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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

昔話絵本風架空歴史短編「群咲辞賦(むらさきじふ)」

作者: 上野伊織

「なろう」初投稿作です!

このお話は、昔話絵本風の架空歴史短編です。

絵本、絵物語を想定して書いてあるので、「節」で区切られています。

日本風の平安時代風の設定ですが、フィクションですので、実在するものとは一切関係ありません。

群咲辞賦むらさきじふ


※本作は絵本、絵物語を想定して書かれています。文頭の数字は第何節かを表しています。

※この話は日本風の平安時代風なフィクションです。



01

 何時の御代のことでしょう。

 朱雲帝あけぐものみかどの父皇・緋葉帝ひようのみかどは、帝位をめぐって兄弟たちと激しく争い、末弟・鈴白親王すずしろのしんのう以外の兄弟を皆殺しにして帝位を奪いました。鈴白親王も辺境に遠ざけられました。




02

 緋葉帝の唯一の皇子・朱雲帝の時代になりました。

 朱雲帝には、多くのお妃様達がいました。しかし、生まれてくる子供は姫君ばかり。

 男皇子が生まれないのは先帝に殺された親王達の祟りに違いない、と噂されました。




03

 朱雲帝の臣下達は、もしこのまま男皇子が産まれなければ、次の帝は【女帝】でも良いと考えました。

 要は、入内させた自分の娘の産んだ姫の後見人として、その姫が女帝になった時に権力を握れば良いのです。




04

 そんな中、朱雲帝のもとに、見世物として山で捕らえたという鬼の女がやってきました。

 皆、物珍しさに鬼の女を見ましたが、やはり気味悪く思って、大して関わろうとしませんでした。

 しかし、朱雲帝は、その鬼の女の美しさに関心を示し、手許に置くことにしました。

 しばらくして鬼の女は帝の子供を産みました。




05

 鬼の女が産んだ帝の子供は何と男の子でした。しかし、帝は喜んでばかりはいられませんでした。産まれた男の子には鬼の角があったからです。

鬼の子供を東宮(太子)にするわけにもいきません。それに、男の子だと他の妃達、臣下達に知られては、命を狙われるに違いありません。

 鬼の女は帝の許から離れて、都のはずれの小さな家に産まれた鬼の子と隠れ住むことになりました。




06

 しかし、朱雲帝が寵愛した鬼の女が異形の皇子を産んだらしい、という話は、他の妃達、臣下達にすぐに広まってしまいました。

 朱雲帝は「産まれたのは女の子だ。それに後ろ盾のない娘を他の立派な家柄の妃の娘と同列に扱うつもりはない」と言って、一応の援助は与えたものの、鬼の女と鬼の子を、表向きは見捨ててしまいました。




07

 鬼の女と鬼の子は貧しいながらも、しばらくは母子助け合って都のはずれの家で暮らしました。しかし、帝の血を継いだ子供であることは事実。何度も刺客に襲われ、その度に鬼の女は我が子を守って戦いました。

 そんなことが続き、やがて鬼の女は心労で病になり、子供を案じながら、亡くなってしまいました。




08

 都の方でそういった事がある一方。

 辺境の小さな藩の主・村崎鳴滝むらさきのなるたきは、かつて都で失脚し、この地に流された亡父の名誉回復と、貧しい領地領民を憂い、何とか家名を上げたいと思っていました。

 そこで、産まれてくる自分の子供を厳しく育て、都で名を上げさせようと考えました。

 ところが、鳴滝は息子を望んでいましたが、産まれたのは女の子でした。




09

 産まれた娘には稀な神通力があり、その後に生まれた子供は次々に夭折したため、鳴滝はその娘を男として扱う事にしました。

 娘は硝子しょうしという名前でしたが、鳴滝は清水しみずという名前で呼び、剣術と方術を叩き込み、清水は幼いうちから優れた式神使いになりました。




10

 家名を上げるべく、成長した清水は、都の方術師の許で男として奉公にあがり、その強力な神通力はすぐに方術師の間では有名になりました。

 しかし、清水が本当は硝子という娘であることは、ほとんどの人が気付きませんでした。

 清水も父の命の下、役目を全うすることだけを考えていました。




11

 ある日の事、清水は式神の少年・藤丸ふじまると、禍の精霊退治の帰りに、都はずれの近くの小川沿いを歩いていました。

 何人かの通行人とすれ違いましたが、その中で、目深に笠を被った通行人の妖しい気配に、清水と藤丸は気づきました。




12

 藤丸が言いました。

「清水様、あの笠の女人は鬼の気配がします」

「私も同じように感じた」

「どういたしますか?」

 悪事を働くような鬼であれば、方術師として清水は退治しなければなりませんが、都のはずれとはいえ、都近くに鬼が居るのもあまり望ましいことではありません。

「尾行しよう」と清水は言いました。




13

 清水と藤丸は笠を被った女の後をこっそりとつけて行きました。

 しかし、女はしばらく歩くと人気ひとけのない方に足を向けました。そして辺りには他に人が居なくなりました。

 これでは尾行がしにくい、と清水が思っていると、笠の女は進行方向を変えて、清水の方に近づいてきて言いました。

「私に何か御用ですか?」




14

 清水は尾行がバレてうろたえましたが、女からは確かに人ならざる鬼の気配がしました。清水は言いました。

「藤丸、今だ!」

 いつの間にか女の背後に移動していた藤丸が、女の笠をはぎ取りました。




15

 笠をはがされた女は驚き、とっさに着物の袖で顔を隠しましたが、そこには鬼の角が生えていました。

「人間の都で鬼が何をしているのだ? 正直に言えば良し。ただし返答次第では容赦せぬぞ」

 清水の言葉に、正体を暴かれた鬼はしばらく黙っていましたが、やがて口にしたのは、清水の思いもしない言葉でした。

「人間など了見が狭い生き物だが、昨今は礼儀も知らぬとは呆れたものだ」

 清水は驚きました。清水に聞こえたのは、落ち着いた低い声で、顔はまぎれもない男だったのです。




16

 清水が思いもしない光景に言葉を失くしていると、女装の男鬼は藤丸の奪い取った笠を乱暴に取り返して被ると、言いました。

「私の隙をついて笠を式神に取らせるとは、かなり稀な力を持つ方術師のようだな。私の正体を一見して暴いたのも、お前が初めてだ。私に油断があったとはいえ、大したものだ。だが、女の格好をした者の笠をはがすとは、失礼にも程があるぞ」




17

 清水は言い返しました。

「鬼が女装をし、顔を隠して人の都の近くを歩く方が大いに疑うべきだ。何を企んでいる?」

「つくづく失礼なことをいう奴だ。私は産まれた頃からこの近所に住んでいて、時々この小川に散歩に来ているだけだ。人間が恐怖しないように配慮して女装までしているのに」

 そして、清水を睨みつけて言いました。

「私の正体をバラしたら、貴様を殺す。命が惜しければ、私を怒らせるな」




18

 清水は脅迫に屈するつもりはありませんでしたが、鬼だからというだけで乱暴な手段に出たことは悪いと思いました。そして、都のはずれに住んでいるという男鬼のことが気になって、訊いてみました。

「確かに、私の方が失礼だった。謝る。しかし、鬼が何故に人の都のはずれに住んでいるのだ? しかも『産まれた頃から』と言ったな。鬼が人の都のはずれに何故隠れ住むのだ?」

 そこで、清水は男鬼を改めて見て気づきました。

「貴殿、鬼と人の間に産まれた者か?」

 男鬼は肯定も否定もしませんでしたが、明らかに気分を害した様子で清水を見ていました。




19

 悪いことを訊いてしまったかな、と清水は思いました。

「悪かった。貴殿にも事情があるのだな。鬼と言えど全ての人間の害になるとは限らぬし、貴殿がこの近所で静かに暮らしているのであれば、それを乱すことは悪いことだ。貴殿のことも、正体も、今日の事も、他言せぬ。約束する」

 清水の言葉に男鬼は少し感心したようでした。

「案外、話の分かる人間のようだな。面白い」

 そして言いました。

「お前に興味が湧いた」




20

 男鬼は清水に言いました。

「私は芙蓉ふようという。お前の名前は?」

村崎清水むらさきのしみずだ」

「……そうか。では清水、私はこの先の【朝顔の家】と呼ばれる家に住んでいる。たまには人間と話をするのも良さそうだ。良ければ訪ねて来るがいい。他言されては困るが、方術師ならば鬼の暮らしにも興味があろう」

 清水は少し迷いましたが、興味の方が上回りました。

「では、今晩いくことにしよう。勿論、他言はしない」

「そうか、では歓迎しよう」

 男鬼・芙蓉はそう言うと、笠をまた目深に被り直して立ち去りました。




21

 式神の藤丸が声を上げました。

「清水様、本当にあの鬼の家に行くつもりですか!?」

「まあ、行ってみても良いかな」

「何を呑気な事を! 相手は得体の知れぬ鬼ですよ。清水様に何かあったら、僕は父君様に何と言えば……」

「大丈夫だよ、藤丸。悪い事をしている鬼ではなさそうだし、私もあの鬼に興味がある。それに、あの鬼一人を前に恐れていて、村崎家の再興なんて無理だよ。私はもっと強くならないといけないのだから」




22

 夜になって、清水は土産の酒を持って、都のはずれにある【朝顔の家】を訪ねました。清水は門で声をかけてみました。すると女房がひとり出迎えに出てきました。

「村崎清水と申す。芙蓉殿はいらっしゃるか?」

「姫様から清水様の事は伺っております。どうぞこちらへ」

「姫様」と女房が呼んだり、女装したり、芙蓉は自分を女という事にしているらしい、と清水は気付きました。一体どうしてそんな事をしているのだろう? と思いました。

【朝顔の家】の中に案内され、清水は奥に進みました。外観は貧しい家でしたが、中はきれいに整えられて、豪華ではないけど住みやすそうな家でした。




23

 主人の部屋に通されると、其処には芙蓉が居ました。清水がやって来たのを見て、女房に短く「ご苦労」と言うと、清水が驚いたことに、女房が一枚の紙人形に変わりました。

「今の人、式神だったのか。気付かなかった」

「どうやら父方の血筋に時々強力な神通力を持って産まれることがあるらしい。それで、私も式神くらいは扱えるのだ」

「お父上はどのような方か訊いても良いか?」

「父とは、その……折り合いが悪いのでね」

 そういう事情ならばと清水は追及しませんでした。




24

 清水は席に着くと早速芙蓉に訊いてみました。

「その、芙蓉殿はどうして鬼なのに人の都で暮らしているのか? それに何故女装とか、先程も式神の女房殿が『姫様』と呼んでいた……何故女のフリをするのだ?」

 芙蓉はすぐには答えません。そして、逆に訊いてきました。



25

「私も気になることがある。どうして清水は、女であることを隠し、男のフリをしているのかな? 何か重大な理由があるのだろうが、お前を女と気付いている者は少なそうだ。だが都で評判の方術師が性別を偽っている。もし誰かに気付かれたら……現に、私は気付いたが、多少厄介な事になりそうだ。其処にどんな事情があるか、是非知りたい」




26

 性別を見破られた清水は狼狽しました。芙蓉の言う通り、都人にバレては、村崎家再興の妨げになりかねません。

「芙蓉殿、どうか、其の事は秘密にしておいていただきたい。私は男としてどうしてもやらなければならぬことがあるのだ」

 芙蓉は鋭い視線で清水を見て言いました。

「素直に事情を話せば、場合によっては秘密を守らんこともない」




27

 清水は仕方なく事情を話す事にしました。

「私の祖父は緋葉帝の弟で、緋葉帝が兄弟を皆殺しにした時、まだ幼いので慈悲をかけられたが、辺境に追いやられてしまった。祖父から父に代が変わっても我が領地領民は貧しく、何とか祖父の名誉を回復して家名を上げたいのだ。だが、父の子供で成長できたのは私だけ。他の弟妹は死んでしまった。だから私が男になった。女では我が家の再興は男であるより難しいからだ」




28

 芙蓉は御家再興に必死になる清水の気持ちがあまり分かりませんでした。

「お前が都で功名を上げれば、村崎家の名も上がる。それでどうするつもりなのだ?」

「都の高官と縁を得る」




29

「権力のためか」

 芙蓉の声音にわずかに嫌悪感が滲みました。

「そうではない。いや、権力を得る必要もあるが、最たる目的は食糧不足や医師もいない辺境の村民を救う義務が領主にはあるのだ。たとえそれが、我が家のような没落している家だとしても」




30

 なるほどな、と芙蓉は小さく言いました。

 しかし、いくら清水の神通力が高くても、女が男のフリをして功名を上げるなど、無理があるように思えました。

「お前、男のフリをし続けて、つらくないのか?」

 清水は肩を落としました。

「私の考えなど、領民の苦しみの前ではどうでも良いのだ。父上のお考えに従い、私がお役目を果たせばよいのだ」




31

 嘆かわしい、哀れだ、と芙蓉は思いました。しかし、領民のために必死になる清水に感心もしました。

 芙蓉は、人間とは権力を得るためには手段を選ばず、自分達と姿形の違う者は、違うというだけで平気で殺そうとする非情の生き物だと思っていたからです。

 清水は芙蓉の考えている人間とは違うように思えました。




32

 朱雲帝の娘、ななひめは、左大臣の家柄の妃の娘で、次の女帝の有力候補でしたが、本人はおとなしく、少し気弱な気性で、また、母妃の実家からの過剰な期待もあり、重責に苦痛を感じる日々を送っていました。




33

 次の女帝の有力候補ということもあり、七の姫も度々政敵の刺客に襲われていました。

「私は女帝などなりたくない。静かに暮らしていたいのに……」

 七の姫は望まぬ日々に、唯、暗澹たる気持ちで過ごしていました。




34

 七の姫の母妃も、娘を案じて、実家の左大臣である父が政敵達と争い、謀略を巡らせ、時に刺客を放つなどの事を良く思っていませんでした。

 しかし、七の姫も母妃の気持ちも、権力の拡大にしか頭にない左大臣には届きません。




35

 朱雲帝は、そんな七の姫と母妃の理解者でした。

「予もできれば姫には命を脅かされることなく、幸せになってほしい。だが予の言葉も、今の左大臣には届かないのだ。不甲斐無い父を許しておくれ」

 朱雲帝さえも、臣下である左大臣達の行いが、恐ろしかったのです。




36

 数度の邂逅を経て、清水と芙蓉はすっかり打ち解け、清水が連日、土産を手に【朝顔の家】に訪ねるのを芙蓉は喜んで迎えるようになっていました。

 ある日、芙蓉はこんなことを言いました。

「清水は女の格好はしないのか?」

 清水は首を振りました。

「女の格好はした覚えがない」

 芙蓉は何か少し考えてから、言いました。

「女の格好をしてみろ。其れが似合えば、宮中に知己を得ることができるやもしれぬ」

「本当に!?」

「まずは着替えてみろ」




37

 芙蓉に言われて、清水は芙蓉の式神の女房・睡蓮すいれんに女の着物を着せてもらう事になりました。男として育てられたので、女の着物を清水は着たことがありません。きっと似合わないだろう、と清水は思いながら、恐る恐る着替えて芙蓉の所に行きました。すると、芙蓉は驚いたように言いました。

「見違えたな。美しい。男の姿よりずっと良い」

 実際、清水は美しい姫に見えました。

「『清水』は男の名前だな。女の名前が必要だが……」

 清水は言いました。

「『硝子』だ。産まれた時の女の名は硝子」

「良い名前だな」




38

「それで、この格好で如何宮廷人とよしみを得る?」

 清水は村崎家再興のためにも興味津々です。

「……とりあえず」

 芙蓉は女の着物を着た清水を一度見て言いました。

「私は時々宮廷に人に会いに行くことがある。その時同行するがいい」




39

 芙蓉が清水をどこかの姫として宮廷の高官の目にとまらせようとしているのは、清水にも分かりました。確かにその方法も良い方法でした。高い位の人の寵を受ければ、清水の望む事をお願いする事もできそうです。




40

 それは新月の真っ暗な、清水には気味悪く思えるような夜でした。

【朝顔の家】で睡蓮に着付けしてもらい、清水は芙蓉に従い、宮殿の裏門を訪ねました。

 門番が誰何しましたが、芙蓉が何か告げると、ふたりは裏門から中に入れてもらえました。いくつもの建物を通り、奥まった暗い部屋に芙蓉と清水は通されました。そこは御簾で仕切られた謁見の間でした。上座の様子は清水には見えません。




41

 御簾の向こうに誰かが座る気配がして、この不思議な夜の謁見が始まりました。直答は許されておらず、間に近侍らしき男が一人いました。「変わりないか」と問われ、芙蓉は答えました。

「其れが私にとっての幸福な日常。御聖恩をもちまして」

 傍らに控えていた清水は驚きました。芙蓉が話しているのは帝だと分かりました。




42

 芙蓉達の話は淡々と続きました。礼節を守った無個性な会話。それが終わりかけた時、近侍が帝の言葉を清水の方に向けて発しました。

「いつもの女房ではないな。それは式神か? 人の女か?」

 芙蓉の返答の声がわずかに低くなったように清水には思えました。




43

「類稀な美しい人の女であると申し上げたとしたら、聖上はこの者をどうなさるおつもりですか?」

 御簾の向こうからすぐに返答はありません。しかし、儚い笑顔の芙蓉の目が笑っていない事はその場にいる全員に分かりました。

しばらくして帝は「深い意味で訊いたのではない。いつもと違う女を連れているのは何故かと思っただけである」と言い、その言葉で謁見は終わり、朱雲帝がさっさと御簾の奥から立ち去ったのが、清水にも分かりました。




44

 宮殿から帰ろうとする芙蓉に、清水は何を言えば良いのか分かりません。何故、芙蓉が朱雲帝と秘密に会っているのかも、清水には分かりません。

 それに、その時の芙蓉は機嫌が悪そうで、清水は声をどのようにかければ良いのか迷いました。




45

 芙蓉はやがて口を開きました。

「硝子が朱雲帝の目に留まれば女として後宮で権力を得ることもできる。お前の家も大切にされる、と思ったが……。つい、私はお前に関心を示した帝を睨みつけてしまったかもしれない。……何故そんなことをしたのか……」




46

「清水にとって、いや、女の硝子が朱雲帝の寵愛を受けるのは、果たして幸せなのか、そんなことを考えてしまった。自分でも、何がしたかったのか……」

 芙蓉はそう言ってため息をつきました。

「何が清水のためになるのか、途中で分からなくなってしまった」

 清水は言いました。

「……私も、分からない」




47

 村崎家のためならば清水は何でもするつもりでした。芙蓉の言う通り、朱雲帝に直接取り入るのは絶好の機会だったかもしれません。しかし、芙蓉が清水を、女の硝子として朱雲帝に差し出さなかった事に、清水は安堵し、嬉しく思っていたのでした。

 自分は、本当の硝子である自分は、芙蓉と一緒に居たいと思っているのかもしれない、と清水は思いました。




48

 それは、女の硝子が、芙蓉の事を好きだという事なのでしょうか。

 清水の心の底が、何か大きく揺らいだように、清水は思えました。




49

 裏門から帰ろうとする芙蓉と清水は、闇夜に何かの悲鳴を聞きました。それに続いて、物が壊される音と子供の叫び声。

「芙蓉、子供の声がした!」

 芙蓉は関わるべきではない、と清水に言えませんでした。清水の真剣な目に圧倒されたのかもしれません。

「こっちだ」

 芙蓉は後宮の方に走り出しました。迷うことなく奥に進みます。




50

 たどり着いた場所は大変なことになっていました。黒装束の刺客の足元に倒れ伏した女房達。そして今まさに殺されようとしている貴婦人が娘の姫を抱きしめて震えていました。

 芙蓉はそれを見るなり、刺客に飛び掛かり、強烈に蹴りつけました。刺客は凶器を持っていましたが、枯れ枝のように折れて、刺客の身体も宙を跳んで床に叩きつけられました。

芙蓉が鬼である故の力で清水は目を瞠りましたが、すぐに恐怖に震えている妃と姫に駆け寄って「もう大丈夫ですよ」と優しく言いました。




51

 しかし、妃は強張った顔のまま、恐怖を顔に張り付かせたまま、清水の差し出した手を払いのけました。芙蓉の力、そして顔、鬼の角を見て、とても自分達の味方とは思えなかったようです。

 しばらくして、騒ぎを聞きつけた後宮の者達がやってきました。そして更に其れを押しのけるように「妃、七の姫!」と叫びながら男が入ってきました。其れを見た妃は「聖上、聖上」と言いながら、その腕に縋りつきました。朱雲帝だったのです。




52

 襲撃現場に左大臣もやって来て、床に倒れた刺客は連行されていきました。一応、妃と七の姫の証言で、芙蓉と清水はふたりを救ったと証言してもらえましたが、朱雲帝と左大臣は、それぞれ好意とは言えない視線を芙蓉と清水に向けていました。そして朱雲帝は芙蓉に言いました。

「お前のようなものが来て良い場所ではない。わきまえろ」

 そう言って、芙蓉と清水を追い払いました。




53

 しかし、芙蓉と清水の去り際、七の姫がふたりに言いました。

「ふたりとも、ありがとう」




54

 ……その場にいた各人は、その言葉に何を思ったでしょうか……。




55

 芙蓉と清水はふたりとも黙って、【朝顔の家】に戻ってきました。清水は元の狩衣に睡蓮に着替えさせてもらいました。

 何だかこの夜は、目まぐるしい夜だった、と清水は思いました。

 芙蓉は男装に戻った清水を一度見ると、清水に言いました。

「冷遇されるのは今に始まったことではない。人の都に私のような鬼が何故居られるのか……それは、帝がそれを知っていて、この【朝顔の家】は朱雲帝の持ち物だからだよ」




56

「今日は、何だか大変だったね……」

 少し疲れを感じながら清水は言いました。

「芙蓉は……すごく強くて、驚いた」

 芙蓉は小さく苦笑し、浅く頷きました。

「本当の鬼は人間より強い。お前が女らしくすれば、守ってやるぞ」

 芙蓉はからかうように言いました。




57

 清水は慌てて言いました。

「私は、男として村崎家の再興に尽力するのが役目なのだ」

「そうだったな」

 それ以上、芙蓉は何も言いませんでした。

 清水も何も言いませんでした。

 しかし、「村崎清水」として生きてきたけれど、本当の自分である「硝子」を見てくれるのは、この世で芙蓉だけでした。

 清水は自分のことが少し分からなくなっていました。




58

 それから数日すると、芙蓉は元通りに戻って、訪ねてきた清水を男の清水として歓迎し、睡蓮も藤丸も交えて楽しく過ごしました。

 睡蓮は藤丸が愛らしく気に入ったようで、弟のように可愛がっていました。

 しかし、各々の式神の主人達の方は、どこかギクシャクしているように睡蓮と藤丸には思えました。




59

 一方、左大臣は、心穏やかならぬ日々を過ごしていました。七の姫と母妃を狙った刺客は右大臣の手先だと分かりましたが、もうひとり留意すべき者が居ました。

 左大臣も、昔、朱雲帝が鬼の女を寵愛して男の子を産んだ話を勿論聞いていました。朱雲帝は「産まれたのは女の子で、後ろ盾のない者は自分の子供とは認めない」と言っていましたが、帝の胸一つで心変わりするかもしれないし、件の鬼の子が刺客から七の姫を守った事実も、場合によっては左大臣の失脚を望む者に利用されてしまうかもしれません。




60

 疑心暗鬼になった左大臣は、かくなる上は【朝顔の家】に住むと言われる鬼を殺してしまおうと考えました。

 そして、刺客に命じているところを七の姫が影で見ていました。

 七の姫は、鬼とはいえ、自分の命を助けてくれた者を左大臣が殺させようとしているこの状況を、放っておけば取り返しのつかない事になる、と思いました。




61

 七の姫は、母妃や帝さえ内緒で、侍女の一人と入れ替わり、後宮を抜け出して、都はずれの【朝顔の家】にやってきました。

 少女がひとりで都の中心を抜け出し、あばら家のような家にたどり着いた時はもう夜でした。

 そして偶然、芙蓉の所に遊びに来ていた清水と藤丸と門前で会いました。

 七の姫は清水の女装しか知りませんが、清水はすぐに七の姫と気付き、芙蓉を呼びました。




62

 七の姫から、左大臣の刺客が【朝顔の家】を襲う計画をしていることを聞いた清水は、芙蓉に聞きました。

「何故、七の姫を助けた芙蓉を左大臣が殺そうとするのだ!?」

「恩を仇で返す」という言葉がありますが、正にこの事だと清水は思いました。

「七の姫を助けた故、左大臣は得体の知れぬ私に借りができてしまった、その事自体が望ましくないからだろう」

「でも、そんな人の道にもとることを」

「清水、それが今の都であり、宮廷なのだ。臣下は権力と生命をもてあそび、帝に其れを正す気概がない」




63

「だが、まずは目前の事だ」

 芙蓉が見る先には、泣き続ける七の姫を睡蓮と藤丸が必死に慰めていました。

「幸い、この家が襲撃される事を七の姫が、知らせてくれた。この事態は利用すべきだな」




64

 左大臣が命じた刺客は、【朝顔の家】が寝静まってから住人を皆殺しにする計画でした。夜中になり、明かりの落ちた家の主人の部屋に刺客は忍び込み、眠っている男鬼と、もう一人の人間を確認しました。【朝顔の家】に最近出入りしているという話の公達であろう、と思われました。

 刺客は確実に二人を殺し、証拠に二つの首級を取りました。




65

 刺客はすぐさま左大臣に報告するため、二つの首を抱えて左大臣の所に行きました。




66

 その頃、後宮では七の姫が居なくなっていることが分かり、騒ぎになっていました。帝も母妃も後宮、宮殿、都中を探させていました。

 左大臣も七の姫を必死になって探していました。七の姫が居なくては、彼の権力も砂城同然です。

 其処に【朝顔の家】の襲撃に成功したという知らせが左大臣に密かに告げられました。

しかし、左大臣は証拠である二つの首級を見て、絶句しました。




67

 それは、男鬼の首と……

 七の姫の首だったのです。




68

 左大臣は自分が放った刺客が、七の姫の首を持ち帰った事に狂乱しました。このままでは七の姫を殺した首謀者になります。彼はもう、自分は破滅だと思いました。

 七の姫の捜索中に左大臣が狂乱した知らせはすぐに帝の耳に入り、様子を見に来た朱雲帝は二つの首級を見て凍り付きました。そして呆然と言いました。

「七の姫……愛しき朝顔の忘れ形見、我が息子、芙蓉……」




69

 朱雲帝の呟きを聞いた者達は騒然となりました。かつて流れた鬼の男皇子の噂は本当だったのです。しかし、今となっては意味はありません。男鬼は死に、七の姫もが死んでしまったのですから。

 絶望した朱雲帝はふたりを殺した刺客を引き出させました。

「せめて、この者を最も苦しませて殺してくれる!」

 帝の命令で黒装束の刺客に縄がかけられる瞬間、「お待ちください」と声がしました。




70

 怒りに燃えた朱雲帝は振り返ると、其処には生きている芙蓉と七の姫、そして芙蓉に引きずられた黒装束の者……左大臣が放った本物の刺客がいました。

「七の姫、芙蓉!? では、この者は!?」

「清水、もう良いぞ」

 芙蓉が言うと、二つの首級を持ってきた偽の刺客が呪文を唱えました。すると、二つの首は紙人形に変わりました。式神だったのです。




71

 芙蓉は朱雲帝に説明しました。

「この本物の刺客が殺したのは、私と七の姫に化けた式神です。この男が首を取ったところで其処に居る清水殿が男を気絶させ、今度は刺客のフリをして人形の紙を私と七の姫の首に見せかけていたのです。さて、偽の刺客役の清水殿を解放していただきましょう。事の真相は本物の刺客に訊いていただくのがよろしいかと。しかし、この様子では、帝にも、もうお分かりでしょう」

 視線の先には虚脱した左大臣が居ました。




72

 芙蓉は七の姫に言いました。

「怖い思いをさせて悪かったね。さあ、父上と母上の所に行って。安心させてあげなさい」

 七の姫は両親のもとに駆け出しましたが、一度振り返って言いました。

「芙蓉、清水、ありがとう」

 泣きながら娘を抱きしめる母妃と共に再会を喜んだ朱雲帝は、一旦、妃と七の姫を後宮に帰しました。そして左大臣を捕えさせ、七の姫の捜索を終了させ、芙蓉を宮殿に呼びました。




73

 娘の無事を喜んだ朱雲帝は、芙蓉に何度も礼を言い、今まで冷たいことを言ったり、都はずれに住まわせたり、悪かった、と言いました。




74

 しかし、芙蓉はそんな事は些事である、と言いました。

「聖上が私を本当の子供と思うか、思わないかは、私には興味がありません。ですが、もっと重大な事に目を向けて下さい。左大臣、右大臣、他の妃の実家も、次の帝位を狙い、血で血を洗う殺し合いをしております。聖上には正式の後継者を決め、不毛な殺し合いをする者を宮廷から一掃していただく存じます」




75

 しかし、主だった後ろ盾のある姫から、新しい女帝はうかつに選べません。そして朱雲帝には他に思い当たる後継者がいませんでした。勿論、鬼である芙蓉は帝にはできません。

「どうすれば良いと思う?」

 芙蓉はすぐに答えました。

「では、僭越ながら私の意見を述べさせていただきます」




76

「先帝の末弟・鈴白親王が辺境に流されておりますが、孫娘が健在しております。容姿は美しく、学識もあり、稀に見る素晴らしい神通力を備えております。鈴白親王の名誉を生前に遡り回復させ、彼女を『硝子内親王』として、聖上の養女とし、次の女帝として即位させるのです。勿論、彼女の実家には女帝の家に相応しい待遇をお約束ください」




77

「他の妃は廃し、姫君には良い縁談をおすすめください」

「お前自身に望むことは無いのか?」

「私は【朝顔の家】での生活を保障していただければ」

 朱雲帝は少し考えましたが、芙蓉の提案を是とする、と約束しました。




78

 その夜、都では流星雨が観測されたそうです。

 朱雲帝は養女・硝子内親王を星雨ほしあめの女帝として即位させ、自らは朱雲院となりました。




79

 清水が慌ただしく硝子内親王となり、星雨の女帝になったことに満足した芙蓉は、清水に言いました。

「私はやりすぎな程に暴れて、気分も晴れた。私を殺そうとする者も消え、お前は望み通り家門の名誉を回復しただろう。私は元の暮らしに戻る。達者でな」

 新政権の発足の忙しさもあり、ロクに礼も言えぬまま清水と芙蓉は離れ離れになってしまいました。




80

 芙蓉は元通りの生活を送っていました。以前と違い、刺客に襲われることもなくなり、本当に平穏になって暮らしていました。

 でも、睡蓮は、主人と清水が離れてしまい、芙蓉が以前と同じ、或いはそれ以上に寂しそうにしているように思いました。




81

 そんな時、誰かが【朝顔の家】に訪ねてきたので、睡蓮は表に向かいました。

 するとそこには、公達の男装をした清水が居ました。

「清水様、いえ、聖上!? その格好は……?」

「『清水』でいいよ、睡蓮。御所を抜け出すのには慣れた着物の方がいい。それに目立たないし。芙蓉殿はいらっしゃるかな?」

 睡蓮は大喜びで主人に伝えに行きました。




82

 清水が訪ねてきて、芙蓉は嬉しかったのですが、何故か恥ずかしくて、つい、本心を隠してしまいました。

「お前はもう女帝なのだ。こんな格好をして、こんな場所に来るのは感心しないな」

 清水は清々しく言いました。

「私は自分の役目を果たした。自力でやったわけではないけど、結果的にでも村崎家の再興ができる状態にした。だから、私はもう自由なのだ。芙蓉のおかげで。そして私は会いたいから、ここに訪ねてきた。私の意志で」




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「ここに来るのは、女帝でも内親王でも、『清水』でもない。本当の硝子ならば、芙蓉は会ってくれるはずだ」

「……」

 芙蓉はやがて言いました。

「睡蓮に手伝わせるから、早く衣裳部屋で着替えて来い。……硝子」




84

 その日から、【朝顔の家】でふたりはよく一緒に過ごしました。




85

 星雨の女帝の在位期間は短く、史書から推測すると、生前退位している説が有力です。すぐに星雨の女帝の親族が、女帝と同じ鈴白親王の孫として新しく帝に即位し、その系譜は永く続いたそうです。


挿絵(By みてみん)


おわり


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