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A/3

 暁たち一年生の教室は四棟あるうちの一つであるA棟の二階に並んでいる。三階、四階は二、三年生の教室のある階ため一年生が寄り付くことはまずない。


 自分の通っている学校なのに、まるで上の階からは違う施設なのではないかと思ってしまうこの感覚は、新しい環境に飛び込む者にとって避けては通れない道である。


「セーフ」


 暁が教室に入ると、九割以上、いや、暁を除く全てのクラスメイトが既に到着していた。


 そこには仲良く話をするグループや、今日までに済ませておかなければいけない課題を血の気の引いた目で終わらせようとしている者など、いつもの朝の風景がそこにはあった。


「おっはよー、暁。今日も相変わらずの土壇場登校だね」


 そんな暁を出迎えたのは一人の女子生徒。にしし、と八重歯を覗かせながら見せる笑みは、高校一年生ながら、まだまだ幼さを残している。


「わざとじゃない。僕だって起きられるのなら早く起きたいんだ……あ、それと……」


「ん?」


「……おはよう」


「なっ!?」


 悪ガキのような笑みを浮かべていた女子生徒は、今度は打って変わって青ざめる。


「あの暁がおはよう……? 一体どういう風の吹き回し? あ、もしかして昨日エッチな夢でも見て気分がいいからとか?」


「なわけあるか! それに、なつきは僕の夢の仕組みがわかってるからそんなことが急に起きるわけがないって知ってるだろ!」


「冗談だってばぁ、暁くんはジョークが通じないなぁ」


「悪かったな!」


 暁はそう言い散らかしてずんずんと自分の席へと向かう。しかし、暁がなつきと呼んだ女子生徒も暁の後ろをついてきた。


「なんだよ……ついてくるなよ」


「いや、だって隣だし」


 軽くそう言うと、なつきはごく当たり前に暁の左隣に着席をした。


「う……」


「まあそうヘソ曲げないでよ。あたしは嬉しいんだよ。ようやっと暁が素直な男の子になってくれたことがさ」


「お前は僕の何なんだよ」


 嘆息する暁をよそに、なつきは頬杖をつきながらもう一度人懐っこい笑みを浮かべるのだった。


 小林なつき。それが暁の隣に座る女の子の名前である。


 肩口辺りまで無造作にカットされたショートヘアー、そして犬か猫か……いずれにせよ小さな獣を連想させる八重歯は、少なくともこの少女がおしとやかな人間ではないという印象を抱くには十分すぎる材料だった。


 現に暁の中でなつきは落ち着きのない女だというイメージがこびりついてしまっている。その明らかに気を遣っていない髪の毛や行動をもう少し改めれば、今の美少女具合に更に拍車がかかるのにな、と暁は思う。


「……まあ、昨日はなつきのサポートがあったからうまくいったし、そんなことは言えないか」


「え? あたし暁に何かしたっけ?」


 暁がぼそりと独りごちたのを、なつきは耳ざとく拾う。


「猫かよ」


 どうやらその八重歯は飾りではないらしい。


「いや、なんでもない。夢の中での話だよ」


「ああ、なるほど。まだ続いてるんだ、その夢」


「だからここのところ寝た気がしなくてなぁ。ふぁ……」


「毎回同じような夢を見るのって、何かを暗示してるって幸さんが言ってたよ」


「まさか。あんなふざけた怪物が現れるなんてあり得ないよ。この光城市だって再起不能なくらい崩壊しちゃってるし」


「わからないよぉ。平和っていうものは常にいろんな奇跡の積み重ねによって成り立ってるんだからね。そのどれか一つが消えちゃったら、それだけでバランスが取れなくなってダメになっちゃうの」


「……どうしたのさ、急にそれっぽいこと言い出して」


「って、それも幸さんが言ってた!」


「そうかい……幸め」


 しかしながら、あの夢までとは言わずも、もう少し緊張感のある世界になってもいいのではないか。夢を見始めてから、暁はたまに心の隅でそう考えていた。


「あ、そうだなつき。今日も放課後、部活あるってさ」


「ん。はいよー、今日は何するんだろうなぁ」


「僕の夢のおさらいとか言ってたな」


「またぁ? ほんと幸さんはそういう考察みたいなこと好きだよね」


「面倒見がいいというか、几帳面というかね……あだ!」


 その時、苦笑いを浮かべていたところで、二人の頭に衝撃が走った。


 突然のことに何事かと二人は後ろを振り返る。


「いたたぁ……なになにぃ?」


 そこには長身の男子生徒が、丸めたノートをぽんぽんと手に乗せながら、したり顔で暁たちを見下ろしていたのだった。


「って、弥一(やいち)! なんなのさー!」


 なつきはそう言うと、彼女の脳天目がけてノートを振りかざした張本人に両手を上げて猛抗議。


「八時二十九分だ。チャイムが鳴るぞ」


「あと一分あるもん! いいじゃんか!」


「あ、三十分回った」


 同時に鳴り響く始業のチャイム。


「う……」


「そういうわけだ。静かに頼むぞ」


 とん、とノートを手に乗せると彼は自分の席に戻って行った。


「くそー! この独裁学級委員長めー!」


 なつきはそんな捨て台詞を吐き、頬を膨らましながら机に突っ伏してしまった。


 そんななつきを横目にしながら、暁は思い出したように、


「あ、弥一」


「ん?」


「幸から伝言。今日も部活だってさ」


「了解了解。行くよ」


 独裁学級委員長、もとい渡辺弥一はふらふらと手を振り、それに応えたのだった。


ここまで読んでいただきありがとうございます。

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