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男がか弱きこの世界で  作者: 水無月涼
三章 東洋の国
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三章51話 ふざけた理由

 開戦を促すフェイの一言を機に、辺りの空気は徐々にヒリヒリと緊張感が増していく。

 何か切っ掛けとなることが訪れれば、すぐさま二人は互いの業をぶつけ合うことだろう。



 「……貴様を殺す前に、聞いておきたいことがある」


 「……!」



 しかし、今にも死闘が繰り広げられると思われた次の瞬間に訪れたのは、刃をぶつけ合う金属音でも、体捌きにともなう床を蹴る音でもなく、落ち着き払った声で響いた問い掛けだった。

 すると、戦闘準備も万全といった状態で投げ掛けられた言葉に、フェイはピクリと驚きの表情を示して高まった緊張感が緩められていく。



 「……意外ですね。あなたは人間に興味がないように思えていたのですが、私に聞きたいことがあるとは……良いでしょう、答えて差し上げますよ。どうぞ、なんなりとお尋ねください」



 そして、黒く染まっていたオーラを掻き消したフェイは、いつも通りの感情の読み取れぬ笑顔を取り繕ってシロウの申し出を受け入れた。

 フェイの了承を得、シロウは何か裏がないかと警戒するように、鋭い視線を向けたまま一時の間を作り出す。



 「……なぜ、この国を狙った?」



 そうして静寂の後に紡がれた言葉は、シロウが抱くには当然と言える疑問だった。



 「なぜ、ですか……これと言った理由がないので回答に困りますね。ですが、あえて理由を付けるとするならば、センドウさんから話を頂いたからと言うべきですかね」



 表情はニコニコとして変わらず、やはりそこから感情を悟ることは叶わない。

 だが、その言葉に嘘はないということだけはハッキリと伝わってきた。

 ただの気まぐれ、そう言わんばかりの返答を受け、シロウは静かに眉間にシワを寄せる。



 「……つまり、貴様は国を盗れるのであればどこでも良かったと?」


 「いえ、そう言うわけではありませんよ。そもそも、国盗りなどという大それたこと自体、私は微塵も興味などありませんから。私たちがこの国に来た元々の理由はですね、お手頃の東洋人を数人ほど頂いて行こうと思っていただけなんですよ」



 来訪した理由を耳にし、シロウの眉間のシワは、寄り深さを増していく。

 しかし、そんなことを気にする様子もなく、まるで気を逆撫でるようにしてフェイは笑顔を保ち続ける。



 「最初はすぐにやることを済まして出ていくつもりだったんですよ? ですが、何の因果か、拐うところをセンドウさんに見られましてね。町でも有名な方だということを調べて知っていたので、少々処分に困っていたのですが、そんな折りに、彼は急に国盗りの話を出してきたのですよ……国盗りに加担してくれるのであれば、私たちが人を拐った事実を揉み消してやると言ってね。人徳に反する行為をしているものたちだから、自らの策略に加担してくれる。その可能性を信じたのでしょうね。先のことまで考えれば悪くない提案だったので、二つ返事で了承しましたよ……とまあ、そういう経緯で私たちは繋がり、そして今に至るというわけです」


 (何だよそれ……そんなことが叶ったりしたら、今よりもっと最悪な国になるじゃないか……!)



 この国の惨状は知っている。

 だからこそ、この国を変えようと動いたセンドウに対して同情する余地はあった。

 しかし、フェイから明かされた真実を耳にした瞬間、抱いていた同情の念は霧が風に吹かれるように掻き消えていった。



 「……フン、ふざけた理由だな」


 「ふふっ……怨恨以外の行動原理など、大抵ふざけたものですよ」



 そんなフェイへと侮蔑の視線を注ぎながら、シロウは刀を抜いて獲物を前にした狼さながらに瞳を尖らせていく。

 するとフェイも同様に、シロウの空気の変化に合わせて自らに纏う空気を臨戦態勢のものへと変化させていく。



 「お二人とも、巻き添えを食いたくないのであれば下がっていた方が身のためですよ」


 「……やつの言う通りだ。お前たち、もう少しだけ離れていろ」



 今にも戦いの火蓋が切って落とされるのではないかという緊張感の中、フェイとシロウの二人はこちらへと目を向けることなく同じ意見を口にする。



 「シンジ、離れよう……」


 「は、はい……!」



 人質も既に居らず、傷付いた俺やレンに出来ることなどもう残されてはいない。

 戦うための力も残されてはおらず、やれるべきことなどもうどこにも見当たらない今、駄々を捏ねるように食い下がる理由など何もなかった。

 俺とレンは互いに異論を口にすることなく、すぐさま壁際へと足を運ぶ。



 「……」



 辺りには静寂が訪れた。

 この勝敗次第で俺たち全員の命の行方が決められる。

 自分自身が戦うわけではないとわかっていても、俺の中では緊張感が膨れ上がっていく感覚があった。

 生唾を一つ飲み込み、俺はシロウとフェイへと視線を注いで、ただ静かに時が訪れるのを待つ。



 「「……ッ!」」



 そうして一時の間の後、シロウとフェイの二人は意を合わせたかのように同時に駆け出した。

 一瞬にして間合いはなくなり、その距離は互いの業が届くほどへと接近する。

 業を出すタイミングは寸分の狂いもないほどに同時だった。

 鉄よりも鋭く頑強な手刀をフェイは振り払い、それを断ち切らんとばかりに、シロウは猛獣の鋭爪のごとき白刃を振り下ろした。

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