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その日は、やけに桜の香りがした。


「卒業おめでとうございます……先輩」

「ありがとー。あらためて言われるとなんか照れくさいね」


 目の前にたたずむ彼女は頬をかく。


「でも春歌はるか、それが言いたくてわざわざ屋上に呼び出したの?」

「それは、その……先輩にもうひとつ言いたいことがあって……」

「うんうん。今日は卒業式だし、なんでも聞いてあげよう」

「えっと……じゃあ……」


「私、先輩のことが――


 好き。

 そのたった2文字を言い終わる前に。

 世界は瞬間的に変化した。


 ――え?」


 まばたきするよりも短い時間。目に映る景色は、別物になっている。

 私は、廊下に立っていた。そこには屋上も、冬の残るんだ空も。そして先輩の姿も、なにひとつない。


 え……あれ?


 廊下を歩くほかの生徒に、私のような困惑した様子はまったく感じられなかった。そこにあるのは、卒業式が終わって重力が少し軽くなったような雰囲気。最後のあいさつだの打ち上げだの浮足立つ人々の姿だけ。


 ……私、さっきまで屋上にいたはずなのに。


『卒業式のあと、11時に屋上に来てください』


 朝いちばんにそんなメッセージを送り、気もそぞろで卒業式の間を過ごして。そうして訪れた午前11時。私は先輩が待つ屋上へと向かって……告白した。はずだった。はずなのに。

 まさに白昼夢でも見ているような。そんな気分。


 そうだ、時間。


 夢にしろ現実にしろ、現状を把握しないことには始まらない。私はポケットからスマホを取り出して画面をオンにすると、


[10:55]


 うそ……。

 電波で時刻を合わせているスマホの時計が間違っているはずなんてない。それでも信じられず、私は近くの教室に入って壁にかけられた時計を見る。けれどやっぱり針が示しているのは10時55分、正確には10時55分40秒だった。


「時間が……戻ってる」


 先輩に告白をしようとした午前11時、その5分前に。

 一体全体、なにが起こったというのか。周りの人の様子を見る限りだと、この現象を認識してるのは私だけみたいだし。

 誰かに相談してみる? いやでも絶対変な顔されるだろうし……。


[10:57]


「って、やばっ」


 スマホに表示されている時刻は、気づけば11時まで3分をきっていた。

 まだ信じられない、というか私の身に起きていることがさっぱりわからない。けれど、時間が巻き戻っているのが本当なら、先輩は11時に屋上で待ってくれている。「どうしてこんなことが」とか「なんで私だけ」とか疑問は尽きることなく湧いてくるけど、今は後回しにするほかない。


 廊下を走り、階段を駆け上がって。私は屋上へと続く扉を開く。

 そこには、


「あ、きたきた」


 制服の胸ポケットに真っ赤なコサージュをつけた女子。先輩。私が想いを伝えようとしていた人。亜麻色の髪を風になびかせながら、私を見ていたずらっぽい笑みを浮かべた。


「もー春歌ってば、呼び出しておいて待たせるなんて、先輩に対する尊敬が足りないぞー?」

「す、すみません」

「あはは、冗談だってば。それで、どうしたの? なにか用事あるんでしょ?」

「は、はい」


 うなずいて、私は先輩のもとへと近づいていく。少し強めの風が吹く。一歩進むごとに、鼓動がどくんと跳ね上がった。部活のリレーでバトンを渡すときは何の迷いもなく近くまでいけたのに。

 2回目とはいえ、告白するのはやっぱり緊張する。口をきゅっと引き結んでいないと、心臓が飛び出していきそうだった。

 それでも……言わなくちゃ。

 私の気持ちを、伝えなくちゃ。


「あの、先輩」

「うん?」

「実は私……」


 息を吸い込んで、拳を力いっぱい握りしめて、思わず目をぎゅっとつむって。


「先輩が、ずっと好きで――


 ――す」


 そして言い終わるころには、私は再び廊下に立っていた。

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