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男がか弱きこの世界で  作者: 水無月涼
三章 東洋の国
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三章52話 この生き方しか知らない

 刀を弾く金属音。

 片時も動きを止めることのない、体捌きに伴って床を鳴らす足音。

 目に映る光景も、耳に響く戦いの音も、その全てが自分が響かせることの出来る音とは次元が違っていた。



 (本当に、同じ人間なのか……? 動きが速すぎて追いきれない……)



 シロウのその動きは忍を圧倒していた時のものよりも、数段キレに磨きが掛かっていた。

 剣閃はあまりにも鋭く、光を反射する白刃が軌道の弧を僅かに薄く残していく姿しか俺の瞳には映らないほど。

 とても数十人の敵を斬り倒してきたとは思えないほど力の底を感じさせない動きだった。

 だが、それはシロウに渡り合っているフェイにも言えること。

 振り払われる刀を避け、手刀で受け流し、体の正面や側面に限らず、上方や下方まで、忍を彷彿とさせる身軽さで宙を舞いながら、あらゆる方向から絶え間なく攻撃を繋ぎ続けていた。



 (わかってはいたけど、どっちも化け物だ……でも、少しだけシロウさんが押している……!)



 状況はほぼ互角。

 だが、刀を有するリーチの差から、ごくごく僅かながらではあるが、シロウが戦いを有利に進めていっているのが、素人目にも感じ取れるものがあった。



 「不気味、だな……」


 「……ですね」



 瞳に映っている光景だけで戦況を評するならば有利だと絶対に言い切ることが出来る。

 戦いを進めれば進めるほど、そう思った感情は徐々に確信へと近付いていた。

 だが、俺とレンは心が通じたように、それが確信へと変わることがないことを確信していた。

 それは、フェイの笑顔にあった。

 戦いを始めてからというもの、一切その表情には変化はない。

 互いの命と国の命運が懸かっているにも関わらず、フェイは不利な状況ですら楽しんでいる様子だった。



 (シロウさんが有利なのは確かだ。けど、あいつはまだ、使ってない……)



 レンとの戦いの時に見せた暗器を用いた不意の一撃。

 唯一の懸念はそれだった。

 いくら化け物と評すことが出来るシロウであっても、人間である以上、さすがに毒に対する抵抗はあるはずがない。

 あれだけ激しく、集中力を要する戦いの中で、目視することすら難しい毒針を使われようものなら、いくら前情報で知っていたとしても、それによって状況が一変してもおかしくはなかった。



 「……ッ! レンさん、今もしかして……」


 「ああ、避けたな……流石だ」



 だが、そんな俺の不安は杞憂に終わった。

 フェイが振り払った手刀を刀で受け流したシロウは、それと同時に、振り払われた腕の軌道から逃れるように首を傾げたのだ。

 さらにそれだけではなく、続け様に蹴り上げられた足を飛び退いて避けた際には、届くはずのない刃を宙へと振り払い、幾つも同時に飛来する小さな針を全て弾き返して小さな金属音を多重に響かせていた。

 すると、間合いが出来たことを機にして、二人は示し合わせたかのように動きを止め、互いの視線を交錯させる。



 「素晴らしい反応速度ですね。初見で今のを避けられるとは思ってもいませんでしたよ」



 避けられたこと、防がれたことに対する驚きを露にしながら、フェイはシロウへと感心を示す。

 ただ、フェイの表情に現れていた感情はそれだけではなかった。

 自らのその身一つで武器を持った相手を圧倒出来るほどの実力を持つフェイのことだ。

 おそらく、過去にこれほどまで対等に渡り合った人間は一人としていなかったのだろう。

 これほどまでに長く、それでいて僅かに押されるほどの戦いを興じられる状況に、心の内にある嬉しさを言葉端に垣間見せながらフェイは笑顔を浮かべていた。



 「貴様の話は聞いている。どんな姑息な手段であろうと、知っていれば対処は易い」


 「姑息だなんて人聞きが悪いですね。戦いに卑怯なんて言葉はないのですよ?」


 「知っているさ。だからそれを止めろなどと文句を言うつもりはない」



 僅かな会話を挟み、シロウは一切衰える様子もなく、再びフェイへと勢いよく迫る。

 しかし、状況は先ほどまでと同じということにはならなかった。

 接近戦にはシロウに分があることには変わらない。

 ただ、フェイはシロウの剣劇をいなしては暗器を飛ばし、戦いのテンポを握らせてくれることは片時も訪れることはなかった。

 フェイが本領を発揮し始めてから数瞬、戦況は完全に膠着状態へと陥る。



 「先に体力が尽きるか、武器が尽きるか……といったところだな」


 (そうか……体に仕込んである武器が底を着けばさっきの状況に戻るだけ。そうなればいずれ、戦況はシロウさんに有利に傾いていく……!)



 しかし、それは一時のものにしか過ぎなかった。

 体に仕込める武器の数などたかが知れている。

 有限である以上、時間が解決してくれる問題だということは明白な事実だった。

 状況に痺れを切らしたりはせず、体力の続く限り同じ状況を繰り返し続けていれば、この膠着状態が終わりを迎える。

 それをわかっているらしいシロウは慎重にフェイの行動をいなし続けていた。



 「……解せんな」


 「……!」



 そんな折り、シロウは剣劇の最中にポツリと一言、フェイへと向かって疑問の言葉を呟く。

 戦いの最中に言葉を挟むことなど一向にしてこなかったシロウのその行動に、フェイは警戒を露にして飛び退いて間合いを取る。

 そしてそれに合わせ、シロウは僅かに体の力を抜いてフェイへと視線を注ぎ始めた。



 「……なにが、わからないと言うのですか?」



 何か策略があるのだろうか。

 そう疑うかのように、フェイはいつも通りの笑顔を浮かべたりはせずに、静かに真顔で問い返す。



 「貴様が犯罪などに手を染めていることだ。それほどの実力があるのであれば、軍隊など、いくらでもやっていける道はある。国中から讃えられるだけの功績を残す士にもなれたかもしれない……なぜ、わざわざ敵を作るような真似をする?」


 (言われてみれば確かに……これだけ強かったら近衛兵どころか兵の長、もしかしたら軍の将にだってなれる可能性がある。それに、あれだけ美人だったら戦うことじゃなくても、普通の人より道をはいくらでも……何でわざわざ犯罪者の道になんか……)



 すると、シロウの口から紡がれた言葉は、抱くことを納得出来るほどの疑問だった。

 俺は答えに辿り着けぬとわかっていながら、フェイがどうして今に至ったかについて考えを巡らせる。

 辺りには静けさが舞い降りていた。

 皆、フェイへと視線を集め、静かに回答を待ち続ける。



 「……この生き方しか、知らないからですよ」



 すると返ってきた答えは、一度で真意が伝わるとは思えない、とても曖昧な答えだった。

 敵を作る理由に対する回答になっているとは思えないその言葉に、俺たちは疑問符を浮かべて沈黙する。

 だが、質問に答えたフェイの表情には今まで通りの笑顔が皆無だった。

 真っ直ぐに揺るぎない瞳でシロウを見つめ、真剣さを露にしているその表情からは、偽りの感情など微塵も感じられはしなかった。

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