A/7
一言で片づけるのなら、それは悪夢の類だ。
夜。
月。
崩壊した都市。
そして、巨大な異形……これをどうすれば楽しい夢だと思うことができるだろう。
自分がその異形を倒すことで生計を立てているのだと知るのには、さほど時間が掛からなかった。
アクム。それが異形の名前である。
正式名称はわからない。周りの人間がそう呼ぶので、暁もそう呼ぶようになっていた。もしくは、以前から既に知っていたのかもしれない。
夢の世界での……つまり〝もう一つの光城市〟では、そのアクムを討伐し、それによって政府から得られる報酬で生活をする賞金稼ぎの姿が多く……いや、そういった物騒な人間しかいなかった。
暁もそんな人種の一人だった。
夢を見始めた最初の晩。暁はどのコミュニティにも属さない独り者であった。
とりあえず、あのバケモノを倒すことが自分の仕事だ。暁は一日目、二日目と二体のアクムの討伐にたった一人で成功した。
しかし、三日目の晩に、とある部隊から誘いを受けることになる。
――なぁ小僧、あまり私らの狩場を荒らさないでくれるか。
賞金稼ぎグループ、『鴉』。その団長が、あの三浦幸だったのだ。
始めこそ抵抗をする暁だったが、光城市随一の勢力を誇る鴉である。その徹底された統率力の前に成す術なく屈することとなる。
そして、光城市にいてもよい条件として、鴉に入り、部隊に貢献することを提示されたのだった。
こうして鴉の団員となった暁は、二カ月の月日が流れ現在に至るという次第である。
◇
「――と、まあ、こんな感じで」
言い終え、暁は大きく息を吐いた。通算何回目の説明だっただろうか。
「むむむ……説明が小慣れてきているわね。端折れるところはじゃんじゃか端折ってきて」
「だってみんな知ってんだろ。ビデオテープだったら確実に擦り切れてるって」
「例えが古い! ……まあいいわ。あとは私が補足を加えます」
幸は言いながらノートに目を落とすと、
「まず、〝もう一つの光城市〟でのみんなの立ち位置について。とりあえずは暁。暁はアクム狩りの一匹狼賞金稼ぎとしてこの辺でぶいぶい言わせていた男の子」
「ぶいぶいって……」
「で、私は賞金稼ぎグループ『鴉』のボスとして皆の上に君臨するクールな女ハンター」
「盛り過ぎだろ」
「エロ同人だったら一発で狙い撃ちされそうな感じだな」
「ああ、役満だ」
「エロっ……! そこの男二人! 静かにっ!」
幸は頬を赤くしながら咳き込むと、話を続けた。
「今度はなつきよね。なつきは暁の鴉入団後にパートナーとして、時には暁を支え、また時には暁のサポートを受ける関係。言ってみれば相棒みたいなものかなぁ」
「こいつだけはあんまり性格とか変わらないんだよな。馬鹿っぽいし」
「あー、そういうこと言うともうパートナー解消しちゃうよ!」
「どうやってだよ」
犬歯をちらつかせながら歯ぎしりをするなつきは、まさに犬そのものだった。
「あと、弥一は私の直属の部下であり、暁の教育係。これがなかなかどうして、結構ぴったりなんだよね」
「暁のねえ……」
「……なあ弥一、どうして夢の中でのお前はそんなに暴力的なんだ? その不良っぽい雰囲気がとうとう抑えきれなくなったのか?」
「知るかっつの。お前が俺のことをそう思ってるだけじゃねえのか」
「そんなことはないと思うんだけどなぁ」
この通り、暁の夢の世界での部員の性格は、普段は温厚な幸が冷徹なグループのトップだとか、現実の世界と違うものになっていた(なつきに関しては例外だが)。
「最後に……今回もエマは出てこなかったってことよね」
幸はシャーペンで頭を掻く仕草をすると、ちらとエマに視線を移す。それにつられて暁もエマの方を見た。
「……うーん、記憶の限りじゃいなかったと思う」
「不思議なもんだよねえ、これだけスリープ研の人間が登場してるのに、エマだけが出てこないなんて」
「夢に不思議も何もないだろ。そんなこと言ったら夢での僕たちの並外れた運動神経はどう説明するのさ」
「それはまあ、そうだけどさ……寂しいでしょう! 仲間はずれみたいで!」
「そうだそうだー! 暁は即刻エマちゃんを夢に登場させるべきであるっ!」
「そんな無茶苦茶な……僕だって見たくて見てるわけじゃないんだからな!」
どこぞのデモ行進のような騒がしさでまくし立ててくる幸となつきに、暁がたじたじになっていたところで、
「……すう」
ふと、可愛らしい寝息が聞こえてきた。
三人がその寝息の方に目を向けると。
「すう……すう……」
姿勢よく、椅子に腰かけたまま眠りにつくエマが、そこにいた。
「……さっき見た時は起きてたよね?」
「ああ、起きてた……」
エマの微動だにしないその姿は、西洋のドールの面影を残した日本人形のよう。
しかし、胸は規格外である。パンパンである。
「この様子じゃ、自分が夢の中に出ていないことをひがむなんて、露も思ってないだろうな」
「……そうだね」
これにはさすがの幸も苦笑せざるを得なかったようだ。
「じゃ、じゃあもうこの話はおしまいにしてさ! 別の話題にしよ!」
まだ考察会は始まったばかり、と幸は気を取り直して手を叩いた。
「今度は――」
……結局、その後も幸の突拍子もない議題に振り回された部員たちは、ああでもないこうでもないと議論を交わし、その日の部活はお開きとなった。
「だからさ、どうしてアクムが現れるのかとか、アクムは何がしたいのかとか、向こうの光城の人間ですらよくわかってないことを僕たちが考察したってしょうがないんだよ」
「だって気になるじゃなぁい。こういうのはいかに自分の妄想力を爆発させるかに限るんだから」
時刻は午後六時を過ぎる前。暮れなずむ校門前で、幸は今一度悔しさを滲ませていた。
「確かに、『宇宙人は本当にいるのか!?』みたいなテレビを見てるみたいで俺は楽しかったぞ」
「弥一までそんなことを言う!」
「でも、俺には幸さんの言う妄想力ってもんが皆無だからよ。端から見てるくらいが丁度良い。幸さんの『アクムUMA説』もなかなかに心躍ったよ」
「そうでしょう! さすが弥一、わかってるね!」
「おだてるのもそれくらいにしといた方がいいぞ弥一。幸は乗せれば乗せるほど調子に乗る」
「そりゃ乗りまくりだ。積載オーバーだな」
「おーい、失礼だぞ君たちー」
二人の会話に苦笑する幸。ここで、
「それじゃ、あたしは帰ります。エマちゃん、一緒に帰ろっか」
「あ、うん。また明日ね」
「失礼します」
エマはぺこりと頭を下げると、律動的な歩き方でこの場を後にしていった。それを追うようにしてなつきは駆け足で去っていく。途中、こちらを振り返りながらぶんぶんと手を振っていたようにも見えるが、いちいち反応してやることも面倒だったりする。
そんな二人の姿が小さくなったのを見て、
「……じゃ、解散の空気みたいなんで、俺も帰りますわ」
弥一は大きく伸びをしながら言った。
「そうだね。弥一くんは帰る方向違うし、ここでお別れだね」
「ゲーセンとか寄らずに真っ直ぐ帰れよ」
「学級委員長はそんな風紀の乱れたことはせん」
「はいはい」
弥一はふんと鼻を鳴らして笑うと、ぷらぷらと手を振りながら歩き出した。その後ろ姿は完全に不良のそれなのだが、本人は本当にその自覚はないのだろうかと疑問に思ってしまう。
随分と前から校門前には部員の姿以外に人影はなかった。辺りはいよいよ黒の面積が大半を占めるようになってきている。
「暗くなってきたね。私たちも行こうか」
夜が来る。
あの夢を見るようになってから、暁は夜に自分が外にいることを不安に感じるようになっていたが、なぜだか他の人間には言っていない。
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