころの俺は夢にも思っていなかった。