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男がか弱きこの世界で  作者: 水無月涼
三章 東洋の国
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三章55話 一発の銃声

 辺りが冷気に包まれるかのような急転直下の静寂。

 シロウの呼吸の乱れは瞬く間に落ち着き、時が止まったかのようなその光景に俺とレンは静かに息を飲む。



 「それがあなたの切り札というわけですか? 随分と無防備な……」



 言葉を返さぬシロウへと、フェイは呆れ気味にそう語り掛ける。



 「私がそれを待つとでもお思いですか……!」



 そして、口許をニィと歪めると強く床を蹴り、戦いに終止符を打たんとばかりに勢いよく駆け出した。

 二人の間合いはごく僅かなもの。

 フェイほどの人物であれば二、三歩ほど強く床を蹴るだけで、その距離は瞬く間になくなることは明白だった。

 シロウが瞳を閉じてから数瞬、準備を整える猶予すら与えずフェイはシロウの頭頂へと棍を振り下ろす。



 (シロウさん……!)



 声は出なかった。

 危険を知らせたいという気持ちだけが心の中で響き渡る。

 しかし、言葉を返さなくとも思いは通じ、まるで瞳を閉じていても見えているかのごとくシロウの体は動き始める。

 閉じた瞳をカッと見開き、納めた刀を指で押し上げ、体は潜り込むように僅かに前傾姿勢へと傾かせて、割れるのではないかというほどに歯を食い縛る。

 渾身の一撃を叩き込む前触れの光景が俺の瞳には映っていた。

 だが、そんな光景を前にしたフェイの表情には、今までに見たことがない、目を見開き、歯をも垣間見せた、待っていたと言わんばかりの歪な笑みが浮かび上がっていた。

 ただ、一度精神統一を解いたシロウにはもう動きを止めることなど出来ず、フェイの笑みへと向かって居合いの一刀を振り払った。



 「「……ッ!」」



 空間を切り裂くような、耳をつんざく甲高い金属音が辺りに響き渡る。

 その衝撃は空気を伝って体の芯へと響き渡ってくるほどのものだった。

 ただ、目が覚めるほどに強く響き渡ったその音は、一度きりで終わりはしなかった。

 二、三、四、五……。

 目にも止まらぬ勢いで二人は互いの武器をぶつけ合い、激しい剣劇の音を響かせていく。



 「……ッ!」



 そして、十度目の音が響き渡ると同時に刀を振り切ったシロウは、全てを完璧に受けきられたことに言葉なく驚愕を露にした。

 そんなシロウの表情を前にし、フェイは瞳を鋭く細くし、勝利を確信する笑みを浮かべて深く一歩を踏み込み、棍を振り上げる。



 「シロウ……ッ!」


 (まずい……!)



 力を使い切り、体が完全に開き切ったシロウにそれを防ぐ手立てなどなかった。

 顎にもろに一撃を食らい、辺りにはレンの悲痛な叫びが響き渡る。

 すると、それに呼応するようにシロウは死なぬ瞳でフェイへと睨みを返し、体勢を立て直して次なる一撃に刃を合わせる。



 「あなたが私の手の内を知っていたように、私もセンドウさんからあなたの話を聞いていたのですよ……! あなたの神速の居合いは一度のみで終わりはしないとねッ!」



 しかし持ち直されようとも、長く続いた均衡を打ち破ったフェイはもう止まりはしなかった。

 息吐く暇を与えず激流のごとき猛追を仕掛け、屈曲する三節棍の特徴を活かしてシロウの全身へと殴打を積み重ねていく。



 「十人を一度に切り伏せたという噂話があることも伺っています! それだけの情報があれば、防ぎ切るのも不可能ではないのてすよッ!」



 痛みに堪えながら、ギリギリのところで猛攻を凌いではいるものの、それも時間の問題だった。

 直接的な一撃はほとんど受けてはいなかったが、蓄積したダメージは相当なもの。

 その有り様は、立っていることすらやっとと言える状態だった。



 「「「……ッ!」」」



 そうして防戦に努めること数瞬、予期した最悪の結末がとうとう目の前に訪れる。

 鈍い金属音が響き渡った直後、シロウの手元から刀は離れ、それは宙を待ってシロウの遥か後方へと飛んでいく。

 そして、重力に従って落下していき床へとその身を叩き伏せると、切なそうな声を響かせながら幾度か跳ね返り、力尽きたように横に倒れ付した。



 「終わりです……!」



 ヒュンッ、ヒュンッと空を切りながら棍を構えたフェイは、攻める手立ても防ぐ手立ても失ったシロウへと容赦なくその一言を投げ掛ける。

 終焉を目前に控え、俺の視界に入ってくる景色はスローモーションで映っていた。

 挟まれていた棍は脇を離れ、腕や肘の動きに応じて鞭のようにしなりながらシロウの顔目掛けて迫っていく。

 満身創痍のシロウにとって、それを避けることなど困難極まりないことだ。

 頭部に直撃すれば、卵を割るかのごとく頭骨がかち割られてしまうことだろう。

 頬や顎を捉えられれば、顔の形を変えられ、脳を揺らされ、その意識を奪い去られるはずだ。

 どちらの道に進んだとしても、フェイへと対抗出来る人間がいなくなることは明白。

 そうなってしまえば、この場にいる俺たちの命までも奪い去られることなど明らかなことだ。


 だが、それを頭で理解しているにも関わらず、俺の体はピクリとも動かなかった。

 石にされたかのごとく、ただただ目の前に映し出されている光景を黙って見ていることしか出来なかった。



 「「「……ッ!?」」」



 そんな止まり掛けていた時間は、たった一つの音によって正常に動き始める。

 響き渡ったのは一発の銃声。

 端から見ていた俺もレンも、どこから鳴り響いたのかを把握出来ておらず、背中しか見えぬシロウただ一人を除き、その場にいる全員が目を丸くして驚愕を露にしていた。



 「ぇっ……は…………?」



 そして、その音に伴い、俺の視界には移り行く景色の早さの他に、もう一つ新たな変化が訪れる。

 それはフェイの体に訪れた異変だ。

 真っ白に染まっていた衣服には小さな穴が開き、その穴を塗りつぶしていくかのように、じわりじわりと現れ始めた赤いシミはその幅を広げていく。

 そんな赤の色が広がっていくにつれ表情を険しくしていくフェイは、穴を手で押さえ、倒れ付しそうになるところをぐっと堪えながら、手にしていた三節棍をそっと手放した。

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