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「ていうかさ、僕らの真後ろにいたのなら声くらい掛けてよ」
「どうせ部活に行くのだろうと思ったから、あとで言おうと思って」
「じゃあ、エマも部活に行こうと?」
「うん」
取り越し苦労だったな、と暁はホッと安堵の溜息をついた。
エマの加わった部員四人は、波乱の一年生B棟廊下を抜け、そこから一気に四階まで駆け上がる。三年生の教室のあるフロアだ。
と言っても、B棟四階に三年生の教室はない。ないと言うよりは、空いていると言った方が正しい。
近年の少子化問題がいよいよ顕著に表れてきているのか、光城市の未成年者の人口は著しく減少の傾向にある。光城高校のみに限った話ではあるのだが、暁たち一年生の世代は豊作だったらしく、五組までクラスを編成できるほどに生徒の数が多かった。
しかし、それより前の世代になるとなぜか出生率はがくんと落ちる。二年生は三組まで、三年生に関しては二組までしかクラスを編成できていない始末だった。つまり、B棟の三階、四階は空家、もぬけの殻状態なのだ。
「なんだか静かだね……」
なつきの声が嫌に響いた。人通りの全くないB棟四階の廊下はしんと静まり返っており、居心地の悪さどころか、いますぐここから立ち去るようにとでも言わんばかりの威圧感を放っているようにも感じる。
「いつものことだろ」
暁はふんと鼻を鳴らして、上がってきた階段から一番近い教室の扉に手を掛けた。そこはもちろん空き教室。本来ならば三年八組としてその役割を果たすはずだった場所に、ノックもせずに足を踏み入れる。
瞬間、うだるような廊下の暑さとは正反対の冷気が、三人の体を包み込んだ。
教室は施錠がされていなかった。誰一人としてそれを疑問に思わないのは、ここが自分たちの部活動場所だということを知っているから。
「とうちゃーく! うひょー! すっずしー!」
「お、ようやく来たねー、待ちくたびれたよー」
〝元〟三年八組の教室内は、五つの机と椅子以外は何もない、殺風景な空間だった。
「四時九分。そこまで待ってないだろ」
中央に四つの机を向かい合うようにして並べ、そしてここにもう一つを加えたお誕生日席で文庫本をめくっていた彼女――三浦幸は、んー、と体を伸ばしながら言った。
「細かいことはいいの。さあさあ、部活を始めましょう」
光城高校スリープ研究部。それが彼らの所属する部活の名前である。
当校には部活動というものが存在しない。
言った通り、近年の生徒数の減少により、満足にメンバーを集めることができないのが原因である。そのため、幸を始めとするこの部活メンバーも、当初は何か学校のコミュニティに所属することなど微塵も考えていなかった。
しかし、暁の見るようになった夢がきっかけとなり五人は集まるようになる。
高校三年間を無意味に過ごすはずだった幸。嬉しかったのだろう、彼女の一声でこの部活、もとい同好会は発足した。
始めに暁の隣の席に座る小林なつきを誘い、
中学時代からの親友、暁の良き理解者でもあった渡辺弥一を次に誘い、
そして最後になつきの友達であった志村エマが加わり、現在に至ったというわけである。
「よし、準備はいい?」
光城高校スリープ研究部部長、三浦幸は大学ノートを軽快に開き、くるりとシャーペンを回すと、
「これより、スリープ研定例考察会を始めます」
「……あのぉ、幸先輩? 定例って言ってますけど、このコウサツってやつ、毎日やってないですかぁ?」
「ほら、やっぱりこうなる」
仰々しく言った幸の言葉とは裏腹に、若干名の部員からは開始直後に非難の声が。
「い、いいのっ! こういうのは毎日の積み重ねが大事なんだから! ねえ弥一!」
「えええ? 俺に振らないでくださいよ」
「じゃ……じゃあエマ!」
「私はサチさんがそう思うのなら、それに従う」
「はい賛成頂きましたー! というわけで考察会を続行しまーす! そしたらまずは――」
言いながら即座にノートをぺらぺらとめくる幸の姿は、とても苦しかった。
「――そう! 暁が見ている夢の世界が、どういうものなのかを説明してもらいます!」
「げえ……またかよ……」
げんなりとする暁。それも無理はない。部活のある日……つまりほぼ毎日、彼は自分の夢の〝あらすじ〟を部員に説明しているのだから。
聞く方も聞く方である。既に視聴済みのアニメの内容を、最新話まで毎度毎度説明されるようなものだ。
「別に昨日の内容だけ話せば……」
「共通理解を深めることも大事なの! ねえエマ!」
「サチさんがそう思うのなら」
完全にエマを味方に付けたと思っている幸は、弥一の反論を押しのけてここぞとばかりにエマに同意を求める。
「というわけで、さあ暁、さっさと説明よろしく!」
ウィンクをしながらぐっとサムズアップする幸を見て、
「……はぁ、もう」
暁は大きく溜息をついた。
そして、ここ二カ月ほど見続けている不可思議な夢の話を、話し始めたのだった。
「じゃあ、ここにいる全員、本当に耳にタコができているほど聞いたと思うけど――」
なんともまあ平和な世界だな、と他人事のように考えながら。
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